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大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

基礎生物学研究所

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2023.01.31

クマムシゲノム由来のDNA配列を用いて、光るクマムシの作出に成功 ー水のない生命の仕組みの解明を目指してー

自然科学研究機構 生命創成探究センター
慶應義塾大学 先端生命科学研究所
自然科学研究機構 基礎生物学研究所

 
大学共同利用機関法人自然科学研究機構 生命創成探究センター (以下、ExCELLS)の田中 冴 特任助教(慶應義塾大学 先端生命科学研究所 所員)と慶應義塾大学 先端生命科学研究所 荒川和晴 教授のグループは、ExCELLS/基礎生物学研究所の青木一洋 教授と共同で、極限環境耐性生物であるクマムシに緑色蛍光タンパク質(GFP) *1などの外来遺伝子を発現させることに世界で初めて成功しました。

研究グループは、クマムシのゲノム由来の配列を用いた遺伝子発現ベクター*2「TardiVec」を新たに開発し、それらが遺伝子ごとに組織特異的な発現を示すこと、および、複数のクマムシ種において機能することを発見しました。クマムシの細胞内におけるタンパク質の挙動が観察できるようになることで、クマムシのもつ乾眠*3という能力を可能にしているメカニズムの解明につながることが期待されます。

本研究成果は、国際科学雑誌 「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (米国科学アカデミー紀要)」 (2023年1月31日付、オンライン版 2023年1月24日付公開) に掲載されました。
 
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写真:クマムシの遺伝子発現システムTardiVecにより、表皮に緑色蛍光タンパク質GFPを、筋肉に赤色蛍光タンパクRFPを発現するクマムシ(田中 冴 撮影)
 
本研究のポイント
1. GFPなどを一過的に発現するクマムシを世界で初めて作出した。
2. クマムシゲノム由来の配列を含む遺伝子発現ベクターを開発し、それらをクマムシ個体に導入することで、クマムシ特異的な遺伝子の発現箇所やGFP融合タンパク質の挙動を明らかにした。
3. クマムシのもつ乾眠能力の分子メカニズムを明らかにすることで、生体や食品の完全な乾燥保存方法の開発に繋がることが期待される。
 
研究背景
水は生命にとって必須です。その一方で、クマムシは周辺環境が乾燥すると「乾眠」と呼ばれる無水状態になります。この状態のクマムシはさまざまな極限的なストレスにも耐えることができ、宇宙空間への曝露後も生存することが可能です。18世紀にこの現象が発見されて以降、どのようにして無水状態になり、また、復帰できるのかに興味がもたれてきました。このような乾眠を可能にする分子メカニズムを明らかにするため、これまでにクマムシのゲノム解読やクマムシ固有タンパク質の解析がおこなわれてきました。しかしながら、クマムシ個体や細胞に対してGFPなどの外来遺伝子を導入する方法がこれまで存在しなかったため、これまでの解析は非常に限定的なものに留まっていました。
 
研究内容
本研究では、クマムシに外来遺伝子を導入するために、クマムシのゲノムから各種の遺伝子の発現に必要な領域を抽出して、クマムシ特異的な遺伝子発現ベクターを新たに開発し、「TardiVec (Tardigrade vector クマムシのベクター) 」と名付けました(図1)。マイクロインジェクション*4などを用いてこれらをクマムシに直接導入したところ、クマムシ細胞内で発現ベクターが機能し、GFPなどの外来遺伝子が発現することが分かりました。TardiVecは由来となる各遺伝子の発現組織も維持しており、この特性を利用して、クマムシ固有遺伝子が、クマムシの全身で等しく発現しているのではなく、組織特異的な発現パターンをもっていることを初めて示しました (図2)。

fig1.jpg 図1. クマムシベクターTardiVecによりGFPを発現するクマムシ.
クマムシゲノム由来の配列を含むDNAベクター「TardiVec」を、マイクロインジェクションによりクマムシに直接導入しました(左)。導入後48時間経過したクマムシでは、TardiVecに組み込んだ外来遺伝子であるGFP由来の蛍光が観察されました(右)。線状に見えるものは、GFP蛍光を発するクマムシの筋肉組織です。

fig2.jpg 図2. クマムシ特異的遺伝子SAHS・CAHSの発現領域と局在.
クマムシ特異的な遺伝子であるSAHS・CAHSは、乾眠に関わると考えられている遺伝子です。クマムシの体の中でこれらがどのように発現しているのか、これまで不明でしたが、TardiVecによりSAHS遺伝子はクマムシ体腔に浮遊する貯蔵細胞に主に発現し、その後SAHSタンパク質は細胞外へ分泌されて全身に広がること、CAHS遺伝子は体表の細胞に主に発現し、CAHSタンパク質は発現した細胞の細胞質に局在することがわかりました。
左図は実際の蛍光写真。左上にSAHS、左下にCAHSの発現細胞とGFP融合型のタンパク質の局在を示しました。右図は結果に基づくモデル図。ピンクでSAHS発現細胞とSAHSタンパク質が全身に広がっている様子を、緑でCAHS発現細胞が体表に存在していることを示しました。
 
