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2021.05.25

"誕生日タグづけ"マウスの脳画像データベース「NeuroGT」を公開 〜神経細胞の誕生日を利用した神経細胞サブセットの分類と操作が可能に〜

情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所
立命館大学
理化学研究所
自然科学研究機構 基礎生物学研究所

■ 概要
 動物の発生過程では、多くの神経領域において個性の異なる神経細胞が異なるタイミングで発生することが知られています。情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所の平田たつみ教授は、マウスにおいて神経細胞の発生タイミング(神経細胞の「誕生日」(1))の違いを利用して細胞特異的に遺伝子組換えを誘導する「誕生日タグづけ法(2)」を開発しました。誕生日タグづけ法によって、神経細胞の分類と分類した細胞の実験操作が可能になりました。
 今回、誕生日タグづけ法を用いる上で必要となる、マウス系統のカタログ的な全脳切片画像のデータベース 「NeuroGT (Brain Atlas of Neurogenic Tagging Mouse Lines)」 を公開しました。本データベースでは、タグづけされた神経細胞の細胞体や軸索が脳切片上で可視化されており、脳全体を前後軸に沿って見渡しながら、特定の脳領域をズームアップして極めて高解像度で観察できます。
 個々の研究者が本データベースにアクセスし、自らの研究目的に適したマウス系統やタグづけステージを選び出し、そのマウス系統をバイオリソースセンターから取り寄せ、自身の研究に利用することで各研究への貢献が期待できます。
 本データベースは、マウス発生工学(理化学研究所 生命機能科学研究センター 生体モデル開発チーム)、神経科学(国立遺伝学研究所 平田研究室)、イメージング(基礎生物学研究所 藤森研究室)、画像情報処理(立命館大学 遠里研究室、理化学研究所 生命機能科学研究センター 発生動態研究チーム)など専門の異なる研究グループが連携して開発しました。

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脳画像データベース「NeuroGT」の概念図

■ 成果掲載誌
本研究成果は、米国科学雑誌「Cell Reports Methods」に2021年5月25日に掲載されました。
 
論文タイトル: NeuroGT: A brain atlas of neurogenic tagging CreER drivers for birthdate-based classification and manipulation of mouse neurons
(NeuroGT: 誕生日に基づく神経細胞の分類や操作を可能にするCreERドライバーマウスの脳画像アトラスデータベース)
 
著者: T Hirata*, Y Tohsato, H Itoga, G Shioi, H Kiyonari, S Oka, T Fujimori, S Onami
(平田たつみ*, 遠里由佳子, 糸賀裕弥, 塩井剛, 清成寛, 岡早苗, 藤森俊彦, 大浪修一)
*Corresponding author(責任著者)
 
DOI: 10.1016/j.crmeth.2021.100012

■ 研究の詳細
研究の背景】
神経細胞の「誕生日」は一般的な神経細胞の分類法で、これまで多くの重要な発見をもたらしてきました。通常、DNAの前駆体を細胞に取り込ませて標識することで神経細胞の誕生日を決定しますが、この方法は固定標本を用いた回顧的な組織化学手法であり、分類された神経細胞サブセットに実験操作を加えることができないことが課題でした。国立遺伝学研究所 平田たつみ教授が開発した「誕生日タグづけ法」では、マウス生体内の神経細胞に誕生日選択的にloxP遺伝子組換え(3)を誘導でき、その後組換えタグを利用することで様々な実験操作を加えることが可能です。

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研究の成果】
 今回、「誕生日タグづけ法」を、より多くの研究者が利用できるようにするために、誕生日タグづけマウス系統の全脳切片画像のカタログ的データベース「NeuroGT」を公開しました。
 まず、国立遺伝学研究所グループ(平田)と理化学研究所グループ(塩井、清成)が誕生日タグづけマウス4系統を開発しました。次に、国立遺伝学研究所グループ(平田)が、これらのマウス系統をレポーター系統と交配し、1日刻みでタモキシフェン(4)を投与して神経細胞に誕生日タグづけした脳標本を採取しました。脳の前後軸に沿って前額断切片を作成し、抗体染色により、タグづけされた神経細胞を切片上で可視化しました。その際にレポーターを使い分けることで、神経細胞の細胞体(核)を染めたものと神経細胞の軸索や樹状突起を染めたもの(細胞膜)の2種類の染色像を得ました。神経細胞は細胞体と軸索の位置が離れていることが多いので、この2種類の情報が得られることは利用者にとって有用です。
 基礎生物学研究所グループ(岡、藤森)が、染色された切片標本をスライドスキャナーを用いて高解像デジタル画像化し、立命館大(遠里)と理化学研究所(糸賀、大浪)のグループが、得られたデジタル画像を用いてデータベース「NeuroGT」を構築しました。本データベースはメタ情報で検索でき、切片画像のサムネイルを脳の前後軸に沿ってインタラクティブに眺めることができ、高解像画像をダウンロードできるように設計されています。
 現在、本データベースは13,538 枚の画像(835 GB)を含む84 データセットで構成されており、生命科学分野の画像統合データベースSSBDの1部として公開されています(https://ssbd.riken.jp/neurogt/)。
 
