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基礎生物学研究所

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2022.08.08

植物細胞の大変身 ~ゼニゴケ精子形成の過程でおこる劇的な細胞構造の転換過程が明らかに~

自然科学研究機構 基礎生物学研究所
 
精子は運動能力をもつ雄の配偶子を指し、動物の有性生殖で広く観察される他、コケ植物などの一部の植物でも作られます。精子の形は生物種によって大きく異なり、コケ植物の精子も、他の生物の精子にはない特徴をいくつも持っています。植物の精子が作られる過程では大掛かりな細胞の形の変化が起こりますが、細胞内の様々な構造体がどのように変化することで精子が造られるのかはあまりわかっていませんでした。

基礎生物学研究所 細胞動態研究部門の南野尚紀特任助教、法月拓也研究員(現・群馬大学生体調節研究所 日本学術振興会特別研究員PD)、海老根一生助教、上田貴志教授らは、基礎生物学研究所 オルガネラ制御研究室の真野昌二准教授と協力して、コケ植物ゼニゴケの精子変態の過程を詳しく観察し、細胞内に存在する様々なオルガネラ(細胞小器官)に起こるダイナミックな変化を捉えることに成功しました。さらに、ESCRT(エスコート)と呼ばれるタンパク質の分解に関わるタンパク質複合体が精子変態において重要なはたらきを担うことも発見しました。本研究はコケ植物の精子変態の過程で起こる細胞内構造の大規模な再編成の様子を明らかにしたとともに、今後の植物精子研究の基盤としても極めて重要な知見を提供するものです。本研究成果は、2022年8月4日に発生生物学専門誌Developmentに掲載されました。
 
【研究の背景】
大きさが異なる雌の配偶子と雄の配偶子が接合することで受精が完了する仕組みは、動物でも植物でも広く観察されます。中でも植物の受精というと、花についた花粉から花粉管を伸ばし、その中を通って精細胞が卵へと運ばれる様子をイメージされる方もおられることでしょう。しかしながら、コケ植物やシダ植物では動物と同じように運動する精子をつくり、精子自身が泳いで卵へとたどり着くことで受精が起こります。コケ植物の精子は多くの部分が核で占められた細長いからだをもち、その頭部から生えた2本の鞭毛を器用に動かしながら水中を泳ぐことができます(図1)。通常の細胞では、細胞内にオルガネラ(細胞小器官)とよばれる膜に囲まれた袋状の構造が多数存在しており、それぞれのオルガネラが異なったはたらきをすることで細胞の生存を支えています。コケ植物の研究は長い歴史を持ち、精子がつくられる過程についても大掛かりな細胞のかたちの変化が起こることが知られていました。しかし、精子をつくる過程でそれぞれのオルガネラにいつどのような変化が起こるのかはよく分かっていませんでした。

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図1:コケ植物の精子の模式図。
 
【研究の成果】
本研究ではまず、精子になろうとしている細胞の核の形と鞭毛の伸び具合を指標として、細胞が精子へと変化していく精子変態の過程を6つの段階に分けました(図2)。次に、それぞれの発生段階における液胞やゴルジ体、小胞体など様々なオルガネラの様子を観察しました。不要なタンパク質などの分解に関わる液胞は、発生段階の初期には複雑な形態を示しますが、発生が進むにつれて、1つの球状の構造に変化することがわかりました。興味深いことに、この球状の構造は発生段階の後期まで精細胞の中で観られますが、精子が完全に成熟する直前に消失することがわかりました。タンパク質の輸送に関わるゴルジ体は、発生段階の初期に複数のゴルジ体が集まり1つの巨大な構造となりますが、後期に至るまでに消失してしまいました。タンパク質合成の場であり核膜とつながった小胞体については、発生が進むにつれてまず核膜が、次に細胞質中の小胞体が消失することが明らかになりました。さらに、細胞を取り囲み外部との境界になっている細胞膜のタンパク質について観察したところ、発生の早い段階で細胞膜から取り除かれてしまうことがわかりました。取り除かれた細胞膜タンパク質が球状に変形した液胞へと運ばれ分解される様子も観察されました。以上のように、精子変態の過程では様々なオルガネラの形の劇的な変化と、細胞膜やオルガネラの分解が盛んに起こっていることが明らかになるとともに、それがどのような順序で起こるのかも分かりました(図3)。
 
fig2.jpg 図2:ゼニゴケ精子形成過程の各発生段階の特徴。写真はHoechst33342で染色した核と微分干渉像を重ねたもの。スケールバー:5 μm。


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図3:ゼニゴケ精子形成過程で起こるオルガネラの変化の模式図。
 
