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大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

基礎生物学研究所

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2015.06.12

「精子になるか、卵になるか」を決めるしくみの発見 〜生殖細胞で働く性のスイッチ遺伝子を同定〜

 基礎生物学研究所の西村俊哉研究員(元総合研究大学院大学 大学院生)と田中実准教授らの研究グループは、九州大学の佐藤哲也助教、大川恭行准教授、須山幹太教授、岡崎統合バイオサイエンスセンターの小林悟教授(現筑波大学教授)との共同研究で、「精子になるか、卵になるか」という生殖細胞の運命を決める遺伝子を同定し、生殖細胞の性が決まる仕組みを明らかにしました。

 精子と卵は動物が子孫を残すために不可欠な細胞であり、生殖細胞という共通の細胞から作られます。精子と卵を作り出す器官である生殖腺は、生殖細胞とそれを取り囲む体細胞で構成されています。一般的に脊椎動物では体細胞で性が決まった後に、その影響を受けて生殖細胞の性が決まると考えられてきました。しかしながら、生殖細胞の中でどのような遺伝子がはたらき、「精子になるか、卵になるか」が決まるのか、その仕組みは謎に包まれていました。

 研究グループは、メダカを用いて、生殖細胞の中で「精子になるか、卵になるか(すなわち生殖細胞の性)」がどのように決まるのかのスイッチ遺伝子を脊椎動物で初めて発見しました。このスイッチを人為的に解除すると、メスのメダカの卵巣中に機能的な精子が作られるという驚くべき結果が得られました。本研究成果は米科学雑誌サイエンス(電子先行版)にて日本時間6月12日午前3時に発表されます。

 

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【研究の背景】

 多くの動物は繁殖するために精子と卵を作る必要があります。この精子と卵は生殖細胞という共通の細胞から作られることが分かっています。精子と卵はそれぞれ、精巣と卵巣という器官で作られ、二つを合わせて生殖腺と呼びます。この生殖腺は、生殖細胞とそれを取り囲む体細胞から構成されています。一般的に脊椎動物では生殖腺の体細胞の性が決まった後に、その体細胞の影響を受けて、「精子になるか、卵になるか」という生殖細胞の性が決まると考えられています。メダカでは、Y染色体上の性決定遺伝子DMYの働きにより体細胞はオスとなり、その影響を受けて、生殖細胞も精子になります。一方、DMYを持たないと体細胞はメスとなり、生殖細胞は卵になります。このように生殖細胞は体細胞の性に従って、精子、あるいは卵を作るのですが、生殖細胞の中でどのような遺伝子がはたらき、「精子になるか、卵になるか」という運命が決まるのか、脊椎動物では全く明らかになっていませんでした。 

 

【研究の成果】

 西村らは、生殖細胞でオスとメスに違い(性差)のある遺伝子の探索を行いました。この探索により、foxl3と呼ばれる遺伝子が、卵が作られる過程のメスの生殖細胞で働いているのに対して、精子が作られる途中のオスの生殖細胞では働きが抑えられていることを見いだしました。(図1)。そこで、研究グループは、このfoxl3遺伝子に注目しfoxl3遺伝子の機能が欠損したメダカを作出して、その機能を調べました。

 foxl3の機能が欠損したメダカのメスは、通常(野生型)のメスと同様に卵巣を作り、身体もメスであることが分かりました。しかし、その卵巣を調べると、驚くべきことに卵巣の中で、精子が作られていることを発見しました(図2)。さらに、卵巣の中で作られた精子は受精可能で、その受精卵から正常なメダカが誕生したため、精子が機能的であることを示しています。

 以上の結果は、foxl3はメスの生殖細胞で働き、「精子形成を抑制」する機能を持つことを示しています。メスでは、卵ができる過程において、foxl3により精子形成が抑制され、卵が出来ます(図3A)。一方、通常のオスでは、Y染色体上の性決定遺伝子DMYが体細胞で働くことにより、foxl3の発現が抑制され、その結果、精子が作られていると予想されます(図3B)。

