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基礎生物学研究所

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2021.04.09

マメ科植物の栄養環境適応戦略 〜窒素栄養に応答して遺伝子発現を調節する仕組み〜

国立大学法人筑波大学
大学共同利用機関法人自然科学研究機構 基礎生物学研究所
国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)

マメ科植物は窒素栄養の乏しい土壌でも生育できます。根に根粒と呼ばれる器官を形成して根粒菌と共生し、根粒菌が固定した大気中の窒素を利用できるからです。根粒共生と呼ばれる現象ですが、共生を成立させるために植物は、光合成産物を根粒菌に供給する必要があります。そこで植物は、硝酸など窒素栄養が豊富な土壌では窒素栄養を直接得る戦略に切り替え、根粒共生に伴う不必要なエネルギーの消費を防いでいます。しかし、この仕組みの大部分はいまだに未解明のままでした。

本研究グループはマメ科のモデル植物ミヤコグサを用いた研究で、特定のDNA配列と結合して遺伝子の発現を調節する二つのタンパク質(NLP転写因子)NRSYM1とNRSYM2が、硝酸の濃度に応じて遺伝子の発現を制御する主要な因子であることを明らかにしました。

また、根粒を作る働きを持つNINと呼ばれる転写因子の標的遺伝子の発現の多くは、NRSYM1転写因子とNRSYM2転写因子の働きによって抑制されることを突き止めました。さらに、硝酸が豊富な条件下では、NRSYM1転写因子がNIN転写因子と相互作用をすることで、NIN転写因子の標的遺伝子の発現が抑制される可能性も新たに示唆されました。

これらの発見により、転写因子を介した植物の遺伝子発現制御の基本的な仕組みの理解が深まるとともに、「窒素栄養が豊富な環境で植物はどのようにして根粒共生をやめるのか」という問いに答える重要な基礎的知見を提供することができました。

本研究成果は、根粒共生の進化基盤の解明や、大豆に代表されるマメ科作物の効率的な肥料管理など、持
続可能な農業の実現に貢献することが期待されます。

【研究代表者】 
筑波大学生命環境系
壽崎 拓哉 准教授

【研究の背景】 
窒素は生物が生存する上で必須の栄養素であり、植物は土壌中に存在する窒素栄養(主に硝酸やアンモニア)を利用して生きています。ところがマメ科植物は、土壌中の窒素栄養だけでなく大気中の窒素も利用することができます。根に根粒と呼ばれる器官を形成し、根粒の中に窒素固定注1)細菌の根粒菌をすまわせているからです。この現象は根粒共生注2)と呼ばれ、マメ科植物の光合成生産物が根粒形成や根粒菌のエネルギー源として消費されます。

根粒共生は窒素栄養の乏しい土壌で植物が生育する上では非常に有用です。しかし、土壌中に窒素栄養が豊富に存在する土壌では、植物は根粒共生を行わなくても窒素栄養を得られます。そこでマメ科植物は、窒素栄養が豊富な土壌では、根粒に依存した窒素栄養獲得戦略から土壌中の窒素栄養を直接得る戦略に切り替えることで、根粒共生に伴う不必要なエネルギーの消費を防いでいます(図1)。

本研究グループはこれまでに、マメ科のモデル植物ミヤコグサ注3)を用いて「植物が窒素栄養の豊富な環境下で根粒共生をやめる仕組み」を研究し、その制御に関わるNLPと呼ばれるタイプの転写因子注4)を発見し、NRSYM1(NITRATE UNRESPONSIVE SYMBIOSIS 1)と名付けました。NRSYM1転写因子は土壌中の硝酸栄養の濃度に応じて標的遺伝子の発現を調節し、根粒共生をコントロールすることが示唆されています。しかし、NRSYM1転写因子が具体的に、どのような遺伝子にどのような仕組みで働きかけ、その発現を制御しているのかについては未解明のままでした。

