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2016年08月10日
動物の管腔器官のヒダの形成における物理的な力の役割

動物の管腔器官(腸管、卵管など)の内側表面には、様々な形態のヒダ状の構造が観察されます。本研究では、こうしたヒダの形態が作られる仕組みについて、モデルケースとして哺乳動物の卵管に注目して研究を行いました。卵管は、卵巣で排卵された卵を子宮に輸送する役割を担っています。卵管の内側表面には、卵を輸送する方向に沿って規則正しい多数のヒダ状の構造が見られます。基礎生物学研究所 初期発生研究部門の小山宏史助教、石東博研究員、藤森俊彦教授は、形態形成部門の鈴木誠助教、上野直人教授、京都大学の上村匡教授との共同研究により、卵管の規則正しいヒダが、物理的な力の作用によって作られることを、実験・数理シミュレーションの両面から明らかにしました。この成果は、2016年8月9日に科学雑誌Biophysical Journalに掲載されました。

 

【研究の背景】

管腔器官の内側表面には、腸管では管の円周方向に沿った横ヒダ、卵管では卵が輸送される方向に沿った多数の縦ヒダ、など多様な形態のヒダが観察され、こうした構造がその器官の機能の形態的な基盤を与えていると考えられます。哺乳動物の卵管の内側には、卵が輸送される方向に沿って多数のヒダが整然と形成されていて、卵を効率的に輸送するために重要だと考えられています。研究グループは2014年に、Celsr1(セルサー ワン)という遺伝子に変異を持つマウスでは、ヒダの形態が著しく乱れると共に、卵を効率的に輸送することができないことを示しました(石、小松ら、2014 Development)。この結果から、Celsr1遺伝子がヒダを規則正しく形成することに必要であることが分かりました。Celsr1遺伝子変異体で観察されたヒダの形態パターンは、他の管腔器官でもほとんど見られない複雑なものでした(図1:右端)。しかし、なぜこのような複雑なパターンが生じうるのか、また、野生型ではなぜ複雑なパターンを抑制して規則正しいパターンを作ることができるのか、その具体的なメカニズムはこれまで不明でした。

 

【研究の成果】

研究グループは、実験と数理シミュレーションを組み合わせることによって、マウスの卵管のヒダの形態が物理的な力によって決まっていることを明らかにしました。卵管の外側の層を構成する硬い筋層(変形しにくい)と、実際にヒダを形成する内側の層を構成する軟らかい上皮細胞シート(変形しやすい)を数理モデル化しました。筋層は十分に硬くて変形しないという仮定の下、上皮細胞シートの大きさと長さ(図1:左端)について生体内の状態を反映させた条件で数理シミュレーションを行うと、野生型、および、Celsr1変異体で見られるヒダと同様のパターンが再現されることがわかりました(図1:中央)。さらに、数理シミュレーションから、上皮細胞シートにかかる力(張力)が野生型と変異体とで相違があることが予測されましたが、実験的な力の計測によってそれを裏付ける結果が得られました。すなわち、数理モデルの妥当性を支持する結果だと考えられます。ヒダの形態が決まる原理を例えて言うなら、アルミホイルの芯の円筒(卵管の筋層に対応)の中に、芯より大きな布でできた円筒(卵管の上皮細胞シートに対応)を押し込める様子を想像してください。短い布を押し込めれば揃ったきれいなヒダができますが、芯より長い布を押し込めれば複雑に乱れたヒダが作り出されます。このように、一見複雑なヒダの形態のパターンの相違が、驚くほど単純な物理的な原理によって決まっていることが明らかになりました。また、Celsr1は上皮細胞シートの長さを決めていると考えられます。したがって、上皮細胞シートの長さは遺伝的要因によって、ヒダの形態は物理的要因によって、それぞれ決まるという2段階の過程を経ていることがわかりました。

 

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図1.ヒダが遺伝的要因と物理的要因とで作り上げられる仕組み

 

