English

大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

基礎生物学研究所

ニュース

プレスリリース詳細

2025.09.22

遺伝子のスイッチOFFに関わるヒストンのメチル化酵素の活性を制御する新たな仕組みを発見

自然科学研究機構 基礎生物学研究所
総合研究大学院大学
東京大学 定量生命科学研究所
  
ヒトを含む真核生物では、ヘテロクロマチンと呼ばれる高次クロマチン構造が染色体の安定化や遺伝子発現の抑制に寄与します。ヘテロクロマチン形成には、ヒストンH3の9番目のアミノ酸であるリジン(H3K9)のメチル化修飾が重要で、この修飾はH3K9メチル化酵素であるClr4/Suv39によって触媒されます。ヘテロクロマチン形成やそれに伴う遺伝子の発現抑制は生命にとって重要ですが、この酵素によって生存に必要な遺伝子の発現まで抑制されてしまう恐れがあるため、Clr4/Suv39のH3K9メチル化活性は厳密に制御されている必要があります。しかしながら、その活性制御の詳細は分かっていませんでした。

基礎生物学研究所 クロマチン制御研究部門/総合研究大学院大学の中村凜子大学院生、中山潤一教授を中心とした研究グループは東京大学 定量生命科学研究所の胡桃坂仁志教授らと共同で、分裂酵母を用いて、ヒストンメチル化酵素Clr4の酵素活性が、Clr4内の天然変性領域(IDR)によって制御されることを明らかにしました(図1)。本研究は、2025年9月23日に国際学術誌「Nucleic Acids Research」に掲載されます。
 
fig1.jpg 図1:ヒストンのメチル化酵素であるClr4内の天然変性領域(IDR)のアミノ酸は触媒ドメインの酵素活性を自己抑制する。IDRがRNAに結合するとその抑制は解除され、脱抑制が起こる。IDRはヌクレオソームに結合し、Clr4によるヌクレオソーム上のH3K9のメチル化を促進する。
  
【研究の背景】
ヒトを含む真核生物では、DNAはヒストンと呼ばれるタンパク質に巻き付いたクロマチンとして存在します。クロマチンが高度に凝縮した構造はヘテロクロマチンと呼ばれ、染色体の安定化やトランスポゾンの発現抑制に寄与します。ヘテロクロマチンはヒストンH3の9番目のアミノ酸であるリジン(H3K9)のメチル化修飾によって特徴づけられ、この修飾はH3K9メチル化酵素であるClr4/Suv39によって触媒されます。ヘテロクロマチン形成やそれに伴う遺伝子の発現抑制は生命にとって重要ですが、この酵素によって生存に必要な遺伝子の発現まで抑制されてしまう恐れがあるため、Clr4/Suv39のH3K9メチル化活性は厳密に制御されている必要があります。しかしながら、その活性制御の詳細は分かっていませんでした。
 
【研究の成果】
分裂酵母のH3K9メチル化酵素であるClr4には、H3K9メチル化を認識するクロモドメインと酵素活性を持つ触媒ドメインの間に、特定の構造をとらない天然変性領域(以下、IDR)が存在します。IDRのアミノ酸に変異を持つ3種類の変異型Clr4(Mut1–3)を作製したところ、変異型Clr4ではインビトロでのヒストンメチル化活性が上昇することが分かりました(図2)。このことから、IDRのアミノ酸がClr4の酵素活性を自己抑制することが示唆されました。

fig2.jpg 図2:変異型Clr4の酵素活性は上昇する
IDRのアミノ酸に変異を導入したClr4(Mut1–3)は野生型(WT)より強いヒストンメチル化活性を示したことから、野生型Clr4ではIDRによって酵素活性が自己抑制されていることが示唆される。
 
ヒストンメチル化活性はヘテロクロマチン形成に必要であることから、活性が上昇した変異型Clr4は細胞内でヘテロクロマチン形成を促進すると予想されます。しかしながら、予想に反して、変異型Clr4を発現する酵母細胞ではヘテロクロマチン形成が阻害されることが分かりました(図3)。この結果から、Clr4のIDRには活性の自己抑制の他にヘテロクロマチン形成に必要な機能があると考えられました。

fig3.jpg 図3:clr4変異株ではヘテロクロマチン形成が阻害される
マーカー遺伝子(mat3M::ade6+)の発現がヘテロクロマチン形成により抑制されると、野生型Clr4を発現する株(WT)のように低アデニン培地上で赤いコロニーが形成される。一方で変異型Clr4を発現させた株(mut1­–3)は白いコロニーを形成したことから、clr4欠損株(clr4Δ)と同様にヘテロクロマチン形成が阻害されることが分かりました。
  