今後の期待】
 神経科学は、それぞれの脳領域にそれぞれの専門家がいて、高度に専門化が進んだ領域です。本データベースは、そういった専門家が、発生遺伝学的な知識がなくても、自らの目で自身の研究に使えるリソースを見つけ出すことを目指しています。今後、様々なタイプの研究に有効活用され、重要な発見につながると期待しています。
 我が国で開発した学術成果の世界的な有効活用を目指すもので、大学共同利用機関として多くの研究機関に貢献できる成果です。
 
■ 用語解説
(1) 神経細胞の「誕生日」
神経細胞は、もはや分裂できない終末分化した細胞であり、最後の分裂を終えた時期を誕生日と名づけている。多くの神経領域において、誕生日により個性の異なる神経細胞が生まれることが知られている。有名な例が終脳新皮質であり、ここでは早く生まれた細胞が下層の神経細胞になり、遅く生まれた細胞が上層の神経細胞になる。これらの神経細胞は層の位置だけでなく、発現遺伝子や、電気生理学的特徴や、シナプス結合先など特徴が異なることが知られており、誕生日がこのような表現型を一義的に決めると考えられている。
 
(2) 誕生日タグづけ法
分裂を終えた神経細胞が一過的に発現する遺伝子を選び、その遺伝子のエンハンサー領域にタモキシフェン依存的Cre 組換え酵素(CreER)を連結してトランスジェニックマウスを作成した。このマウスの神経系では、ちょうど生まれたばかりの神経細胞でCreERが一過的に発現する。発生の一時期に、タモキシフェンを投与すると、CreERを発現している生まれたばかりの神経細胞のみでCre-loxP組換えが誘導され、それより前や後に生まれた神経細胞で組換えは起きない。これまでに、neurogenin1, neurogenin2, neuroD1, neuroD4の4種類の遺伝子エンハンサーを用いて4系統の誕生日タグづけマウスを作成している。
 
(3) Cre-loxP遺伝子組換え
Cre組換え酵素は、 34塩基対のDNA配列であるloxPを認識して、部位特異的組換え反応を引きおこす。元々はバクテリオファージ由来の酵素反応であるが、その簡便さから、様々な生物の遺伝子組換えに利用されている。例えば、2つのloxP配列で挟んだDNA配列をトランス遺伝子として持たせた細胞では、Cre組換え酵素の作用により、loxP配列同士間で組換えが生じ、挟まれたDNA配列が切除される。
 
(4) タモキシフェン (Tamoxifen)
抗エストロゲン作用で有名な薬剤。エストロゲン受容体への特異的結合が、遺伝子工学でもよく利用される。Cre組換え酵素にエストロゲン受容体の一部を融合させたCreERは、単独では細胞質にあってDNA組換えを誘導できないが、タモキシフェンと結合すると細胞核に移動してloxP配列の組換えを誘導する。この原理により、CreERによるloxP配列の組換えはタモキシフェン依存的に起きる。
 
■ 研究体制と支援
本データベースは、ROIS未来投資型プロジェクト、科研費研究成果公開促進費(データベース、19HP7002)の支援を受けて作成及び公開しました。切片画像の高解像度デジタル化については、先端バイオイメージング支援プラットフォーム(ABiS)の支援を受け (JP16H06280)、平田(20H03345)と大浪(JP18H05412)に対する科研費の支援も受けています。.
 
■ 問い合わせ先
<研究に関すること>
国立遺伝学研究所 脳機能研究室
教授 平田 たつみ (ひらた たつみ)
メール: tathirat@nig.ac.jp
 
<報道担当>
国立遺伝学研究所 リサーチ・アドミニストレーター室 広報チーム
TEL: 055-981-5873 メール: infokoho@nig.ac.jp
 
立命館大学 広報課 メディア担当
TEL: 075-813-8300 メール: r-koho@st.ritsumei.ac.jp
 
理化学研究所 広報室 報道担当
メール: ex-press@riken.jp
 
基礎生物学研究所 広報室
メール: press@nibb.ac.jp
 
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