【研究内容と成果】 
本研究ではミヤコグサを用い、NRSYM1転写因子にタンパク質の構造が類似したNRSYM2転写因子を新たに同定しました。そして、土壌中の硝酸の濃度に応じて発現状況が変化する硝酸誘導性の遺伝子において、NRSYM1転写因子とNRSYM2転写因子の関与を調べました。その結果、NRSYM1転写因子とNRSYM2転写因子は、硝酸誘導性を持つほぼ全ての遺伝子の発現を担っていることが明らかになりました。このことは、この二つの転写因子が硝酸誘導性の遺伝子発現の鍵転写因子として働くことを示しています。

次に、根粒菌を接種した根に硝酸を与えることで、遺伝子の発現状況がどう変化するかを網羅的に調べました。これにより、NRSYM1転写因子とタンパク質の構造が似ているNIN転写因子が標的とする遺伝子の発現の多くが抑制されることが判明しました。NIN転写因子は根粒をつくる(正の制御をする)働きを持つことが知られています。この結果は、NINの標的遺伝子の発現の多くがNRSYM1転写因子とNRSYM2転写因子の働きによって抑制されていることを意味します。また、今回の研究では、NRSYM1転写因子とNIN転写因子が共通して結合することができるDNA 配列やNIN転写因子のみが結合することができるDNA配列の特徴を明らかにすることができました。

さらに、NRSYM1転写因子はNIN転写因子とヘテロ二量体を形成し、NIN転写因子が標的とする遺伝子の発現を抑制する働きをする可能性も示唆されました(図2)。硝酸栄養が少ない土壌では、NIN転写因子のホモ二量体が形成され、これによって根粒をつくる遺伝子の発現誘導が起こり、根粒がつくられます。一方で、硝酸栄養が豊富に存在する土壌では、NRSYM1とNIN がヘテロ二量体を形成します。このNRSYM1-NINヘテロ二量体はNIN-NIN ホモ二量体よりも根粒をつくる遺伝子を発現させる力が弱いため、根粒形成が起こらなくなると考えられます。

この発見によって、転写因子を介した植物の遺伝子発現制御の基本的な仕組みの理解が深まるとともに、「窒素栄養が豊富な環境では植物はどのようにして根粒共生をやめるのか」という問いに答える重要な基礎的知見が提供されました。

【今後の展開】 
生命現象は、多様な転写因子の働きを介した遺伝子発現によって支えられています。一般的に、構造が類似した転写因子は共通のDNA配列に結合し、共通の遺伝子の発現を制御することが知られています。NRSYM1転写因子とNIN転写因子は、結合する遺伝子のDNA配列の大部分は共通していながらも、特に根粒共生に関わる遺伝子の結合配列が異なることが本研究により判明しました。他のグループの研究により、さまざまな植物種でNIN転写因子の有無と根粒形成能力の有無の関連が示唆されています。一方で、NRSYM1タイプの転写因子は根粒形成能力の有無に関わらず高等植物に広く保存されています。今後、NIN、NRSYM1、NRSYM2の機能や構造の共通性・特殊性を明らかにすることで、「なぜ植物の進化の中で主にマメ科植物が根粒共生を行うことができるようになったのか」という根粒共生の進化基盤に関する大きな疑問にも回答を導き出せるかもしれません。また、窒素栄養に応答した根粒共生の抑制の仕組みを理解することは、窒素肥料と根粒共生による窒素栄養の獲得を両立させるために重要であり、今後の研究の進展は、大豆に代表されるマメ科作物の効率的な肥料管理など、持続可能な農業の実現に貢献することが期待されます。
 
【参考図】 
 
 fig1.jpg 図1. 硝酸栄養が根粒形成に与える影響
豊富な硝酸栄養が土壌中に存在すると根粒の形成が途中で停止する。矢印は根粒を示す。
スケールバー:1 mm


fig2.jpg 図2. 硝酸栄養に応答した遺伝子発現制御モデル
硝酸栄養が少ない土壌では、NIN-NINホモ二量体によって根粒をつくる遺伝子の発現誘導が起こり、根粒がつくられる。一方で、硝酸栄養が豊富に存在する土壌では、NRSYM1-NINヘテロ二量体がNIN-NINホモ二量体よりも優先して形成される。このNRSYM1-NINヘテロ二量体はNIN-NIN ホモ二量体よりも根粒をつくる遺伝子を発現させる力が弱いため、根粒形成が起こらなくなる。
 
