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大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

基礎生物学研究所

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プレスリリース詳細

2017.04.12

リアルなヴァーチャルメダカ、メダカの群れ形成メカニズム解明に貢献

 基礎生物学研究所(神経生理学研究室)の中易知大研究員(現信州大学)、八杉公基研究員、渡辺英治准教授らと、九州大学の白石壮馬大学院生(現NEC)、内田誠一教授の研究グループは、3次元コンピュータグラフィックス(3DCG)アニメーションなどのヴァーチャルリアリティ技術を取り入れ、実物とほとんど見分けがつかない「ヴァーチャルメダカ」を作成し、これを用いることで、メダカが色、形、移動軌跡(全体的な動き)、体軸運動(尾ビレなどの局所的な動き)など様々な情報を駆使して、群れる相手を選択することを明らかにしました。色、形などの形態情報に加えて、移動軌跡、体軸運動などの運動情報を同時に統制・操作できるヴァーチャルメダカを開発することで従来不可能であった研究が可能になり、動物がどのように同種・異種を判断しているのかなど動物の群れ形成および視覚認知メカニズムの解明につながると期待されます。本成果は科学雑誌PLoS ONEに日本時間4月12日に掲載されます。

 

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[図1]実際の写真をもとにメダカの3次元モデルを復元

(a)用いた写真。スケールバーは1cm。(b)写真を張り付ける前のワイヤフレームモデルの状態。(c)ワイヤフレームモデルと写真とを重ね合わせることでヴァーチャルメダカを制作。

 

【本研究の背景】

 我々人間は一人で生きていくことができません。家族や友達、同僚など多くの人の支えや協力を得ることで我々は生活しています。多くの魚類も他個体と生活を共にすることで天敵への防御・生殖活動の効率化・社会的役割分担など様々なメリットを得ています。このことは、マグロやカツオなど海水魚からメダカなどの淡水魚にまで幅広く当てはまります。

 一般には群れや集団は同一種によって構成されますが、動物はどのようにして同種・異種を判断しているのでしょうか。従来の研究では、色やサイズや形などの形態学的情報が、群れる相手を選択する際に重要な役割を果たすことが報告されてきましたが、前回までの我々の研究において、計算機を用いることでメダカにとっての餌である動物プランクトンの動きをコンピュータディスプレイ上に再現することに成功し、また運動情報(全体的な動きである移動軌跡と尾ビレの局所的な動きである体軸運動)のみを抽出したバイオロジカルモーション刺激を魚類において世界で初めて作成し、メダカの捕食行動や群れ行動の誘発に運動情報がカギを握っていることが明らかになりました。

    過去のプレスリリース参考:

     Matsunaga & Watanabe, 2012. http://www.nibb.ac.jp/press/2012/01/11.html

       Nakayasu & Watanabe, 2014. http://www.nibb.ac.jp/press/2013/12/09.html

しかし、これまでの研究では形態情報に加えて運動情報を体系的かつ厳密に操作することは技術的に難しく、どの情報がどれほど群れ行動の誘発に寄与しているのかを検証した研究はありませんでした。群れ行動の誘発に関与する情報を検討する際、従来は実物の魚、鏡、静止画、ビデオ映像などが用いられてきました。それぞれの研究手法には利点もある一方、複雑な刺激である魚の様々な特徴を体系的に制御・操作するという点においては欠点があると言わざるを得ませんでした。例えば、実物の魚の行動を制御することはほとんど不可能ですし、静止画には運動情報が含まれていませんし、ビデオ映像は逆再生やスピード操作など運動情報の簡単な編集は可能ですが、尾ビレは通常通りにばたつかせる一方で移動運動を止める、反対に、移動は通常通りである一方で尾ビレのばたつきを取り除く、などの運動情報の高度な編集は不可能でした。そこで今回、魚の様々な特徴を自由に操作することを可能にする3次元コンピュータグラフィックス(3DCG)技術を取り入れ、ヴァーチャルメダカを作成し、魚類の行動解析実験に応用しました。

 

【本研究の成果】

 我々は、複数の角度から撮影したメダカの写真をもとに実物と酷似したメダカの3次元モデルを作成するとともに、ビデオ映像から自由運動するメダカの動きを数値化し、それに基づきメダカの動きをディスプレイ上で再現することにより、非常にリアルなメダカの3DCGアニメーションを制作しました。このヴァーチャルメダカを用いることで、色・形などの形態情報に加えて、移動軌跡(全体的な動き)・体軸運動(尾ビレなどの局所的な動き)などの運動情報を体系的に操作し、それぞれの情報の群れ行動の誘発に対する寄与について検討しました。

 

