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基礎生物学研究所

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2026.03.19

不均一な組織で細胞の向きを揃えるメカニズム ~数理とAIが明らかにした細胞種配置のルール~

自然科学研究機構 基礎生物学研究所
 
上皮組織の平面内で上皮細胞の向きがそろう「平面内細胞極性(planar cell polarity, PCP)」はさまざまな器官の正常な働きに不可欠です。たとえば卵管では内腔面を覆う上皮細胞が繊毛を一方向的に動かすことで、卵が卵巣から子宮へと運ばれます。

PCPは個々の細胞が持つコアPCP因子の働きにより確立されます。先行研究では、コアPCP因子を持たない細胞を人為的に組織内に作製すると、PCPが異常になることが知られていました。一方で卵管上皮組織などでは、もとからコアPCP因子の量が少ない細胞種が存在するにもかかわらず平面全体ではPCPを維持できます。これらの組織では細胞間のコアPCP因子の量の不均一さを乗り越えて PCP を維持する仕組みがあると考えられていましたが、その実体は明らかにされていませんでした。

基礎生物学研究所 初期発生研究部門の新田昌輝特任助教、小山宏史助教、および藤森俊彦教授からなる研究グループは数理モデルやディープラーニングを活用しコアPCP因子の量が異なる細胞種の配置がPCPの維持に与える影響を検討し、PCPの維持に有利な細胞種の配置を予測しました。さらに生体内で観察される細胞種の配置が予測結果とよく一致することを見出しました。

本研究により平面全体でのPCPが細胞種の「並び方」によって支えられる可能性が示されました。これは、複数の細胞種からなる組織で極性がどのように保たれるのかを理解するうえで、新しい視点を与える成果です。また、本研究は生物学上の問題の解決にディープラーニングを活用したひとつのモデルケースともいえます。これらの結果は2026年3月20日付でiScience誌に掲載されます。

fig0.jpg 図:卵管上皮組織。運動性繊毛(緑)が生えた多繊毛細胞と分泌細胞(黒い領域)から構成される。個々の細胞の輪郭が赤く見える。

【研究の背景】
卵管の内腔面を覆うシート状の上皮組織は多繊毛細胞と分泌細胞という2つの細胞種から構成されます。多繊毛細胞の内腔側表面には約200本の繊毛が生えており、これらの繊毛が卵巣-子宮方向に往復運動をすることで卵が子宮へと運ばれていきます。このような上皮組織の平面内に発達する一方向的な細胞の非対称性(極性)である平面内細胞極性(Planar cell polarity; PCP)は、気管上皮組織の繊毛運動、皮膚の体毛や内耳の有毛細胞の向きなど様々な組織で発達し、組織の機能と密接に結びついています。

PCPの形成には、CELSR、FZD、VANGL などの「コアPCP因子」の働きが必要です。コアPCP因子は細胞境界上で偏って分布することで細胞に方向性を生み出し、かつその向きを隣りあう細胞間でそろえる作用を持ちます。そして、コアPCP因子の偏りの方向を個々の細胞が読み取ることで、繊毛の運動方向など細胞の「向き」が決まります。しかし、実際の上皮組織は性質の異なる複数の細胞種から構成されており、コアPCP因子を持つ細胞と持たない細胞種が混在する場合もあります。例えば卵管上皮組織は、運動性の繊毛をもつ多繊毛細胞と、分泌を担う分泌細胞から構成されており、分泌細胞ではコアPCP因子の量が少ないことが知られていました。隣り合う細胞の間にこうしたコアPCP因子の量差があると、PCPが乱れる可能性があります。実際、ショウジョウバエではコアPCP因子を欠く細胞が周囲の正常細胞の向きを乱すことが知られています。ところが卵管などの組織では、細胞種間にコアPCP因子の量差があっても組織全体としてはPCPが保たれています。このような組織ではどのようにしてPCPが維持されているのでしょうか。
 
fig1.jpg 図1:卵管上皮組織が発達させる平面内細胞極性(PCP)。多繊毛細胞の繊毛が卵巣-子宮軸方向に運動することで卵が子宮へと運ばれる。多繊毛細胞が持つコアPCP因子は卵巣-子宮軸に沿って偏った分布を示し、この偏りにより繊毛運動の方向が決定される。一方、分泌細胞ではコアPCP因子の量は少ない。
 
本研究では数理モデルを用いた理論的なアプローチによりこの問題に取り組みました。組織では細胞種の配置がしばしば組織特有のパターンを示します。そこで「細胞種の配置」がコアPCP因子量の不均一な組織でPCPを維持する鍵ではないかと考えました。そこで、数理モデル、ディープラーニング、そして統計モデルといった手法を組み合わせ、細胞種の配置がPCP維持に影響するか、そして、どのような細胞種の配置がPCP維持に貢献するかを明らかにすることを目指しました。
 