次に、オルガネラの分解がどのような仕組みで起こるのかを調べるために、ESCRT(エスコート)と呼ばれるタンパク質複合体に着目しました。ESCRTは他の生物を用いたこれまでの研究から、細胞膜などの膜タンパク質の分解に関わることが知られています。ESCRTの構成因子を過剰に発現させると複合体の機能が阻害されることを利用して、精子変態中の細胞にESCRTの構成因子を過剰に発現させ、その影響を調べました。その結果、ESCRTの機能阻害により精子の形成が著しく阻害され、辛うじて水中に放出された精子にも著しい形態の異常がみられました(図4)。このことは、ESCRTが関与する分解経路が精子変態で重要な役割を果たすことを示しています。
 
fig4.jpg 図4:ESCRTコンポーネントを精子変態特異的に過剰発現したときの影響(proMpDUO1:MpSNF7a-mGFP, proMpDUO1:MpVPS241-152-mGFPが過剰発現、proMpDUO1:mGFPがコントロール)。写真はHoechst33342で染色した核と微分干渉像を重ねたもの。スケールバー:5 μm。
 
【今後の展望】
本研究によって、コケ植物の精子形成過程におけるオルガネラのダイナミックな変化と、ESCRT複合体が関与する分解経路の重要性が明らかになりました。細胞動態研究部門ではつい最近、オートファジーと呼ばれる細胞内の自己分解システムも、精子変態期のオルガネラや細胞質の分解に関与することを明らかにしました(2022年6月15日発表のプレスリリース   https://www.nibb.ac.jp/press/2022/06/15.html)。動物の精子変態の過程でも大掛かりな細胞質成分の除去が起こりますが、そこでは隣接する細胞による貪食作用が重要な役割を担っています。一方、頑丈な細胞壁に囲まれた植物の細胞では、余分な細胞質の除去を隣の細胞に頼ることは出来ません。そのため、植物細胞では細胞内の分解システムを総動員することによって、細胞自律的な細胞質成分の除去が行われているのです。今後、精子変態の過程で起こるオルガネラの変化や分解を制御する仕組みを調べることで、精子変態の仕組みをさらに明らかにできると期待されます。また、本研究で明らかにした精子変態過程における細胞の変化は、コケ植物の精子変態過程の指標として今後の精子発生の研究に大きく寄与すると期待されます。
 
【発表雑誌】
雑誌名 Development
掲載日 2022年8月4日
論文タイトル: Remodeling of organelles and microtubules during spermiogenesis in the liverwort Marchantia polymorpha
著者:Naoki Minamino, Takuya Norizuki, Kazuo Ebine, Shoji Mano, and Takashi Ueda
DOI:https://doi.org/10.1242/dev.200951
 
【研究グループ】
本研究は、基礎生物学研究所 細胞動態研究部門、およびオルガネラ制御研究室が参加した共同研究チームにより実施されました。
 
【研究サポート】
本研究は、科学研究費助成事業(20K15824, 17H05850, 19H04872, 21K06222, 19H05675, 19H05670, and 21H02515)、特別研究員制度(19J13751)などの支援を受けて行われました。
 
【本研究に関するお問い合わせ先】
基礎生物学研究所 細胞動態研究部門
教授 上田 貴志(うえだ たかし)
TEL: 0564-55-7530
E-mail: tueda@nibb.ac.jp
 
【報道担当】
基礎生物学研究所 広報室
TEL: 0564-55-7628
FAX: 0564-55-7597
E-mail: press@nibb.ac.jp