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基礎生物学研究所

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2024.03.22

引き伸ばされても細胞同士がバラバラにならないわけ ~からだが力学的ストレスに耐える新たな仕組みを解明~

自然科学研究機構 生理学研究所
東京都立大学
自然科学研究機構 基礎生物学研究所

私たちのからだは内外から常に様々な力を受けていますが、細胞同士が互いに接着し、細胞が変形に耐えることで体を守るバリアを保っています。細胞同士を接着させる装置は、ほ乳類では密着結合、接着結合、デスモソームの3種類が主に知られています。このうち、接着結合とデスモソームは、力を受けた際に細胞がバラバラにならないように保つのに重要であることが知られてきましたが、密着結合については、力学的ストレスに対する抵抗性における役割は知られていませんでした。今回、自然科学研究機構 生理学研究所の古瀬幹夫教授、大谷哲久助教(現東京都立大学理学研究科生命科学専攻 准教授)およびThanh Phuong Nguyen大学院生は、自然科学研究機構 基礎生物学研究所の藤森俊彦教授らとの共同研究によって、密着結合も、細胞に力がかかった際に細胞同士の接着を保つために重要であることを明らかにしました。本研究結果は、Journal of Cell Biology誌(日本時間2024年3月22日23時解禁)に掲載されます。本研究は文部科学省科学研究費補助金、科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業(さきがけ)、武田科学振興財団、稲盛財団、日本二分脊椎・水頭症研究振興財団の補助を受けて行われました。

私たちのからだは数十兆個ともいわれる多くの細胞でできており、特に消化管や皮膚などにある上皮細胞は、細胞同士に隙間ができないよう、互いに接着することで外界から体を守るバリアとして働いています。しかし普段、私たちのからだは常に様々な力にさらされています。例えば、転んでしまったときには外界から体に強い力がかかりますし、深呼吸をして肺がふくらんだときには体内で細胞を引き伸ばす力がかかります。このように、からだが様々な力にさらされた際、どうして細胞同士の接着が壊れてバラバラになってしまわないのでしょうか?これはヒトを含む多細胞動物の成り立ちを理解する上で根本的な問題です。

細胞同士を接着させる構造として、ほ乳類では主に、密着結合、接着結合、デスモソームの3種類がこれまでの研究で知られています。このうち、接着結合とデスモソームは力を受けた際に細胞がバラバラにならないように保つのに重要であることが知られていますが、密着結合が力を受けた際にどのような役割を果たしているのかは知られていませんでした。
 
力に対する抵抗性における密着結合の役割がこれまで解明されてこなかった理由の一つとして、密着結合以外の接着結合やデスモソームといった接着構造の形成に影響を与えずに、密着結合のみを特異的かつ完全に不活性化することが難しかったことが挙げられます。研究グループは、これまでに密着結合の膜タンパク質※1であるクローディンとJAM-Aを欠失した細胞を作成し、これらの膜タンパク質が密着結合の形成に必要不可欠であること、接着結合やデスモソームの形成には影響を与えないことを明らかにしてきました。
 
しかし今回、クローディンとJAM-Aを欠失した細胞を詳しく観察したところ、予想外なことに、ところどころ接着構造が断片化して崩壊している部位が観察されました。これは、クローディンとJAM-Aを欠失した細胞において、密着結合以外の接着結合やデスモソームといった接着構造が一度は形成されるものの、その後、何らかの理由で、それらの接着構造が一部崩壊している可能性を示唆しています。
 
