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大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

基礎生物学研究所

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2016.12.20

水ニューロンと塩ニューロンの発見 ~口渇感と塩分欲求が生じる脳機構の解明~

 私達の体液(血液や脳脊髄液)中の水分量やナトリウム濃度は、常に一定に保たれています(体液恒常性)。そのため体液状態は脳において常に監視されており、正常範囲を外れると、元に戻すように、水の欲求(口渇感)や塩分の欲求が生じたり、逆に抑えられたりします。しかし、そのメカニズムの詳細は、わかっていませんでした。基礎生物学研究所の大学院生の松田隆志、檜山武史助教、野田昌晴教授を中心とした研究グループは、こうした水と塩の欲求が脳弓下器官(SFO)に存在する2種類のニューロンによって担われていることを明らかにし、それぞれを水ニューロン、塩ニューロンと命名しました。水ニューロンも塩ニューロンもペプチドホルモンの一つアンジオテンシンIIによって活性化する性質があり、水ニューロンは終板脈管器官(OVLT)に、塩ニューロンは腹側分界条床核(vBNST)に神経突起を伸ばし、神経結合を作っていました。また、それぞれのニューロンは、以下のように体液状態に応じた制御を受けていることを明らかにしました。塩欠乏状態では、体液のアンジオテンシンII濃度が高まりますが、同時にペプチドの一種、コレシストキニンの分泌が高まり、水ニューロンの活動が抑えられていました。その結果、口渇感は抑えられ、主に塩欲求が生じることがわかりました。一方、脱水状態でも体液のアンジオテンシンII濃度が高まりますが、水分が不足し体液塩濃度が高くなることにより、ナトリウムセンサーNaxが活性化し、塩ニューロンの活動が抑制されていました。その結果、塩分欲求は抑えられ、主に口渇感が生じることがわかりました。本研究成果は,米国の科学誌『Nature Neuroscience』の電子先行版(2016年12月19日付)に掲載されました。

 

【研究の背景】

 血液や脳脊髄液に代表される体液(細胞外液)中のナトリウム(Na)濃度は生理的Na濃度(135~145 mM)として厳密に保たれています。水を長時間摂ることができずに脱水状態になると、体液のNa濃度が高まります。このとき、水欲求(口渇感)が高まると共に、塩欲求が抑えられます(図1、左)。これまでに、野田教授、檜山助教らは、体液のNa濃度上昇を感知して塩分欲求を抑制する機構が脳弓下器官に存在し、そのセンサーがNaxであることを明らかにしてきました(2000年Journal of Neuroscience誌、2002年Nature Neuroscience誌、2004年Journal of Neuroscience誌、2007年Neuron誌*1、2013年Cell Metabolism誌2など)。さらに、自己抗体の産生によって脳弓下器官に組織傷害が生じることによって本態性高Na血症になった症例も明らかにし(2010年Neuron誌3、2016年Brain Pathology誌)、脳弓下器官が体液恒常性において重要な役割を果たしていることを報告していました。

 脳弓下器官は、血液脳関門(脳への物質侵入を防ぐバリア)が無い特殊な脳領域であると共に、脳脊髄液が流れる脳室に面しており、血液と脳脊髄液の両方を監視するのに適した脳領域です。また、アンジオテンシンIIの受容体(AT1a)を発現するニューロン(以下、AT1aニューロン)が多く存在している場所の一つでもあります。アンジオテンシンIIは、出血などによって体液が減少した時(水/Na欠乏)、脱水時(水欠乏)、塩欠乏時(Na欠乏)、に共通して血液中で濃度が高まるホルモンです。動物に投与すると水や塩の摂取量が増加することが報告されていました。しかし、動物は、脱水時には水を摂取し塩を避ける、塩欠乏時には水を避けて塩を摂取するというように、体液の状態に応じて、それを正常に戻すような行動をとります(図1参照)。このことから、水欲求と塩欲求は、独立に制御されているものと想定されましたが、その詳細は、不明のままでした。

 

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図1.体液水・Naバランスと水/塩摂取行動

 

【研究の成果】

 研究グループは、水や塩の欲求が生じる領域として脳弓下器官に着目し、AT1aニューロンの活動を調べました。脱水時や塩欠乏時には、主にAT1aニューロンが活動していました。脳弓下器官でAT1aを発現しないマウスを作成すると、水/Na欠乏状態のマウスが摂取する水分や塩分量が大幅に減少しました(塩分はほぼ摂らなくなる)。より詳細な解析から、脳弓下器官のAT1aニューロンには、終板脈管器官に神経突起を伸ばすものと腹側分界条床核に神経突起を伸ばすものが存在することがわかりました。終板脈管器官に神経連絡を持つニューロンのみにおいてAT1aを欠失したマウスを作成すると、水/Na欠乏時の飲水量が減少しました。一方、腹側分界条床核に神経連絡を持つニューロンでAT1aを欠失したマウスを作成すると、塩分摂取量が減少しました。

 研究グループは、神経活動を光制御する技術であるオプトジェネティクスを応用してマウスの口渇感や塩分欲求を任意に制御することにも成功しました。終板脈管器官に神経連絡を持つ脳弓下器官のニューロンを光で活性化すると飲水行動が誘発され、光で抑制すると脱水状態の飲水量が減少しました。また、腹側分界条床核に神経連絡を持つニューロンを光で活性化すると、本来塩分を避ける脱水状態のマウスの塩分摂取量が増加し、抑制すると塩欠乏時の塩分摂取が抑えられました(図2)。