一方、Celsr1は、平面内細胞極性と呼ばれる組織内での細胞の方向性を制御するタンパク質の一つです。卵管の個々の上皮細胞は、卵が輸送される方向に伸長した形態をとっていますが、Celsr1遺伝子変異体では伸長が正常におきないことを以前に報告しました(石、小松ら)。さらに、野生型における上皮細胞の伸長は、外的な力によって引っ張られたことが原因というより、個々の細胞の自発的な作用によっていることを示しました(石、小松ら)。本研究では、上皮細胞の伸長の方向性と、上皮細胞シートにかかる力(張力)の方向性が連関していることを、実験・数理の両面から明らかにしました。したがって、Celsr1は上皮細胞シートの長さを決めているだけでなく、細胞の形態に方向性を持たせることで、上皮細胞シートにかかる力(張力)の方向性の制御や維持に関与していることが示唆されました。

 

最後に、上皮細胞シートの大きさや長さの条件をかえて数理シミュレーションを行うと、腸管で見られる横ヒダやジグザグのヒダなど、多様なヒダの形態が再現できることがわかりました(図2)。したがって、卵管、小腸などの管腔器官で見られる多様なヒダの形態は、同じ物理的な原理で形成されていることが示唆されました。

 

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図2.卵管以外の管腔器官で観察されるヒダの形態パターンの再現

 

【本研究の意義と今後の展開】

小腸の絨毛(じゅうもう)などで知られているように、器官の形態は機能的に非常に重要です。卵管において卵を効率的に輸送するためには、ヒダの形態が正しく作られること、上皮細胞の繊毛(せんもう)が正しい方向をもつこと、などが重要だと考えられています。研究グループは、以前に繊毛の方向性の制御にCelsr1が必要であることを示しました(石、小松ら)。今回の研究では、ヒダの形態という卵の輸送における形態的な基盤づくりに注目して研究を行いました。これまでの数理的な研究から、物理的要因を考慮したシミュレーションによって管腔器官の比較的単純なヒダの形態(そろった縦ヒダなど)が再現できることが報告されてきました。しかし、実際の生体内での状況との整合性を評価した例はほとんどありませんでした。さらに、ヒダの形態パターンが、どこまでが遺伝子産物の直接的な作用によるものなのか(例えば、遺伝子産物が1本1本のヒダが形成される位置や形態を厳密に決定しているか否か、など。)、どこまでが物理的要因によるものなのか、といった観点から論じられた例はほとんどありませんでした。本研究は、かなり複雑な形態パターンについても物理的要因で説明できることを示しただけでなく、数理と実験を組み合わせることで実際の器官の形態パターンが決まる仕組みの一端を明らかにしました。さらに、物理的要因と遺伝的要因が影響する範囲を区別した数少ない研究事例であり、器官の形態形成における重要な知見であると考えています。近年、組織・器官の形態形成、ならびに、再生において物理的な作用の重要性が強く認識されつつありますが、本研究はこれらの分野に対して概念的、かつ、数理と実験の融合における技術的な示唆を与えるものと考えています。

 

【掲載誌情報】

Biophysical Journal(バイオフィジカル ジャーナル)

2016年8月9日付け掲載

論文タイトル: “Mechanical regulation of three-dimensional epithelial fold pattern formation in the mouse oviduct

著者: Hiroshi Koyama, Dongbo Shi, Makoto Suzuki, Naoto Ueno, Tadashi Uemura, and Toshihiko Fujimori

 

【研究サポート】

本研究は、文部科学省科学研究費助成事業、科学技術振興機構、日本学術振興会、三菱財団のサポートを受けて行われました。

 

【本研究に関するお問い合わせ先】

基礎生物学研究所 初期発生研究部門

助教 小山 宏史(コヤマ ヒロシ)

TEL: 0564-59-5862

E-mail: hkoyama@nibb.ac.jp

 

教授 藤森 俊彦(フジモリ トシヒコ)

TEL: 0564-59-5860

E-mail: fujimori@nibb.ac.jp

 

【報道担当】

基礎生物学研究所 広報室

TEL: 0564-55-7628

FAX: 0564-55-7597

E-mail: press@nibb.ac.jp