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大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

基礎生物学研究所

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プレスリリース詳細

2014.05.22

DNA量増加が根粒発生の開始を制御する 〜核内倍加の新たな役割を発見〜

基礎生物学研究所 共生システム研究部門の寿崎拓哉助教と川口正代司教授らの研究グループは、マメ科植物のミヤコグサを用いて、植物と根粒菌の共生の場である「根粒」が根から分化する過程を制御する新たな遺伝子を発見しました。この研究により、植物の根では根粒菌の感染に応答して、核内倍加と呼ばれる現象により一部の細胞の核内DNA量が増加すること、このDNA量の増加が根粒発生を開始する上で重要な役割を担う可能性があることが示されました。この研究成果は、発生生物学専門誌Developmentの電子速報版5月21日号に掲載されました。

 

「研究の背景」

多くのマメ科植物は、根に「根粒」と呼ばれる器官を形成する能力をもっており、そのおかげで土壌細菌の根粒菌と「根粒共生」と呼ばれる相利共生関係を築くことができます。根粒の初期発生過程では、根粒菌の感染により、根の皮層細胞の一部において根粒発生に向けた細胞の運命転換が起こると考えられています。根粒発生に関するこれまでの先行研究では、根粒形成に先立つ根粒菌感染依存的シグナル伝達系に関与する多くの遺伝子について解析が進められてきましたが、皮層細胞の運命転換(脱分化・分化・増殖)を含む根粒の初期発生については、その遺伝的制御の実体はほとんど明らかにされていません。

 

「本研究の成果」

私たちは、根粒菌感染依存的サイトカイニンシグナル伝達が常に活性化され根粒菌が感染しなくても根粒様の器官(自発的根粒)を分化するspontaneous nodule formation 2(snf2)変異体に着目し、その自発的根粒の形成が抑圧されるサプレッサー変異体のスクリーニングを行いました。その結果、根粒菌感染依存的シグナル伝達以降の根粒初期発生過程に関与する変異体としてvagrant infection thread 1 (vag1)と名付けた新たなミヤコグサ突然変異体を単離しました。

 

vag1変異は、vag1snf2二重変異体において、snf2変異体の自発的根粒形成が抑圧されるだけでなく、vag1単独変異体でも、根粒菌の感染により誘導される通常の根粒形成が起こらなくなります。根粒発生の開始期において、核の大きさと細胞分裂パターンを詳細に調べたところ、正常な植物では、一部の皮層細胞で核内倍加(核内DNA量が倍々に増加する現象)が起こり、その後、その周囲の細胞の分裂が誘導されることがわかりました。その一方で、vag1変異体では、皮層細胞の核内倍加が起こらず、その後の周囲の細胞分裂も誘導されないことがわかりました(図1)。

 

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図1. 根粒初期発生。根粒初期発生では、まず、一部の皮層細胞で核内倍加がおこり(A:矢じり)、その後、周囲の細胞が分裂を始める(B)。vag1変異体では、核内倍加はおこらず、その後の周囲の細胞分裂もおこらない(C)。ここでは、オーキシン応答性プロモーターと核局在型GFPを用いて、根粒形成に関わる皮層細胞の核を可視化している。赤色のシグナルは根粒菌を示している。

 

vag1変異体の原因遺伝子を特定したところ、トポイソメラーゼVIと呼ばれる酵素の構成因子をコードしていることがわかりました。植物では、トポイソメラーゼVIは、核内倍加に必要な酵素として知られており、ミヤコグサにおいてもVAG1を構成因子とするトポイソメラーゼVI は実際に核内倍加に関与することを明らかにしました。したがって、上述の皮層細胞分裂が誘導されないというvag1変異体の表現型は、トポイソメラーゼVIの欠損により核内倍加が起こらないことが原因と考えられます。これらのことから、根粒初期発生における皮層細胞の運命転換には、核内倍加が重要な役割を果たす可能性が示唆されました。これまで植物では、核内倍加の際には核内DNA量の増加に伴って、細胞の大きさも増大することが知られており、細胞(もしくは組織・器官)の大きさの制御が核内倍加の主な役割として考えられてきました。一方、本研究により私たちが発見した根粒初期発生における核内倍加では、核内DNA量の増加に伴う明らかな細胞の大きさの変化は観察されません。このことから、vag1変異体の解析を通して、核内倍加の役割の新たな側面が見出されたと考えられます。

 

本研究によって、VAG1遺伝子を介して一部の皮層細胞の核内倍加が起こることが、根粒発生のスイッチを入れる重要な役割を担う可能性が示唆されました(図2)。また、このことは、核内倍加の役割の新たな側面も見出しました。根粒初期発生は、一度分化した細胞が、カルス化は伴わずに、脱分化を経て異なる器官を分化するモデルケースにもなり得るため、この現象のより詳細な解明は、植物細胞の分化・脱分化・再分化などを含む、細胞運命の決定機構の解明につながることも期待されます。もちろん、根粒形成の基本的なしくみの解明は、窒素固定能やバイオマスの向上による、食料問題・環境問題の解決においても大きく貢献するものとなると期待されます。

  

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図2. 根粒形成における皮層細胞運命転換モデル。クリーム色:皮層細胞、白:表皮細胞(根毛細胞)、水色:核、赤:根粒菌(または感染糸)、黄緑:核内倍加している細胞、ピンク:分裂を始めた細胞

 

[論文情報]

「Development」電子速報版5月21日号

Endoreduplication-mediated initiation of symbiotic organ development in Lotus japonicus

Takuya Suzaki, Momoyo Ito, Emiko Yoro, Shusei Sato, Hideki Hirakawa, Naoya Takeda and Masayoshi Kawaguchi

 

[研究サポート]

本研究は、文部科学省科学研究費補助事業のサポートを受けて行われました。

 

[本件に関するお問い合わせ先]

基礎生物学研究所 共生システム研究部門

助教: 寿崎 拓哉 (スザキ タクヤ)

〒444-8585 愛知県岡崎市明大寺町字西郷中38

Tel: 0564-55-7563 

Fax: 0564-55-7563

E-mail: tsuzaki@nibb.ac.jp

ホームページ http://www.nibb.ac.jp/miyakohp/index.html

 

[報道担当]

基礎生物学研究所 広報室

Tel: 0564-55-7628

Fax: 0564-55-7597

E-mail: press@nibb.ac.jp