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基礎生物学研究所

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2009.09.10

遺伝子組換えで生きた化石を作る ~陸上植物の起源に新仮説を提唱~

基礎生物学研究所生物進化研究部門の岡野陽介研究員、長谷部光泰教授らの研究グループは、科学技術振興機構、金沢大学学際科学実験センターとの共同研究によって、コケ植物のヒメツリガネゴケにおいてポリコーム抑制複合体2(PRC2)遺伝子(以下ポリコーム遺伝子)と呼ばれる細胞の記憶を制御する遺伝子を壊すと、枝分かれをする絶滅した化石植物(前維管束植物)に似た植物体が形成されることを発見しました。従来、陸上植物の祖先は現生コケ植物のような形をしていたと考えられてきました。しかし、今回の発見は、枝分かれ構造を持った前維管束植物が陸上植物の祖先であった可能性もあることを示唆しており、今後、陸上植物の進化過程を再検討する必要が出てきました。この成果は、米国科学アカデミー紀要電子版にて9月10日(日本時間)に発表されました。

[研究の背景]

地球が誕生した後、約5億年前に最初の植物が上陸し、地上は緑に覆われたと推定されています。現在生きている陸上植物の中で最も単純な形をしているのはコケ植物なので、陸上植物の祖先はコケ植物に似たものだったと考えられてきました。しかし、この時代から産出される化石はほとんど全て、枝分かれを持つ形をしており、枝分かれしないコケ植物よりも複雑で、この点が大きな謎でした(図1上)。

[研究の成果]

基礎生物学研究所生物進化研究部門の岡野陽介研究員、長谷部光泰教授らの研究グループは、科学技術振興機構、金沢大学学際科学実験センターとの共同研究によって、コケ植物セン類のヒメツリガネゴケを材料として、細胞の記憶を制御するポリコーム遺伝子を破壊すると、枝分かれする化石植物(前維管束植物)に似た形になることを発見しました(図2)。これまで、コケ植物が枝分かれできないことから、陸上植物の祖先に最も近い形態を持っているのではないかと考えられてきたのですが、本研究によって、コケ植物も枝分かれできることがわかりました。このことから、従来の仮説に加え、陸上植物の共通祖先は化石が豊産する枝分かれした植物であり、現生のコケ植物は退化によって進化したのだという可能性も検討すべきであることがわかりました(図1下)。この新しい仮説だと、従来、祖先と目された現生コケ植物に似た化石が産出せず、その後に進化したと想定された枝分かれした植物の化石ばかりが多数産出するという矛盾が解決できます。

[今後の展開]

ヒメツリガネゴケのポリコーム遺伝子を破壊することによって形成された枝分かれ(図2左)と化石(図2右)との形態的類似点、相違点をより詳細に研究することによって、本研究によって示唆されたコケ植物退化仮説の妥当性を検証できるようになると考えられ、将来的には、陸上植物全体の進化プロセスについて再検討が必要になる可能性があります。

20090910fig1.jpg図1:陸上植物の進化仮説
従来の仮説(上図)では、枝分かれしない、現生コケ植物に似た植物を陸上植物の祖先であると仮定していた。しかし、それを支持するような化石は見つかっていない。現生のコケ植物は祖先からあまり形を変えずに進化したと考えられている(通常我々が目にするコケの体は配偶体と呼ばれ、花の咲く植物などの体に対応する部分(胞子体)は配偶体に半寄生している)。また、花の咲く植物などは化石が豊産する前維管束植物を経て進化したと考えられていた。一方、本研究によって、現生コケ植物ヒメツリガネゴケのポリコーム遺伝子を破壊すると前維管束植物に類似した胞子体を形成することがわかったことから、コケ植物にも枝分かれする胞子体を作る能力があることが示された。このことから、陸上植物の共通祖先は前維管束植物であり、現生のコケ植物は退化によって進化したという可能性が示唆される。この新仮説は化石記録とうまく合致している。

 

 

20090910fig2.jpg図2:ヒメツリガネゴケポリコーム遺伝子破壊突然変異体と絶滅した前維管束植物の比較
ヒメツリガネゴケのポリコーム遺伝子破壊突然変異体が形成した枝分かれする植物体(左図)は、絶滅した前維管束植物(右図)によく似ている。

[発表雑誌]

Proceedings of the National Academy of Sciences United States of America
米国科学アカデミー紀要 電子版
(9月9日付けでオンライン先行発表)

論文タイトル:
"A polycomb repressive complex 2 gene regulates apogamy and gives evolutionary insights into early land plant evolution

著者:Yosuke Okano, Naoki Aono, Yuji Hiwatashi, Takashi Murata, Tomoaki Nishiyama, Takaaki Ishikawa, Minoru Kubo, and Mitsuyasu Hasebe

[研究グループ]

本研究は、基礎生物学研究所生物進化研究部門(岡野陽介、青野直樹、日渡祐二、村田隆、石川貴章、長谷部光泰)、科学技術振興機構ERATO長谷部分化全能性進化プロジェクト(久保稔、西山智明、長谷部)、金沢大学学際科学実験センター(西山)からなる共同研究チームによる成果です。

[研究サポート]

本研究は、科学技術振興機構、文部科学省科学研究費補助金のサポートを受けて実施されました。

[本件に関するお問い合わせ先]

基礎生物学研究所 生物進化研究部門
教授:長谷部光泰 (ハセベ ミツヤス)
Tel: 0564-55-7546(研究室)
E-mail: mhasebe@nibb.ac.jp
URL: http://www.nibb.ac.jp/evodevo/

[報道担当]

基礎生物学研究所 広報国際連携室
倉田 智子
Tel: 0564-55-7628
E-mail: press@nibb.ac.jp

 

 

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