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大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

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プレスリリース概要

2021.05.27

光合成するウミウシ、チドリミドリガイのゲノム情報を解読 〜光合成能は藻類遺伝子が宿主動物の核へ水平伝搬した結果であるという従来の説を覆す〜

光合成は光エネルギーから有機化合物を合成する反応であり、陸上植物や藻類と一部の細菌が有する能力です。動物は光合成を行うことはできませんが、ごく少数ながら例外があります。巻き貝の仲間であるウミウシ類の一部の種は、餌として食べた藻類から、葉緑体を自分の細胞内に取り込み、数ヶ月に渡って葉緑体の光合成能力を維持し、そこから栄養を得ます。これを「盗葉緑体現象」と呼びます。動物であるにも関わらず光合成を行うウミウシの盗葉緑体現象には多くの研究者が驚きとともに関心をよせてきました。

藻類や植物では、葉緑体が光合成を行うために必要な遺伝子のほとんどは葉緑体のゲノムではなく核ゲノムに存在しています。そのため、人為的に藻類細胞から単離された葉緑体は単独で光合成を行うことはできません。にもかかわらず、ウミウシは餌から取り込んだ葉緑体の光合成活性を維持することができます。動物は光合成関連遺伝子を持たないため、なぜウミウシが単離された盗葉緑体で光合成が可能なのかは大きな謎であり、その仕組みについてこれまで多くの議論と研究がなされてきました。中でも有力な説は、藻類の核に存在する光合成に必要な遺伝子が、ウミウシの核に移動(水平伝播)しているとする「遺伝子の水平伝播」説です。しかしながら、非モデル生物であるウミウシでは、遺伝子の水平伝搬を厳密に議論できるほど精度の高い遺伝情報が整備されておらず、専門家の間で論争が続いていました。

今回、基礎生物学研究所の前田太郎研究員(現在、龍谷大学博士研究員 兼 慶應大学先端生命科学研究所所員)、重信秀治教授らを中心とした研究グループは、代表的な盗葉緑体ウミウシであるチドリミドリガイ(Plakobranchus ocellatus type black)の高精度なゲノム解読に成功しました。また、コノハミドリガイ(Elysia marginata)のゲノム解読にも成功しました。その結果、これまで有力とされていた説と異なり、光合成に関連する藻類の遺伝子はウミウシの核に移動していないことを明らかにしました。これは、遺伝子の水平伝播を伴わずとも、光合成のような複雑な生物機能が種を超えて伝播しうることを意味しており、生命の進化を考える上で大きな発見です。

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図1 盗葉緑体現象を示すウミウシ、チドリミドリガイの概観とその葉緑体の電子顕微像

それでは、光合成遺伝子の水平伝搬がない状況でどのように光合成を行なっているのか、という点が次の疑問として浮かび上がってきます。今回明らかにしたウミウシのゲノム情報はそのヒントも与えてくれます。ウミウシの光合成器官(葉緑体を貯めている細胞)の遺伝子発現解析を行なったところ、タンパク質代謝や酸化ストレス耐性、自然免疫関連の遺伝子が高いレベルで発現しており、これらの遺伝子群が長期間の光合成活性維持に関与していることが示唆されました。また、これらの遺伝子群は、光合成活性をより長期に維持できるウミウシの系統で多様化するように進化していることもわかりました。これらの遺伝子がどのような機構で盗葉緑体の光合成活性を支えているかは今後の研究課題です。今後さらに盗葉緑体現象を研究することによって、葉緑体や光合成を自由自在に操る技術の開発(例えば動物細胞に光合成能力を付加するなど)につながると期待されます。

本研究成果は学術雑誌「eLife」に2021年4月27日付けで発表されました。