 高解像度写真に基づき、3ds MaxやBlenderなどの3DCGソフトウェアを駆使してメダカの3次元モデルを作成しました(図1。スタジオ和オリエントの協力による)。メダカの運動解析においては、電子計算機を用いて、メダカ頭部の先端に1点、尾ビレの先端に1点を割り当て、頭部と尾ビレを結ぶ体軸上に4点を均等に割り当て、これら6点の3次元位置座標を解析することでメダカの動きを数値化しました。さらに、この数値データをモデルの骨格および動き情報を格納するモーションキャプチャデータファイル(BVHファイル)に変換しました。そして、メダカの3次元モデルとモーションキャプチャデータファイルを連結させることで、実物とほとんど見分けがつかないヴァーチャルメダカを制作しました。リアルなヴァーチャルメダカをディスプレイに映し出し、実際のメダカに見せて行動を定量化したところ(定量化ソフトは九州大学の協力による)、このヴァーチャルメダカは実物のメダカを強く引きつけました。そこで、色、形、移動軌跡、体軸運動のそれぞれの群れ行動に対する寄与を分析するため、【1】映像を呈示しない統制刺激1種および静止画4種、【2】色、形、移動軌跡、体軸運動のうち2つの視覚特徴を操作した刺激5種、【3】1つの視覚特徴のみを操作した刺激4種、を用いて、4つの視覚特徴をすべて再現した元刺激との比較を行いました(図2)。その結果、いずれの刺激も元の正常ヴァーチャルメダカよりもメダカを誘引する効果が減弱しました(図3を参照。ただし、【3】における体軸運動なし刺激の誘引効果の減弱はそれほど大きくなかった)。これらのことから、3DCGアニメーションなどのヴァーチャルリアリティ技術はメダカの群れ行動研究のために応用可能であること、メダカは群れる相手を選択する際、特定の視覚特徴に反応するというよりむしろあらゆる視覚特徴を活用すること、などが示唆されました。

 

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[図2]ヴァーチャルメダカの様々な視覚特徴を操作

(a) 形、色、移動軌跡、体軸運動などあらゆる視覚特徴を実物そっくりに再現した正常なヴァーチャルメダカ。(b)圧縮することで形情報を操作。(c)グレースケール化することで色情報を操作。(d)尾ビレの局所的動きは再現させた一方、移動運動を停止(e)移動は通常通りに行う一方、尾ビレの動きを除去。

 

 

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[図3]3つの実験の結果

正常なヴァーチャルメダカを体系的に操作。形、色、移動軌跡、体軸運動などの情報を欠如させたヴァーチャルメダカは、全ての情報を再現した正常ヴァーチャルメダカよりもメダカを引きつける効果が減弱。

 

【成果の意義】

 色、形、移動軌跡、体軸運動などのあらゆる情報を同時に統制・操作しなければ、それぞれが群れ行動に対してどれほど影響を与えているのかは厳密には検証できませんでしたが、3DCGアニメーションを活用することで従来不可能であった研究が可能になりました。特に、尾ビレなどの局所的な動きのみを取り除く、移動運動のみを止めるなどの運動情報の高度な操作の影響の分析は、本研究が世界初の試みです。従来は、ノーベル賞受賞者であるティンバーゲンによるイトヨを用いた実験が示すように、特定の視覚刺激が行動誘発のカギとなっていると考えられてきましたが(イトヨの場合には、お腹が赤い模型を見せることで攻撃行動を誘発)、少なくともメダカにおいてはあらゆる視覚情報を駆使して群れる相手を選択している可能性が示唆されました。今後、種間比較実験、性行動や攻撃行動場面など様々な事態での実験などさらなる追加検討が必要ですが、本成果は、動物の視覚認知メカニズムの研究の発展に貢献するものと考えています。

 

【今後の展望】

 先述のように、種や実験場面を変えて追加検討を行うことに加えて、さらに細かな情報操作を行うことで、動物の視覚世界の一端が解明されていくものと考えられます。また、本研究ではあらかじめ撮影した映像からメダカの動きを再現し(つまり、リアルタイム性が欠如)、それをディスプレイに映し出しましたが、リアルタイムでヴァーチャル生物の動きを操作することに加えて、ディスプレイではなく水中でヴァーチャル生物の像を結像させるなど、さらなる技術的改良を行えば、実際の生き物とヴァーチャルな生き物との相互作用が可能になるかもしれません。小型魚の群れと大型魚が織りなす振る舞いについての実験的検討が可能になったり、水族館などでのショーにも成果が応用できるかもしれません。3DCGアニメーションをはじめとするヴァーチャルリアリティ技術を活用した動物行動実験は、我々に新たな世界を見せてくれることでしょう。

 

 

 

【掲載誌情報】

PLoS ONE

論文タイトル:

Three-dimensional computer graphic animations for studying social approach behaviour in medaka fish: effects of systematic manipulation of morphological and motion cues

著者: Tomohiro Nakayasu, Masaki Yasugi, Soma Shiraishi, Seiichi Uchida, and Eiji Watanabe

 

【研究グループ】

本研究は基礎生物学研究所の中易知大研究員(現信州大学)、八杉公基研究員、渡辺英治准教授ら、九州大学の白石壮馬大学院生(現NEC)、内田誠一教授による成果です。

 

【研究サポート】

本研究は、文部科学省科学研究費助成事業などのサポートを受けて行われました。

 

【本件に関するお問い合わせ先】

基礎生物学研究所 神経生理学研究室

准教授 渡辺 英治(ワタナベ エイジ)

Tel: 0564-59-5595(研究室)

E-mail: eiji@nibb.ac.jp

 

【報道担当】

基礎生物学研究所 広報室

Tel: 0564-55-7628

Fax: 0564-55-7597

E-mail: press@nibb.ac.jp