基礎生物学研究所
2007.05.29
基礎生物学研究所の生殖遺伝学研究室(田中実准教授・斎藤大助研究員・中村修平大学院生)と科学技術振興機構の森永千佳子研究員らは、生殖腺が過剰に発達し、雄から雌への性転換をおこす突然変異体メダカを単離し、hotei(布袋)と命名しました。そしてその原因遺伝子が抗ミュラー管ホルモン受容体タイプ2(amhrII )であることを明らかにしました。性転換は動物によってはしばしば認められる現象ですが,そのメカニズムはまったく解明されていません。また、将来の卵や精子となる細胞(生殖細胞)の数がどのように制御されているかも、明らかにされていませんでした。メダカはY 染色体を持つ個体が雄となり、その性は終生変わることがありません。hotei 変異体では、Y染色体を持つ変異体メダカの約半数が卵巣,あるいは精巣と卵巣とが混じり合った中間的形態の生殖腺を形成し、ヒレの形などの第二次性徴も雌型となりました。これは生殖細胞の数の制御が、生殖腺の性分化に深く関与していることを示唆する初めての結果です。同定された原因遺伝子amhrII は、哺乳類において 卵管・子宮,などの雌の生殖腺付属器官が発達するために必須の遺伝子であり、魚からヒトに至るまで広く共通の生殖腺形成と性分化メカニズム解明につながると期待されます。本研究は、JST戦略的創造研究推進事業の研究テーマ「小型魚突然変異体群を用いた脳領域発生の研究」(研究代表者:近藤寿人 大阪大学大学院生命機能研究科教授)のサポートのもとに行われました。この成果は米国科学アカデミー紀要オンライン版にて2007年5月29日に先行発表されました。
「どのようにして雄と雌が別々に形成されるのか」――、この興味深い「性分化」の現象解明には多くの研究者が取り組んでいますが、その全貌は明らかとなっていません。生殖腺形成や性分化に関わる遺伝子の同定は今までにも行われていますが、マウスの遺伝子破壊と遺伝疾患解析による研究がほとんどで、その遺伝子がどのように作用しつつ性分化過程が進むのか、その分子機構解明はそれほど進んでいません。特に性転換に至ってはその機構は全く明らかになっていません。
メダカは小型の脊椎動物で交配が容易にでき、遺伝子導入も可能で日本発のモデル脊椎動物として注目されています。また雌雄判別も容易にでき、性分化現象の研究の歴史も古く、突然変異体の単離から原因遺伝子の同定が可能です。
本研究では、メダカの特徴を生かして生殖腺形成・性分化の分子メカニズムを明らかにするために、メダカの遺伝子にランダムに損傷を与え、生殖腺形成に障害をきたす突然変異体メダカを単離することを行ってきました。今回遺伝子が同定されたhotei はこのような変異体の一つで、雌雄に関わらず将来の卵や精子となる生殖細胞が増え、膨らんだおなかは大きくなった卵巣あるいは精巣で満たされている変異体です (図1)。また、外見上その多くが雌の姿を示し,雄から雌に性転換していると予想されました。
図1:突然変異体メダカhotei と通常のメダカの外観の違い
上が突然変異体hotei メダカで、下が通常のメダカ。変異体メダカは、生殖細胞が異常増殖し、生殖腺(卵巣・精巣)が肥大化し、外見上大きく膨らんだおなかを持つことが特徴である。
このhotei 変異体の原因遺伝子が明らかになれば,今まで不明であった性転換、生殖細胞の数を制御している遺伝子が同定されると期待されました。そこで遺伝子の同定を行なった結果,amh (抗ミュラー管ホルモン)の受け手であるamhrII(抗ミュラー管ホルモン受容体タイプ2)遺伝子に障害があることが明らかとなりました。抗ミュラー管ホルモンのシグナルはヒトを含めた哺乳類の雄において、雌の生殖付属器官である卵管や子宮の発達を抑制する機能を持つことが知られています。このシグナルに障害があると、ほ乳類では体内に卵管や子宮の一部が残ってしまうことがわかっています(ミュラー管遺残症候群(PMDS))。
またhotei 変異体の生殖腺を調べたところ、Y染色体を持つこの変異体メダカの約半数が卵巣,あるいは精巣と卵巣とが混じり合った中間的形態の生殖腺を形成し,遺伝発現も雌型を示すことが明らかとなりました。ヒレの形などの第二次性徴も雌型に性転換していました。これらの結果は、生殖細胞の数の制御が、生殖腺の性分化に深く関与していることを示唆する初めての結果となりました。
生殖細胞の数の制御が性分化・性転換に関わることが、今回の結果から示されました。これをもとに、さらにどのような分子機構で性分化が行なわれるのかを解析していきます。また同時に突然変異体解析が研究手法として威力のある研究手法であることも示されました。hotei 以外の変異体の原因遺伝子同定推し進めることで,性分化・性転換に関与する遺伝子をさらに明らかにしていく予定です。
Proceedings of the National Academy of Science of the United States of America
(Direct Submission to the Office)(米国科学アカデミー紀要)
(2007年5月29日 付け オンライン版 先行発表)
論文タイトル:
The hotei mutation of medaka in the anti-Mullerian hormone receptor
causes the dysregulation of germ cell and sexual development
著者:
Chikako Morinaga, Daisuke Saito, Shuhei Nakamura, Takashi Sasaki, Shuichi Asakawa,
Nobuyoshi Shimizu, Hiroshi Mitani, Makoto Furutani-Seiki, Minoru Tanaka (Corresponding Author), and Hisato Kondoh
本研究は基礎生物学研究所・生殖遺伝学研究室(斎藤大助・中村修平・田中実)とJST戦略的創造研究推進事業の研究チーム(森永千佳子・清木―古谷誠・近藤寿人)との共同研究結果です。また遺伝子同定の過程では慶応大学分子生物学教室(浅川修一・佐々木貴史・清水信義)で作製されたメダカBACと東京大学新領域創成科学研究科(三谷啓志)で改良されたマッピングシステムを共同研究として用いました。
本研究は、JST戦略的創造研究推進事業の研究テーマ「小型魚突然変異体群を用いた脳領域発生の研究」(研究代表者:近藤寿人 大阪大学大学院生命機能研究科教授)のサポートのもとに実施されました。
[本件に関するお問い合わせ先]
基礎生物学研究所 生殖遺伝学研究室
准教授 田中 実
Tel: 0564-59-5851 (研究室)
E-mail: mtanaka@nibb.ac.jp
URL: http://www.nibb.ac.jp/reprogenetics/
基礎生物学研究所 連携・広報企画運営戦略室
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