基礎生物学研究所
2012.05.28
基礎生物学研究所 生殖遺伝学研究室の田中実准教授と中村修平研究員らの研究グループは、メダカを用いた研究により、抗ミュラー管ホルモン(AMH)系が卵や精子の数を適切に保つ機構を明らかにしました。この成果は、生物学専門誌Developmentに掲載されます(5月24日に電子速報版が公開されました)。
[研究背景]
人間の胎児ができていく最初の段階では、男か女のどちらにもなれるように作られます。そしてある程度身体ができてきたところで性を決める遺伝子が働き、男あるいは女の身体が作られることが知られています。このとき男性胎児からは、抗ミュラー管ホルモン(AMH)系と呼ばれる因子が分泌されて卵管や膣を作り出す組織が退縮するのに対し、女性胎児はこの因子が分泌されずそのまま卵管や膣が発達します。ヒトではAMH系に障害があると女性生殖器官が残存した男児が生まれることが知られています。
このAMH系遺伝子は TGFベータという遺伝子群に属し、特にその中でも進化的に古いタイプであることが知られています。多くの動物にも共通して存在する基本的な遺伝子でありながら、ヒトのような女性生殖器官を持つ動物はごく一部であり、他に機能があるのか、他の動物ではどのような機能を担っているのか謎でした。また、生殖腺の大きさがどのように制御されているかも謎でした。
以前に研究グループは hotei と呼ばれる突然変異体メダカを単離し、その原因がAMH系で働く受容体 (amhrII)にあることを見いだしていました(2007年基礎生物学研究所プレスリリース「メダカの生殖腺形成をコントロールする遺伝子を発見」)。今回、このメダカを用いて、この遺伝子の機能の詳細を調べました。
[研究成果]
研究グループは、AMH系で働く受容体に異常を持つメダカ突然変異体(hotei)を調べ(図1)、まずこのメダカではAMH系が働いていないことを証明しました。このメダカでは将来の卵や精子となる生殖細胞が異常に増殖するために、布袋(hotei)のような大きなお腹を呈します。そこでどのように生殖細胞が異常に増えてしまうのかを調べてみました。すると、分裂もせずにじっとしている生殖幹細胞にはなんら影響を及ぼしていないのに対して、分裂を開始した生殖細胞の分裂が制御できなくなっていることが判りました。すなわち、AMH系は、ごく一部の幹細胞様の生殖細胞を制御することで卵や精子の全体の数を制御している重要な因子であることが明らかとなりました。しかもAMH系は、直接は生殖細胞には指令を送らずに、周りの体細胞が出す未だ正体の明らかでない増殖指令を介して、生殖細胞の数を制御していることが明らかとなりました。
このAMH系が機能しなくなるとhotei変異体の生殖腺は生殖細胞が増え続けて生殖腺が巨大化しますが、ガンのように生殖腺が破壊されることはありません。機能を保ったまま巨大化します。また、雌へ性転換することも以前の研究で明らかとなっています。このようなことにもAMH系は直接関与しているのでしょうか?そこでhotei変異体の生殖細胞をなくすことを行ってみました。するとhotei変異体からまったく性転換体が出現しなくなり、生殖腺が異常に大きくなることもありませんでした。すなわち、性や生殖腺の大きさは、生殖細胞の増殖制御を通じて間接的に制御されているという仕組みが初めて明らかとなりました。
人などのほ乳類の研究により、AMH系は生殖器官の形成に重要であることが知られていましたが、今回のメダカを用いた研究によって、AMH系はごく一部の生殖細胞の増殖を制御して卵や精子の数を適切にし、さらにこの生殖細胞の増殖制御を通じて生殖腺の大きさや性もコントロールしているという仕組みも明らかとなりました(図2)。
図1: AMH系の機能の失ったメダカでは生殖腺が巨大化し、お腹が膨らんでしまう。雌へと性転換体が出現する(2007年プレスリリース「メダカの生殖腺形成をコントロールする遺伝子を発見」参照)。
図2: メダカにおいて、AMH系は体細胞からの一部の生殖細胞への増殖指令をコントロールする。この増殖指令が破綻すると卵や精子が増殖を続け、生殖腺(卵巣や精巣)は巨大化し、性転換まで引き起こす。
[論文情報]
「Development」
Hyperproliferation of mitotically active germ cells due to defective anti-Müllerian hormone signaling mediates sex reversal in medaka
Shuhei Nakamura, Ikuko Watakabe, Toshiya Nishimura, Jean-Yves Picard, Atsushi Toyoda, Yoshihito Taniguchi, Nathalie di Clemente, and Minoru Tanaka
[研究グループ]
本研究は、基礎生物学研究所の田中実准教授と中村修平研究員らが中心となって、フランス INSERM/パリ大学のナタリークレメンテ博士、慶応義塾大学医学部 谷口善仁博士と国立遺伝学研究所 豊田敦博士との共同研究として行われました。
[研究サポート]
本研究は、文部科学省科学研究費補助金のサポートを受けて行われました。
[本件に関するお問い合わせ先]
基礎生物学研究所 生殖遺伝学研究室
准教授: 田中 実 (タナカ ミノル)
〒444-8787 愛知県岡崎市明大寺町字東山5-1
Tel: 0564-59-5851 Fax: 0564-59-5851
E-mail: mtanaka@nibb.ac.jp
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[報道担当]
基礎生物学研究所 広報室
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