【用語解説】 
注1)  窒素固定
大気中の窒素を植物が利用できるアンモニアの形に変換する反応。根粒共生においては、根粒に細胞内共生する根粒菌が行っている。

注2)  根粒共生
マメ科植物は土壌中に存在する根粒菌との相互作用によって根に根粒と呼ばれる器官を形成する。根粒の中には根粒菌が共生しており、大気中の窒素を固定する。宿主植物は根粒菌から固定された窒素源を受け取る代わりに、エネルギー源として光合成産物を根粒菌に与える。

注3)  ミヤコグサ
マメ科のモデル植物。ゲノムサイズが比較的小さく、形質転換法が確立されているなどの理由から遺伝学実験に適しており、植物微生物相互作用の研究材料として広く利用されている。

注4)  転写因子
DNA配列に特異的に結合し、標的となる遺伝子の発現を調節する機能を持つタンパク質の総称。
 
【研究資金】 
科研費・基盤研究(B)(JP19H03239)、新学術領域研究「環境記憶統合」・公募研究(JP18H04773)、学術変革領域研究(A)「不均一環境と植物」・計画研究(JP20H05908)、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)「野村集団微生物制御プロジェクト」(JPMJER1502)、T-PIRC遺伝子実験センター「形質転換植物デザイン研究拠点」の一部によって実施されました。

【掲載論文】 
題名:Different DNA-binding specificities of NLP and NIN transcription factors underlie nitrate-induced control of root nodulation.
(NLPとNIN転写因子のDNA結合特異性の違いが硝酸による根粒形成抑制の基礎をなす)
著者名:Hanna Nishida1,#, Shohei Nosaki1,#, Takamasa Suzuki2, Momoyo Ito1, Takuya Miyakawa3, Mika Nomoto4, Yasuomi Tada4, Kenji Miura1, Masaru Tanokura3, Masayoshi Kawaguchi5, and Takuya Suzaki1  (#Co-first author)
西田帆那1,#、野崎翔平1,#、鈴木孝征2、壽崎(伊藤)百代1、宮川拓也3、野元美佳4、多田安臣4、三浦謙治1、田之倉優3、川口正代司5、壽崎拓哉1#共同第一著者)
1Faculty of Life and Environmental Sciences, University of Tsukuba(筑波大学生命環境系),College of Bioscience and Biotechnology, Chubu University(中部大学応用生物学部),3Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The University of Tokyo(東京大学大学院農学生命科学研究科),4Center for Gene Research, Nagoya University(名古屋大学遺伝子実験施設),5Division of Symbiotic Systems, National Institute for Basic Biology(基礎生物学研究所共生システム研究部門)
掲載誌:The Plant Cell
掲載日:2021年4月7日
DOI:10.1093/plcell/koab103

【問合わせ先】
<研究に関すること>
壽崎 拓哉(すざき たくや)
筑波大学 生命環境系/つくば機能植物イノベーション研究センター(T-PIRC)准教授
TEL: 029-853-4674
E-mail: suzaki.takuya.fn@u.tsukuba.ac.jp
URL: https://trios.tsukuba.ac.jp/researcher/0000003814
 
<取材・報道に関すること>
筑波大学広報室
TEL: 029-853-2040
E-mail: kohositu@un.tsukuba.ac.jp
 
科学技術振興機構 広報課
TEL: 03-5214-8404
E-mail: jstkoho@jst.go.jp
 
<JSTの事業に関すること>
科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部
内田 信裕(うちだ のぶひろ)
TEL: 03-3152-3528 
E-mail: eratowww@jst.go.jp