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基礎生物学研究所

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2016.06.02

メスの目移りを防ぐオスメダカ 〜恋敵に奪われないための二重の戦略〜

自然科学研究機構 基礎生物学研究所

国立大学法人 岡山大学

 

異性を手に入れるために努力し、同性で競い合う、というのは人間の世界だけでなく広く動物界で観察される現象ですが、その行動の意義や行動発現のメカニズムに関しては、観察を越える実験的評価が難しいことなどから、まだ十分に明らかになっていません。今回、基礎生物学研究所の横井佐織博士、岡山大学大学院自然科学研究科の竹内秀明准教授らの研究グループは、メダカの三角関係(オス、オス、メス)において、オスは配偶者防衛行動(ライバルオスとメスとの間の位置をキープし、両者の接近を防ぐ)により、メスがライバルオスを記憶することを妨害することを発見しました。これまで配偶者防衛行動の生態的意義として、ライバルオスとメスとの直接的な接触を防ぎ、配偶行動を妨害するという点が注目されてきましたが、それに加え、メダカの三角関係では「ライバルオスを記憶できないようにすることで、自らが配偶相手として選ばれる確率を上昇させる」という意義も存在することが実験的に示されました。本研究は雌雄間の記憶を介した絆形成の過程を生態学、行動学、神経科学等の多くの側面から明らかにするモデル系になると期待されます。本研究成果は動物学専門誌「Frontiers in Zoology」に2016年6月2日付けで掲載されました。

 

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図1:メス(右)とライバルオスとの間の位置を競い合うオス2匹

(写真は (株)ドキュメンタリーチャンネル・藤原英史氏撮影のビデオより)

 

【研究の背景】

「配偶者防衛」は「オスがメスに追従し、他のオスとの配偶行動を阻止する行動」と定義され、昆虫から霊長類までさまざまな動物種で観察が報告されています。そして、これらの多くの動物種において主に配偶行動が行われる時期や時間帯においてのみ、オスは配偶者防衛を示すことが報告されています(トンボ、トカゲ、ツバメ等)。これは、長時間の配偶者防衛は、エネルギーを大量に消費し、生存に不利に働くためであると考えられています。しかし、メダカは午前中にしか産卵しないにもかかわらず、三角関係(オス、オス、メス)において、ほぼ一日中、持続的に配偶者防衛 (ライバルオスとメスとの間の位置をキープし、両者の接近を防ぐ) を示すことが本研究グループによって明らかになっています (Yokoi et al., 2015)。また一方で、本研究グループは、メダカのメスは「そばにいたオス」を目で見て記憶し、そのオスの求愛をすぐに受け入れる傾向にあり、「そばにいない見知らぬオス」の求愛を拒絶する傾向にあることも見いだしてきました (Okuyama et al., 2014)。そこで、本研究において研究グループは、メダカの持続的な配偶者防衛の意義の解明を試みました。

 

【本研究の成果】 

今回、基礎生物学研究所 バイオリソース研究室の横井博士、成瀬准教授、岡山大学の竹内准教授らの研究グループは、メダカの配偶者防衛の効果を測定する、新しい行動テストを開発し、詳細な分析を行いました。本テストでは、水槽を透明な仕切り2枚で3区画に分けて、左端の区画から順に、メス、オス(メスから近いオス)、オス(メスから遠いオス)を一匹ずついれて一晩置き、翌朝オスの求愛に対するメスの受け入れの程度を評価しました(図2)。この条件下で、近いオスは遠いオスとメスとの間の位置をキープする、配偶者防衛を示します。本テストの結果、メスは「遠いオス」の求愛を拒絶する傾向を示し、メスは「遠いオス」のことを記憶できていないことがわかりました。一方、配偶者防衛を示すことができない遺伝子変異オスを「近いオス」として用いた場合は、メスは「遠いオス」の求愛をすぐに受け入れることから、メスは「遠いオス」を記憶できていることがわかりました。このことから配偶者防衛は、メスとライバルオスとの間の位置を持続的にキープすることで、メスにライバルオスを見せず、記憶させない効果があることが分かりました。

 

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図2:実験の流れ。実験前夜に透明な仕切り2枚で区切った水槽にメダカをいれ、翌朝、「遠いオス」の求愛に対するメスの受け入れの程度を評価。

 