クマムシへのマイクロインジェクションと光るクマムシの動画
https://youtu.be/WylLl98I7Es
 
研究の成果と意義
乾眠状態のクマムシは給水により15分ほどで活動を開始します。このような驚くべき能力をもつクマムシは、食品などの生体保存のよい手本であると考えられます。本研究で開発したTardiVecは、クマムシ細胞内にGFPなどの外来遺伝子を発現させることにより、タンパク質の挙動をリアルタイムで観察することを可能にしました。また、細胞内環境をモニタリングできるタンパク質を発現することも可能であり、これまで世界の誰も見たことのない、クマムシの脱水・給水におけるダイナミックな変化を追いかけることも可能になりました。
 
今後の展望
今後はこのTardiVecを用いて、クマムシの細胞内や身体全体で実際にどのような変化が乾眠の過程で起きているのかを観察することで、脱水に伴って生命活動を一時停止させるメカニズムを明らかにしていきたいと考えています。このようなメカニズムの解明が食品・生体などの完全な乾燥保存方法の確立に貢献し、また、生命体と水がどのような関係にあるのかをわれわれに教えてくれるだろうと期待しています。
 
論文情報
雑誌名: Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
論文名: In vivo expression vector derived from anhydrobiotic tardigrade genome enables live imaging in Eutardigrada
著者: Sae Tanaka*, Kazuhiro Aoki, Kazuharu Arakawa* (*責任著者)
DOI: 10.1073/pnas.2216739120
掲載URL: https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2216739120
 
特記事項
本研究は、学術変革領域研究(A) 「非ドメイン型バイオポリマーの生物学」21H05279; 荒川和晴・田中 冴、挑戦的研究(萌芽) 22K19302・若手研究20K15781; 田中 冴、ExCELLS課題研究 19-208・19-501; 荒川和晴、ExCELLS先端共創プラットフォーム(物質-生命の境界探査)22EXC601; 荒川和晴 、山形県、鶴岡市等の支援を受けて実施されました。
 
(用語説明)
*1 緑色蛍光タンパク質(GFP)
青色光を照射することにより、緑色の蛍光を発するタンパク質。今回の実験では、遺伝子発現ベクターがクマムシ細胞内で機能するか否かを判断する目的で使用している。また、クマムシ固有のタンパク質は通常では検出できないため、末端にGFPを融合した状態でクマムシ細胞内に発現させることで、それらの細胞内局在などを蛍光顕微鏡下で観察することが可能になる。
 
*2 遺伝子発現ベクター
導入した細胞の核内で外来遺伝子を発現し、それに由来するタンパク質を新たに合成させるために使用される環状のDNAのこと。
 
*3 乾眠
クマムシをはじめとするいくつかの生物がもつ特性で、周辺環境の乾燥に伴って、含水量約3%まで脱水し、代謝機能を一時停止させることができる。このような状態であれば、真空や高線量放射線にも耐えることができるため、宇宙空間への曝露実験もおこなわれた。
 
*4 マイクロインジェクション
ガラス針を使用し、DNA溶液などを個体や細胞に注入する方法。顕微注入とも呼ばれる。
 
<お問い合わせ先>
(本資料の内容に関するお問い合わせ)
自然科学研究機構 生命創成探究センター 特任助教
慶應義塾大学 先端生命科学研究所 所員
田中 冴
 
慶應義塾大学 先端生命科学研究所 教授
自然科学研究機構 生命創成探究センター 客員教授
荒川 和晴
 
(広報に関するお問い合わせ)
自然科学研究機構 生命創成探究センター 研究戦略室
TEL:0564-59-5885  FAX:0564-59-5202
E-mail: press@excells.orion.ac.jp 
 
慶應義塾大学 先端生命科学研究所 渉外担当
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E-mail : pr2@iab.keio.ac.jp
 
自然科学研究機構 基礎生物学研究所 広報室
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