 さらに興味深いことに、最初は精子ばかりを作っていたfoxl3機能を欠失したメスは歳を経ると、理由はわからないながらも、少数ながら卵も作ることが明らかとなりました。そしてこの卵も受精可能であることが示されました。すなわち、歳をとると一つの個体の卵巣内に受精可能な多量の精子と少数の卵を作ることが明らかとなりました。

 

【本研究の意義と今後の展開】

 本研究では、脊椎動物で初めて生殖細胞の性を決める遺伝子foxl3を発見し、foxl3による「精子形成の抑制」が生殖細胞の性が決まる過程で重要であることを明らかになりました。この抑制を人為的に解除すると、卵巣の中で機能的な精子が作られ、生殖細胞を取りまく環境がメスであったとしても、精子が形成されることを世界で初めて示しました(図3C)。これは、体細胞とは独立した性を決めるスイッチが生殖細胞に存在することを示す新たな知見です。

 今後は、オスの生殖細胞でfoxl3の発現が抑制されるメカニズム、また、メスの生殖細胞でfoxl3が具体的にどのように精子形成を抑制しているのか明らかにすることで(図3)、「精子になるか、卵になるか」という生殖細胞の性が決まる仕組みについて深い理解が得られると考えられます。歳を取った同一個体内に受精可能な卵と精子ができる現象も非常に興味深く、その機構の解明が望まれます。

 また、foxl3の機能を欠損させたメスでは、通常のオスよりも短期間で機能的な精子が得られることも明らかとなり、水畜産育種への応用研究も現在進められています。

 

 

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図1. foxl3は生殖細胞で発現し、その発現に性差がある。

foxl3の発現(赤)は、メスの生殖細胞が卵を作る過程で検出されるのに対し、オスの生殖細胞が精子を作る過程で消失する。

        

 

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図2. foxl3の機能を欠損したメスメダカは精子の詰った卵巣をつくる。

foxl3機能欠損メスメダカのヒレは丸みを帯びており(左図、点線)、身体はメス型である。卵巣を白い点線(中央図)で輪切りにしたものを右図に示す。foxl3機能欠損メスメダカの生殖腺は卵巣に特徴的な卵巣腔(*)を形成し、その卵巣内には少数の卵と多量の精子が詰っている。白四角内の白い粒が精子を示す。スケールバー50µm。

 

 

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図3. 生殖細胞の性が決まる仕組み

(A) メスでは、卵が作られる過程で、foxl3により精子形成が抑制されていると考えられる。(B) オスでは、DMYの働きでオス化した体細胞により生殖細胞内のfoxl3の働きが抑制され、精子形成が進むと考えられる。(C) メスでfoxl3の機能が欠損すると、体細胞がメスであるため卵巣を形成するが、その中では精子を作る。

 

【掲載誌情報】

科学雑誌Science アメリカ東部時間6月11日 午後2時公開予定(オンライン版先行掲載)

論文タイトル: foxl3 is a germ cell-intrinsic factor involved in sperm-egg fate decision in medaka

著者: Toshiya Nishimura, Tetsuya Sato, Yasuhiro Yamamoto, Ikuko Watakabe, Yasuyuki Ohkawa, Mikita Suyama, Satoru Kobayashi, and Minoru Tanaka.

 

【研究サポート】

本研究は、文部科学省 科学研究費補助事業 新学術領域研究「性差構築の分子基盤」(22132007)、基盤研究(A)「配偶子形成初期過程の機構解析」(25251034)および農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業 (26047A)の支援を受けて行われました。

 

【本研究に関するお問い合わせ先】

基礎生物学研究所 生殖遺伝学研究室

総合研究大学院大学 生命科学研究科 基礎生物学専攻

准教授 田中実(タナカミノル)

〒444-8787愛知県岡崎市明大寺町字東山5−1

TEL: 0564-59-5851

E-mail: mtanaka@nibb.ac.jp

 

【報道担当】

基礎生物学研究所 広報室

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