そこで、研究グループはこの異常の原因を探るために、接着構造を蛍光タンパクによって可視化し、生きた細胞の中で接着構造が壊れる様子を、顕微鏡の下で観察しました。その結果、正常な細胞では、細胞が変形した時にも細胞同士の接着構造が途切れることがないのに対し、クローディンとJAM-Aを欠失した細胞では、細胞が偶発的に引き伸ばされた際に細胞同士の接着が壊れてしまうことがわかりました(図1)。そこで、細胞のひずみ(変形率)を測定したところ、クローディンとJAM-Aを欠失した細胞では、細胞のひずみがある一定のしきい値を超えると細胞同士の接着が壊れてしまうことがわかりました。これらの結果から、密着結合の膜タンパク質が、力に対する抵抗性に必要であることが明らかになりました。

fig1.jpg 図1. クローディン・JAM-A欠失細胞の細胞間接着構造は力学的ストレスに脆弱である
正常細胞および密着結合の膜タンパク質であるクローディンとJAM-Aを欠失した細胞の細胞間接着構造をZO1-GFPを用いて可視化して動画を撮影した。*で示した細胞が偶発的に伸展された時に、正常細胞においては細胞間接着構造は常に途切れることなく連続性を保っているが、クローディン・JAM-A欠失細胞においては細胞間接着構造が崩壊し、断片化した(00:24~02:48, h:min)。

 
さらに、研究グループは密着結合に存在するZO-1というタンパク質に注目。ZO-1は力を受けるとその構造を変化させるメカノセンサー※2(力を感知するタンパク質)であることが知られています。超解像顕微鏡※3を用いた解析から、クローディンとJAM-Aを欠失した細胞では力を受けた際のZO-1の分子構造の変化が不十分で、細胞同士の接着も著しく脆弱になることが分かりました。
 
古瀬教授は「今回の研究で、密着結合が力学的ストレスに耐えるのに重要であることが分かりました。今後、様々な接着構造がどのように連携して私達のからだをつなぎ合わせているか、また一旦壊れてしまった細胞同士の接着がどのようにして修復されるのかを理解することにつながると期待されます。」と話しています。
 
<助成金などの必要情報>本研究は文部科学省科学研究費補助金、科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業(さきがけ)、武田科学振興財団、稲盛財団、日本二分脊椎・水頭症研究振興財団の補助を受けて行われました。
 
<用語解説>
  • 注1) 膜タンパク質:細胞膜などの生体膜などに存在するタンパク質。生体膜をまたぐような情報や物質のやり取りや、細胞同士の相互作用など様々なはたらきを持つ。
  • 注2) メカノセンサー:機械的な刺激を感知する分子。機械的な力がかかることによって分子の構造や性質を変化させることにより、機械的な刺激に対して細胞が応答するために重要なはたらきを持つ。
  • 注3) 超解像顕微鏡:従来の光学顕微鏡は200nm(1mmの5000分の1の長さ)以下に近づいた二点を区別して観察することが出来ないという解像度の限界があったが、近年の技術革新により通常の光学顕微鏡の解像度の限界を克服してより高い解像度で観察することのできる顕微鏡の総称。

【今回の発見】
  • 密着結合の膜タンパク質であるクローディンとJAM-Aが力学的ストレスに耐えるために重要であることを発見しました。
  • 密着結合に存在し、力を感知して構造を変化させるタンパク質(ZO-1)の分子構造の変化が、力学的ストレスに対する抵抗性に重要であることを明らかにしました。
  
【この研究の社会的意義】
今回の研究により、からだが力学的ストレスに耐えるために密着結合が重要であることが初めて解明されました。今後、密着結合が他の接着構造とどのように連携してからだを力学的ストレスから保護するのかが解明されることが期待されるとともに、一旦壊れてしまった接着構造がどのようにして修復されるかの仕組みの解明の足掛かりになると期待されます。
 
【論文情報】
論文タイトル:Tight junction membrane proteins regulate the mechanical resistance of the apical junctional complex.  
著者:Thanh Phuong Nguyen, Tetsuhisa Otani, Motosuke Tsutsumi, Noriyuki Kinoshita, Sachiko Fujiwara, Tomomi Nemoto, Toshihiko Fujimori, and Mikio Furuse.
掲載誌:Journal of Cell Biology. 
DOI:10.1083/jcb.202307104
 
【お問い合わせ先】
<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 細胞構造研究部門
教授 古瀬幹夫 (フルセミキオ)
 
<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
 
東京都公立大学法人
東京都立大学管理部 企画広報課 広報係
 
基礎生物学研究所 広報室
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