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大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

基礎生物学研究所

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2018.07.17

車輪細胞見つけた 〜新しい細胞移動のメカニズム〜

山口大学
自然科学研究機構 基礎生物学研究所

山口大学大学院創成科学研究科の沖村千夏技術補佐員と岩楯好昭准教授のグループは基礎生物学研究所の野中茂紀准教授と谷口篤史研究員のグループと共同で、魚の傷修復に関わる移動性の表皮細胞の内部に車輪構造を発見し、それを回転させることで細胞が移動していることを実験で証明しました。

車輪の回転は、エネルギー効率の最も高い移動様式の一つです。生命現象は一般に機械に比べエネルギー効率が高いといわれているにもかかわらず、これまで車輪は、動物の移動器官としては見いだされてきませんでした。車輪が動物の体内で進化しなかった理由は、地球の表面には凹凸があり車輪による移動に適さなかったからかもしれません。他方、生物の表皮は比較的平坦であり、生体組織の中でアメーバとして這って移動する細胞に目を向けてみると、もしかすると車輪を用いて移動する細胞が存在するかもしれません。研究グループは、魚の表皮で傷修復のために創傷箇所に向かって移動する細胞に注目し、細胞内部の骨格構造とその動きを直接三次元動画として記録することで、細胞移動のメカニズムの解明に取り組みました。

本研究成果は、英国のオンライン国際専門誌Scientific Reportsに7月17日(火)に掲載されました。

fig.jpg【詳細説明】
車輪は人間の最も優れた発明の一つです。私たちは自転車、自動車、列車などを利用して、地表を自由に移動することができます。自転車の移動のエネルギー効率が徒歩のエネルギー効率よりも極めて高いことからも、車輪という装置がいかに優れた移動装置であるかが分かります。

生命現象は一般に機械に比べエネルギー効率が高いといわれています。しかし、移動に関して言えば、大腸菌やサルモネラ菌のような細菌の鞭毛のモーター、ウンカの幼虫の後脚の歯車など、回転運動する器官は生体内に存在するものの、車輪そのものを器官として持ち、その器官を使って移動する生物はいまだ発見されていませんでした。

不規則な表面上を移動するのに車輪は適していません。車輪が生体内の移動のための器官として進化しなかったのは、地球の表面の不規則な形状のためかもしれません。では、生物の平らな表面はどうでしょう?凹凸のある地球の表面に車輪動物はいなくても、平らな生体表面のどこかになら車輪細胞がいるかもしれません。
 
生物の皮膚が創傷を受けると、周囲の表皮細胞が創傷箇所に移動し修復します(図1)。魚ではケラトサイト (keratocytes) とよばれる表皮細胞が、この役割を果たしています。一般に移動細胞は、アクチン重合による前端の伸長とストレスファイバの収縮による後端の退縮という前後端の局所的な変形を繰り返すことで移動します(図2)。そのため多くの細胞は移動中一定の形を維持できません。ところが、ケラトサイト(図3A)は前方の三日月形の広大な葉状仮足と後部の紡錘形の細胞体から構成され、移動中、この形を維持し続けます。また、ケラトサイトのストレスファイバは進行方向とほぼ垂直に存在するため(図3B)、ストレスファイバの収縮は細胞の移動にあまり役立ちそうにありません。それにもかかわらずケラトサイトは哺乳類表皮の一般的な移動細胞の10倍以上のスピードで移動します。

fig1-3.jpg研究グループは、このユニークな細胞の中でストレスファイバが移動のために収縮以外の独特な役割を果たしているかもしれないと考え、まず、ケラトサイトの固定標本の断層像を撮影し、ストレスファイバの立体的な配置がどうなっているのかを検討しました(図4A, B)。すると、ちょうどラグビーボールの縫い目のように、ストレスファイバが細胞体を取り囲んで配置していることがわかりました(図4C)。

fig4.jpgこのラグビーボールはいかにも回転しそうに見えます。そこで今度は、移動中の生きたケラトサイトの中でストレスファイバが確かに回転していることを、光シート顕微鏡(基礎生物学研究所 野中茂紀准教授が高速型を開発)と共焦点レーザー顕微鏡を用い、三次元動画を撮影することで明らかにしました。移動する細胞体の断面を見ると(図5)、ストレスファイバを示す輝点は明らかに回転しています。