 次に、持続的な配偶者防衛行動により、メスに記憶されることが、メダカの三角関係において子孫を残す上で重要なのかを検証しました。横井博士らはメダカの三角関係において、配偶者防衛で勝利したオスが子孫を残しやすいことをすでに報告しています (Yokoi et al., 2015)。配偶行動の前日に、勝利したオスが持続的に配偶者防衛をすることができないよう、メスから隔離し、配偶行動の直前までメスから見えないようにしました。一方で、その間、配偶者防衛で負けたライバルオスだけはメスから見えるようにしました。翌朝、これら3匹を1つの水槽に投入すると、何も隔離処理をしなかった条件と比較して、負けたライバルオスの配偶成功率が約20%上昇しました。隔離された勝利オスはライバルオスを押しのけてメスに求愛しても拒絶され続けましたが、ライバルオスがメスに求愛するとすぐに受け入れられるという様子が観察されました。よって、三角関係において、持続的な配偶者防衛によりメスに記憶されることは、実際に子孫を残す上で重要な意味を持つと考えられます。

 

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図3-1: 配偶者防衛に負けたが、メス(上)に記憶されることで求愛に成功したオス(下)

 

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図3-2: 配偶者防衛に負けたが、メス(上)に記憶されることで卵を生ませることに成功したオス(下)

(写真は (株)ドキュメンタリーチャンネル・藤原英史氏撮影のビデオより)

 

【研究の波及効果、今後の課題】

本研究により、メダカのオスは持続的に配偶者防衛行動を示すことにより、メスがライバルオスを見ることを妨害し、自らを配偶相手として選ばせる確率を上昇させていることが示唆されました。これまでの研究では、配偶者防衛は「ライバルオスとメスとの直接的な接触を防ぐ」という生態学的意義があると報告されてきましたが、少なくともメダカの三角関係においてはこれに加えて、メスがライバルオスを配偶相手として選ぶことを阻止する効果があり、ライバルオスとメスとの配偶行動を二重に妨害する、という意義を持つことが初めて示されました。一方、メダカのメスが「そばにいたオス」を配偶相手として選ぶ生態学的意義もこれまで不明でしたが、本研究から「そばにいたオス」とは「配偶者防衛で勝ったオス」である可能性が高く、より強いオスの子孫を残すことができるというメリットがあると考えられます。

本研究は雌雄間の記憶を介した絆形成の過程を生態学、行動学、神経科学等の多くの側面から明らかにするモデル系になると期待されます。本研究では研究室内の「三角関係」に着目して研究を行っていますが、今後は、自然条件の野生のメダカの集団を用いて同様の現象が起きているかを検証することで、進化生態的な意義の解明を目指します。

 

【発表雑誌】

雑誌名:「Frontiers in Zoology」2016年6月2日 掲載予定

論文タイトル:”Mate-guarding behavior enhances male reproductive success via familiarization with mating partners in medaka fish

著者:Saori Yokoi, Satoshi Ansai, Masato Kinoshita, Kiyoshi Naruse, Yasuhiro Kamei, Larry J. Young, Teruhiro Okuyama, Hideaki Takeuchi

 

【研究サポート】

本研究は、科学研究費補助事業(26290003, 26115508)・日本学術振興会特別研究員奨励費(15J06688, 13J01682)・ブレインサイエンス財団・山田科学振興財団、および基礎生物学研究所共同利用研究(15-331, 15-702)のサポートを受けて実施されました。

 

【問い合わせ先】

基礎生物学研究所 バイオリソース研究室

研究員 横井 佐織 (日本学術振興会特別研究員)

TEL: 0564-55-7579

E-mail: yokois@nibb.ac.jp

 

岡山大学大学院自然科学研究科 分子行動学研究室  

准教授 竹内 秀明

TEL: 086-251-7860

E-mail: takeuchi@okayama-u.ac.jp

 

【報道担当】

基礎生物学研究所 広報室

TEL: 0564-55-7628

FAX: 0564-55-7597

E-mail: press@nibb.ac.jp

 

岡山大学 広報・情報戦略室

TEL: 086-251-7293

FAX: 086-251-7294

E-mail: www-adm@adm.okayama-u.ac.jp

 

【写真資料】

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メス(右)とライバルオス(左)の間に割り込むオス(中央) 撮影:横井佐織