真核生物の細胞の中には、一重の膜で囲まれた様々な内膜系オルガネラが存在します。それぞれのオルガネラには特有のタンパク質のセットが存在しており、細胞分化や発生、環境応答などにおいて重要な役割を果たしています。また、真核生物の中には独自のオルガネラを持つものが存在します。真核生物の祖先は、内膜系オルガネラをもたない原核生物の古細菌の一種に似ていたと考えられていますが、そこから現存の真核生物の複雑な内膜系オルガネラがどのようにできてきたのかは分かっていません。
基礎生物学研究所 細胞動態研究部門の金澤建彦助教、上田貴志教授らと、同研究所 生物機能情報分析室、東京大学大学院理学系研究科、千葉大学大学院園芸学研究科、京都大学大学院生命科学研究科、理化学研究所 光量子光学研究センターで構成される研究グループは、コケ植物苔類に属するゼニゴケにおいて、細胞質分裂時に一時的に出現する「細胞板」
注と苔類に特有のオルガネラである「油体」がともに分泌経路(細胞の中からの外方向への輸送経路)の方向を転換することにより形成されることを発見しました(図1)。また、約5万のゼニゴケ変異体の解析から油体を作るマスター制御因子であるMpERF13を見いだしました。さらに、MpERF13の改変により油体の数を変化させたゼニゴケとオカダンゴムシを使った被食テストにより、ゼニゴケの油体が動物からの食害防御にはたらいていることも明らかにしました。本研究の結果は、植物の異なる機能を持つオルガネラや細胞構造が周期的な分泌経路の方向性の切り換えにより獲得されたことを示しています。これにより、進化の過程におけるオルガネラ獲得機構の一端が明らかになりました。本研究成果は、日本時間2020年12月1日19時に英国の科学雑誌
Nature Communicationsに掲載されます。
図1. 分泌経路の方向転換によりつくられる「油体」と「細胞板」
ゼニゴケの葉状体(葉のように見える構造)に存在する油体(左図、緑色に表示)と、油体と細胞板の形成機構の模式図(右図)。油体も細胞板もともに、通常は細胞の外方向に向いている分泌経路の方向(青矢印)を細胞の内方向へと転換することで形成されることがわかった。なお、細胞板の形成にはエンドサイトーシス経路(赤矢印)も関わることが明らかにされている。
注:細胞板は、陸上植物の細胞が分裂する際に細胞質を二分するために形成される構造。植物の細胞は強固な細胞壁をもつため、動物細胞のように収縮環のような構造で細胞をくびり切ることが出来ない。そのため、細胞の中に将来細胞の外になる円盤状の空間(細胞板)を構築し、それを外側に向かって拡大させて最終的に母細胞の細胞壁と融合させることで細胞質分裂を行う(図1右図も参照)。
動画. オカダンゴムシを用いた被食アッセイ
金澤建彦助教と上田貴志教授