研究グループは、これまでに、脱水状態(アンジオテンシンII濃度が高まるにも関わらず塩分摂取が抑えられる)では、脳弓下器官のグリア細胞のNaセンサーであるNaxが活性化し、乳酸を介して抑制性ニューロン(結合を作る相手ニューロンの活動を抑える働きをもつニューロン)が活性化されることを明らかにしていました。今回の詳細な検討の結果、Na濃度が高い状態では、腹側分界条床核に神経連絡を持つニューロンの活動が、Naxを介した抑制性ニューロンの働きにより抑えられることがわかりました(図3左)。

 一方、塩欠乏状態(アンジオテンシンII濃度が高まるにも関わらず水分摂取が誘発されない)では、水分摂取を抑制する作用のあるコレシストキニン濃度が脳弓下器官において高まっていました。脳弓下器官内部の神経活動を調べた結果、終板脈管器官に神経連絡を持つニューロンの活動を抑制するニューロンが存在し、その抑制性ニューロンの活動がコレシストキニンによって活性化されることがわかりました(図3右)。

 

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図2.オプトジェネティクスによる水/塩摂取制御

新たに同定した水ニューロンの光活性化(左)と塩ニューロンの光活性化(右)により、それぞれ水や塩を摂るマウス。

 

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図3. 口渇感・塩分欲求の制御機構

脱水状態(左)では、脳弓下器官(SFO)においてアンジオテンシンII(AngII)とNaの両方の濃度が高まる。AngIIは水ニューロンと塩ニューロンの両方に作用するが、Naによってグリア細胞のNaxが活性化し、塩ニューロンを抑制するニューロン(GABAニューロン)が活性化することにより、塩ニューロンの活動は抑えられ、主に水ニューロンが活性化する。

塩欠乏状態(右)では、脳弓下器官(SFO)においてAngIIとコレシストキニン(CCK)の両方の濃度が高まる。CCKが水ニューロンを抑制するニューロン(上記とは別のGABAニューロン)を活性化することにより、水ニューロンの活動は抑えられ、塩ニューロンが選択的に活性化する。

 

 

【本研究の意義と今後の展開】

 水も塩も、生命維持に必要不可欠であり、口渇感や塩分欲求の発現メカニズムは、人体生理学の重要なテーマです。今回の研究から、その基本となる仕組みが初めて明らかになりました。水や塩の摂取の制御能力が低下すると、さまざまな疾患につながります。例えば、熱中症患者のおよそ半数が高齢者(65歳以上)ですが、これは、高齢者では体温調節能力の低下に加え、体液の状態をモニタリングする能力が低下したために口渇感を感じることができず、脱水状態になりやすいことが原因と考えられています。また、日本では、食塩の摂取量が他国に比べて高く、循環器疾患の要因となっていることが問題となってきました。今後、さらに研究が進み、今回明らかになった口渇感や塩分欲求の制御機構をコントロールすることができるようになれば、熱中症の予防や負担の少ない減塩などの対策も可能になると期待されます。

 最近、同研究グループは、脱水時に活性化するNaxが口渇感の誘発にも部分的に関与していることを報告しました(2016年American Journal of Physiology誌4)。このように、口渇感については、今回の研究で明らかになった機構に加えて、別の機構も関与していると考えられます。そのうちの幾つかは、まだ未解明であり、今後の研究がまたれます。

 

*1基生研プレスリリース(http://www.nibb.ac.jp/press/2007/04/post-178.html)を参照。

*2基生研プレスリリース(http://www.nibb.ac.jp/press/2013/03/29.html)を参照。

*3基生研プレスリリース(http://www.nibb.ac.jp/press/2010/05/27.html)を参照。

*4基生研プレスリリース(http://www.nibb.ac.jp/press/2016/07/27.html)を参照。

 

【掲載誌情報】

Nature Neuroscience (ネイチャー ニューロサイエンス)

2016年12月19日付け掲載(ロンドン時間16:00, アメリカ東部時間11:00, 日本時間 20日1:00,)

論文タイトル:Distinct neural mechanisms for the control of thirst and salt appetite in the subfornical organ

著者:Takashi Matsuda, Takeshi Y Hiyama, Fumio Niimura, Taiji Matsusaka, Akiyoshi Fukamizu, Kenta Kobayashi, Kazuto Kobayashi, Masaharu Noda

doi:10.1038/nn.4463

 

【研究サポート】

本研究は、文部科学省科学研究費助成事業、武田科学振興財団、ブレインサイエンス振興財団、ソルト・サイエンス研究財団、ノバルティス科学振興財団、岡崎オリオンプロジェクト等のサポートを受けて行われました。

 

【本研究に関するお問い合わせ先】

基礎生物学研究所 統合神経生物学研究部門

教授 野田昌晴(ノダ マサハル)

TEL: 0564-59-5846

E-mail: madon@nibb.ac.jp

 

【報道担当】

基礎生物学研究所 広報室

TEL: 0564-55-7628

FAX: 0564-55-7597

E-mail: press@nibb.ac.jp