自然科学研究機構 基礎生物学研究所
基礎生物学研究所 幹細胞生物学研究室の倉島公憲特任助教と坪内知美准教授およびスウェーデン・ウメオ大学のAndrei Chabes教授、Erik Johansson教授 の研究グループは、ヌクレオシドの補給が細胞のDNA複製進行を助けるメカニズムについて、従来考えられていたようなdNTP量の増加によるものはなく、本来DNAに取り込まれるべきではないdUTPによるDNA複製阻害効果を抑制することによるものであることを報告しました。本成果は2025年10月14日にNucleic Acids Research誌にオンライン掲載されました。
【研究の背景】
遺伝情報を担うDNAはdATP, dGTP, dCTP, dTTPという4種類のdNTP(デオキシヌクレオシド三リン酸:A,T,C,Gの4種類の各塩基に糖であるデオキシリボースがついたヌクレオシドに3つのリン酸基が結合した分子)からできています。そのためdNTPが不足することはDNAの材料不足を意味しDNAが倍加するDNA複製期において複製停止を引き起こします。これを防ぐ手段の一つとしてdNTPの前駆体であるヌクレオシドの添加により、複製停止が緩和されることが報告されています。これは長らく「ヌクレオシドが細胞内のdNTP量を増加するため」と考えられてきましたが、その詳細なメカニズムは明らかではありませんでした。
【研究の成果】
研究グループはまずヌクレオシド補給により細胞内のdNTP量が実際に変化するのかどうかを明らかにするため、ヌクレオシド添加前後で各dNTPの量を測定しました。その結果、dNTP全体が均等に増加するわけではなく、一部のdNTPに限り増加していることがわかりました。これまでの研究では4-5種類のヌクレオシド(A,T,C,GおよびU)を細胞に補給する方法が一般的でしたが、今回の実験ではチミジン(T)のみを補給した場合、すべてのヌクレオシドを加えた場合と同様に変化が起きていました。同時にDNA複製速度を解析した結果、チミジンが補給された場合のみ複製速度が有意に上昇することが明らかとなりました。
研究グループはなぜチミジンのみがDNA複製を助けるのかさらに解析を続けた結果、本来DNAに含まれないdUTPがDNA複製を阻害する可能性を見出しました。実際に細胞内dUTPを増加させる薬剤を細胞に処理するとDNA複製が阻害され、それはチミジンの補給により改善されました。さらに試験管内でのDNA複製再構成実験を行った結果dUTPがDNAポリメラーゼの進行を直接的に阻害することが確認されました。

図1. ヌクレオシド補給時の細胞内dNTP量の変化
各細胞に次の条件でヌクレオシド補給を行った。①無処理 ②AUCGT ③AUCG ④T
いずれの細胞株においてもヌクレオシド全てを加えた②の条件ではdTTP量が顕著に上昇しておりdGTP量も細胞によっては上昇していた。T以外のヌクレオシドを加えた③の条件では何も補給していない①とほぼ変化はみられず、Tのみを補給した④は②と同様のdNTP量を示した。

図2. DNA複製フォークの進行速度
(左)HCT116細胞に図1と同様の条件でヌクレオシド補給を行った。①無処理 ②AUCGT ③AUCG ④T
図1においてdTTP量が増加していた②と④の条件において複製フォークの進行速度の上昇がみられた。
(右) HCT116細胞にTAS114(dUTP分解酵素の阻害剤)およびチミジンを処理(+)、未処理(-)時の複製フォーク進行速度を測定した。TAS114処理により細胞内dUTP濃度が上昇すると複製が阻害され進行速度が低下するが、チミジンを補給しておくとその低下が回復した。
【今後の展望】
本研究はヌクレオシド代謝の理解を大きく前進させ、特にこの分野で長い間信じられてきた「ヌクレオシドがdNTP量の増加を通じてDNA複製を促進する」という従来の考え方に対し、実際は「dTTP量が増えることでdUTPのDNA複製阻害効果を緩和する」という新たなメカニズムを示しました。がん治療や幹細胞培養などゲノム安定性と細胞増殖が重要となる分野において今後の研究や応用において貴重な知見を提供するものであり、当該分野の更なる研究発展に寄与することが期待されます。
【発表雑誌】
雑誌名 Nucleic Acids Research
掲載日 2025年10月14日
論文タイトル: Decoding Nucleoside Supplementation: How Thymidine Outperforms Ribonucleosides in Accelerating Mammalian Replication Forks
著者: Praveen Pandey, Kiminori Kurashima, Göran Bylund, Erik Johansson, Tomomi Tsubouchi and Andrei Chabes
DOI:
https://doi.org/10.1093/nar/gkaf1035
【研究グループ】
本研究は、基礎生物学研究所の倉島公憲 特任助教、坪内知美 准教授の研究グループとスウェーデン・ウメオ大学のAndrei Chabes教授・Erik Johansson教授らの研究グループとの共同研究による成果です。
【研究サポート】
本研究は、JST創発的研究支援事業(JPMJFR2008)、武田科学振興財団(ライフサイエンス研究助成)、スウェーデン研究評議会、スウェーデンがん協会の支援のもと行われました。
【本研究に関するお問い合わせ先】
基礎生物学研究所 幹細胞生物学研究室
(現所属:静岡大学 農学部 応用生命科学科)
准教授 坪内 知美
TEL: 0564-55-7693
E-mail: ttsubo@nibb.ac.jp
【報道担当】
基礎生物学研究所 広報室
TEL: 0564-55-7628
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E-mail: press@nibb.ac.jp