生化学的・細胞生物学的な解析により、IDRがRNA結合に関与することが分かりました(図4)。Clr4と分裂酵母のRNAを用いた実験から、全長のClr4がRNAに結合できること、IDRがRNA結合に必要であることを明らかにしました。また、RNA存在下でClr4の自己抑制が解除されることが分かりました。

fig4.jpg 図4:RNA結合によりClr4の活性が上昇する
(A)野生型Clr4(左)に比べ変異型Clr4(右)はRNA結合能が低下している。
(B)RNAを添加すると、野生型Clr4のヒストンメチル化活性が上昇する。
 
また、IDRはヌクレオソーム結合にも関与することが分かりました(図5)。試験管内でヌクレオソームに対する結合能を調べたところ、野生型に比べ変異型Clr4では結合能が低下していました。さらに、ヌクレオソームを基質としてインビトロでメチル化活性を測定したところ、変異型Clr4ではメチル化活性が低下していました。このことから、IDRはヌクレオソームに結合することでヌクレオソーム上のH3K9のメチル化修飾を促進することが明らかになりました。この機能が細胞内でのヘテロクロマチン形成に必要であることが示唆されます。

fig5.jpg 図5:変異型Clr4はヌクレオソームメチル化活性が低下する
(A)野生型Clr4(左)に比べ変異型Clr4(右)はヌクレオソーム結合能が低下する。
(B)野生型Clr4に比べ変異型Clr4はヌクレオソームに対するメチル化活性が低下する。ヒストンテールに対するメチル化活性は上昇していることから(図2参照)、酵素活性そのものの低下が原因ではなく、IDRによるヌクレオソームへの結合がメチル化に必要であることが示唆される。
 
本研究は、Clr4のIDRがドメイン間を繋ぐだけのリンカーではなく、Clr4の活性を負にも正にも制御する、ブレーキとアクセルの両方として機能することを明らかにしました。今回着目したClr4以外にも、クロマチンに関連する因子の多くがIDRを持っています。これらの因子のIDRにも同様の機能が存在する可能性があります。
 
【今後の展望】
H3K9メチル化酵素は分裂酵母からヒトまで真核生物に広く保存されています。また、がん細胞では、ヒストンメチル化のパターンが変化し、遺伝子のON/OFFに異常があることが分かっています。H3K9メチル化酵素であるClr4の活性制御に着目した本研究は、将来的にがん等の疾患の治療に発展する可能性があると考えられます。
 
【発表雑誌】
雑誌名 Nucleic Acids Research
掲載日 2025年9月23日(オンライン公開2025年9月9日)
論文タイトル: Intrinsically disordered region of Clr4/Suv39 regulates its enzymatic activity and ensures heterochromatin spreading
著者:Rinko Nakamura, Aki Hayashi, Reiko Nakagawa, Yuriko Yoshimura, Naoki Horikoshi, Hitoshi Kurumizaka, Jun-ichi Nakayama
DOI:https://doi.org/10.1093/nar/gkaf878
 
【研究グループ】
本研究は、基礎生物学研究所クロマチン制御研究部門/総合研究大学院大学 先端学術院 基礎生物学コースの中山潤一教授、中村凜子大学院生を中心として、理化学研究所の中川れい子博士、東京大学 定量生命科学研究所の胡桃坂仁志教授との共同研究として実施されました。
 
【研究サポート】
本研究は、科学研究費補助金(学術変革領域研究「細胞運命コード」(24H02324、24H02319、24H02328)、基盤研究(B)(23K27155))、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2104)、日本科学協会 笹川科学研究助成、AMED創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)(JP25ama121009)のサポートを受けて行われました。
 
【本研究に関するお問い合わせ先】
基礎生物学研究所 クロマチン制御研究部門
総合研究大学院大学 先端学術院 基礎生物学コース
教授 中山 潤一(なかやま じゅんいち)
TEL: 0564-55-7681
E-mail: jnakayam@nibb.ac.jp
 
【報道担当】
基礎生物学研究所 広報室
TEL: 0564-55-7628
FAX: 0564-55-7597
E-mail: press@nibb.ac.jp
 
総合研究大学院大学 総合企画課 広報社会連携係
TEL: 046-858-1629
FAX: 046-858-1648
E-mail: kouhou1@ml.soken.ac.jp
 
東京大学定量生命科学研究所 総務チーム
TEL: 03-5841-7813 
E-mail: soumu@iqb.u-tokyo.ac.jp