【研究の成果】
本研究ではまず数理モデルを用いた系統的なシミュレーションを行い、細胞種の配置がPCPに与える影響を評価しました。具体的にはコアPCP因子の量が多い細胞と少ない細胞をランダムに配置した細胞シートを多数用意し、コアPCP因子の分布がどのように変化するかをシミュレーションしました。その結果細胞種の割合が同じであっても、シート内での細胞種の配置が異なればPCPの乱れの程度が大きく異なることがわかりました。
 fig2.jpg 図2:シミュレーションにより細胞種の配置がPCPの乱れの程度に与える影響を解析。
 
さらに、ディープラーニングと統計モデリングを組み合わせ、PCP維持に重要な細胞種の配置の特徴を抽出しました。ディープラーニングを用いた解析では、細胞種の配置を表す画像を学習データとし、PCPの乱れの程度を予測できるようにニューラルネットワークの学習を進めました。その結果、ニューラルネットワークは細胞種の分布の情報だけでPCPの乱れの程度を高い精度で予測できるようになりました。この結果は細胞種の配置がPCPの乱れの程度を決定することを示唆しています。さらにニューラルネットワークがどういった細胞種の配置に着目し予測を行っているかを解析することで、細胞種の「並ぶ向き」が重要な要因であることが浮かび上がりました。この結果を踏まえて行った統計モデリングやシミュレーションにより、細胞種の並びの方向がPCPの向きと一致するとPCP維持に有利であることが示されました。

fig3.jpg 図3:深層学習によりPCP維持に有利な細胞種の配置の特徴量を抽出。細胞種の配置の情報からPCPの乱れの程度を予測できるようニューラルネットワークを学習させた。学習後のニューラルネットワークは、PCPの乱れが大きいと予測する場合、コアPCP因子の量が少ない細胞が縦に並ぶ領域を、PCPの乱れが小さいと予測する場合、コアPCP因子の量が少ない細胞が横に並ぶ領域を注視していた。
 
 
一連の理論的な解析に基づく予測は、実際のマウス卵管上皮組織の観察でも支持されました。卵巣―子宮軸方向にPCPが発達する卵管漏斗部では、分泌細胞が卵巣―子宮軸に沿って優先的に並んでいました。一方、卵管膨大部では分泌細胞が卵巣―子宮軸に沿って並ばず、PCPの方向も乱れていました。このことは細胞種の配置が、コアPCP因子の量が不均一な組織でPCPを維持する重要な要因であることを示唆しています。
 
fig4.jpg 図4:卵管漏斗部では卵巣―子宮軸に沿って分泌細胞が並ぶ。顕微鏡で撮影した画像(左)から細胞の輪郭を抽出し、細胞種ごとに塗り分けた図(右)。白が多繊毛細胞で、黒は分泌細胞。
 
【今後の展望】
今後は生体での実験的検証や、細胞種の配置を制御する機構の解析を進めることで、多細胞種から構成される組織でPCPを維持する機構を理解できると考えられます。また本研究は、数理モデル、ディープラーニング、統計モデリング、実組織の観察を組み合わせることで、複雑な細胞種の配置パターンの中からPCP維持に効く特徴を抽出できることを示しました。このようなアプローチは複数の細胞種が混在するさまざまな組織の秩序形成の研究に広く波及することが期待されます。
 
【発表雑誌】
雑誌名 iScience
掲載日 2026年3月20日
論文タイトル: Directional alignment of different cell types organizes planar cell polarity
著者:Masaki Arata (新田 昌輝), Hiroshi Koyama (小山 宏史) Toshihiko Fujimori (藤森 俊彦)
DOI: https://doi.org/10.1016/j.isci.2026.114771
 
【研究グループ】
本研究は、自然科学研究機構 基礎生物学研究所 初期発生研究部門(新田 昌輝、小山 宏史、藤森 俊彦)による研究成果です。
 
【研究サポート】
本研究は、以下をはじめとする研究費の支援を受けて行われました。
科学研究費助成事業(21H02494, 24K02039, 22H05168, 22K15130)、武田科学振興財団ライフサイエンス研究助成
 
【本研究に関するお問い合わせ先】
基礎生物学研究所 初期発生研究部門
教授 藤森 俊彦
TEL: 0564-59-5860
E-mail: fujimori@nibb.ac.jp
 
基礎生物学研究所 初期発生研究部門
特任助教 新田 昌輝
TEL: 0564-59-5862
E-mail: arata@nibb.ac.jp
 
【報道担当】
基礎生物学研究所 広報室
TEL: 0564-55-7628
FAX: 0564-55-7597
E-mail: press@nibb.ac.jp