自然科学研究機構 生命創成探究センター
自然科学研究機構 基礎生物学研究所
動物のからだは数多くの細胞から成り立っています。受精卵から秩序正しく動物のからだが形成される上では、個々の細胞がバラバラに振る舞うのではなく、細胞同士が情報をやり取りし合うことが重要です。動物の発生過程では、細胞が分泌する情報分子(分泌性シグナルタンパク質)が、周囲の細胞に受容されることで、細胞の増殖や分化がコントロールされ、組織や器官が秩序正しく形成されていくことが知られています。一方、実際の発生過程においては、一部の細胞の形態が大きく変化することが知られています。このような細胞の形態の変化は細胞相互の位置関係を大きく変える要因になり得ると考えられますが、そのような変化が分泌性シグナルタンパク質を介した細胞間の情報のやり取りにどのような影響を与えるのかということは重要な問題として残されています。特に、分泌性シグナルタンパク質を産生する細胞自身が形態変化を起こした時に、周りの細胞でのシグナルの受容にどのような影響を与えるかということに関してはこれまで明らかになっていませんでした。
自然科学研究機構 生命創成探究センターおよび基礎生物学研究所の篠塚琢磨研究員、高田慎治教授らの研究グループは、動物の発生過程で重要な分泌性シグナルタンパク質であるWntを産生する細胞に着目し、その形態変化を観察しました。マウスの脊髄神経管の発生過程では、最も背側に位置するroof plate細胞においてWntが産生されます。今回、このroof plate細胞が発生の進行とともに形態変化を起こして長く伸長し、最終的にはその先端が神経前駆細胞に接することを見出しました。さらに、この形態変化にともなってWntを受容する細胞が交替し、伸長したroof plate細胞から分泌されたWntタンパク質が神経前駆細胞に受容されるようになり、細胞増殖を促進することが明らかになりました。このことから、Wntの産生細胞自身が形態変化を起こすことで、遠く離れた細胞にまでWntシグナルが伝達されるという、新たな細胞同士の情報伝達の仕組みが発見されました。本研究成果は2019年1月16日付で発生生物学専門誌のDevelopmentに掲載されました。
図.Wnt産生細胞の形態変化は新たなWntを受容する細胞への交替を引き起こす
roof plate細胞(水色)は形態変化を起こして背腹軸方向に長く伸長するが、この伸長したroof plate細胞においてもWnt1とWnt3aは引き続き産生される。神経発生初期では背側の神経管の細胞がroof plate細胞が産生するWntを受容していたが(黄色)、roof plate細胞の形態変化にともない、神経発生後期には内腔の周りの細胞がWntを受容するようになる(オレンジ)。