fig5.jpgストレスファイバからなる車輪の回転が細胞移動の原動力であるならば、移動中の細胞のストレスファイバを壊せば移動がおかしくなるはずです。移動中の生きたケラトサイトのストレスファイバの一部をレーザーで焼き切って車輪を破損すると、予想通り、ケラトサイトの移動は破綻してしまいました(図6)。これは、ケラトサイトの中でラグビーボール様に配列したストレスファイバが車輪として機能していることを示しています。

fig6.jpgアクチン重合による細胞前端の伸長(図2)はケラトサイトでも起きていることが知られています。ストレスファイバの車輪が、前端のアクチン重合の結果、受動的に回転しているのか、車輪が自律的に回転しているのかを確かめるために、移動中のケラトサイトの前後端を分断してみました。前端を切り離されても細胞体内のストレスファイバの車輪は回転を続けました(図7)。この結果はストレスファイバの車輪が自律的に回転していることを示しています。

fig7.jpg本研究の意義は生物界における車輪構造の発見であると同時に、細胞生物学的には、ストレスファイバの“収縮”ではなく、“回転”という新しい細胞移動の様式の発見です。細胞移動が関わる生命現象は、がん転移、神経組織の形成、白血球の免疫応答など多岐にわたります。中でも、切り傷、擦り傷、やけどなど、“創傷”は、死に至るケースは少ないですが、治癒までの痛みや生活の不便さ、また、傷跡を残したくないという美容上の強い要求から、風邪と同様、常に治療法の開発、改善が望まれています。創傷の有効な治療法は、周辺の表皮細胞が損傷箇所に移動する際の細胞の移動方向を正しく誘導することと移動速度を上げることによって自然治癒力を高めることです。魚の表皮細胞ケラトサイトはヒト表皮細胞のケラチノサイトの10倍以上の速度で真っ直ぐに移動します。車輪の軸がどうなっているのか、回転するメカニズムはどうなっているのかなど、まだわからないことばかりですが、今回発見されたケラトサイトの新しい細胞移動のメカニズムが今後解明されていけば、創傷の全く新しい治療方法や、がん細胞、免疫細胞などの移動制御法の開発にも発展するかもしれません。
 
【謝辞】
 本研究は、MEXT科研費JP26103524,JP15H01323,JP17H06008、JSPS科研費JP26650050,JP16H02896 並びに、基礎生物学研究所共同利用実験 No. 16-508の助成を受けたものです。
 
【用語解説】
アクチン:重合してアクチンフィラメントを形成する球状タンパク質
ストレスファイバ:アクチンフィラメントと運動性タンパク質ミオシンの複合体。アクチンフィラメントよりも太く、筋肉のように収縮する繊維
光シート顕微鏡:シート状の励起光を照射する蛍光顕微鏡。励起光が当っていない箇所から蛍光が発せられないため、ボケの少ない像を得ることができる。
共焦点レーザー顕微鏡:レーザー光を光源とし、対物レンズの焦点位置と共役な検出位置にピンホールを配置した蛍光顕微鏡。焦点の合った位置から発せられる光以外を排除できるため、ボケの少ない像を得ることができる。

【掲載誌情報】
掲載誌: Scientific Reports(2018)
タイトル: Rotation of stress fibers as a single wheel in migrating fish keratocytes
訳: 魚表皮細胞ケラトサイトの中で回転しているストレスファイバの車輪
著者: 沖村千夏(山口大学)、谷口篤史(基礎生物学研究所)、野中茂紀(基礎生物学研究所)、岩楯好昭(山口大学)
DOI: 10.1038/s41598-018-28875-z
LINK: http://www.nature.com/articles/s41598-018-28875-z

【顕微鏡情報】
本研究に用いた光シート顕微鏡(ezDSLM)は、基礎生物学研究所の共同利用研究「統合イメージング共同利用研究」を通してご利用いただくことができます。顕微鏡性能についてはこちらをご覧ください。