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大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

基礎生物学研究所

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2016.04.26

日長時間でオスとメスが決まるミジンコの性決定機構にはパントテン酸(ビタミンB5)が関与する

 淡水性の甲殻類であるミジンコの仲間は、日照時間や栄養状態などの生息環境の変化に応じてオスとメスの子供を産み分けます。この現象は環境依存型性決定と呼ばれています。今回、岡崎統合バイオサイエンスセンター/基礎生物学研究所の豊田賢治研究員(現バーミンガム大学, 日本学術振興会 海外特別研究員)および井口泰泉教授(現横浜市立大学大学院 生命ナノシステム科学研究科)らの研究グループは、バーミンガム大学(英国)のMark Viant教授らとの共同研究により、オスとメスの誘導条件下における母親ミジンコを用いた網羅的な代謝物(メタボローム)解析を実施し、パントテン酸(ビタミンB5)がミジンコのオスの誘導に関与していることを見出しました。井口らの研究グループは、これまでにもミジンコのオス化を誘導するホルモンや、卵の中でオス化に働く遺伝子を明らかにしてきましたが、本研究ではミジンコの母親の体内で蓄積されるビタミン物質が子の性の制御に関与することを初めて示しました。

 本研究の成果は、2016年4月26日にオンライン科学誌Scientific Reportsに掲載されました。

 

【研究の背景】

 ミジンコ類は世界中に生息しており、植物プランクトンを餌として湖沼生態系の食物連鎖の基部を支えている重要な動物プランクトンです。ミジンコ類は性染色体を持っておらず、生息に適した環境ではメスを、一方で環境が悪化するとオスを産む環境条件に依存した性決定システムを有しています。井口らを含む国内外の研究グループは、節足動物が持つ「幼若ホルモン」という生理活性物質をミジンコ類の飼育水に添加することで、環境条件に関係なくオスの子供を誘導できることを見出しました。さらに豊田研究員らは、ミジンコという和名がついたミジンコ(Daphnia pulex)のWTN6系統が日長時間に応じてオスとメスを産み分けることを見出しました。この系統は長日条件(1日24時間のうち14時間明、10時間暗)ではメスを、短日条件(10時間明、14時間暗)ではオスの子供を産みます(図1)。研究グループはこの日長時間に応じたオスとメスの誘導系を駆使し、これまでに、オスの子供を産むためには母親ミジンコの体内で幼若ホルモンが合成される必要があること、そして、次世代シークエンサーを用いた網羅的な遺伝子発現(トランスクリプトーム)解析によってこの幼若ホルモンの生合成に関与する因子の同定に成功してきました。

 

 本研究では、これまで同様に、ミジンコの性決定に関与する因子を同定することを目的とし、性決定期の母親ミジンコにおける網羅的な代謝物(メタボローム)解析をおこないました。メタボローム解析とは生体内にあるDNAやRNA、そしてタンパク質といった高分子以外のアミノ酸、脂肪酸、有機酸といった生体内低分子を包括的に分析する手法です。本方法により、オスとメスの誘導条件下における母親体内において特異的に蓄積している代謝物の探索が可能になりました。

 

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図1:ミジンコDaphnia pulex WTN6系統の日長時間に依存的なメスとオスの誘導システム

 

 

【本研究の成果】

 ミジンコDaphnia pulex WTN6系統を用いて、長日(メス誘導)と短日(オス誘導)条件で飼育した母親個体の全身のメタボローム解析を実施しました。その結果、オス誘導条件の母親において、メス誘導条件に比べて5倍以上も高い濃度でパントテン酸(ビタミンB5)が蓄積していることを見出しました。パントテン酸は水溶性のビタミンで、この分子名には『どこにでもある』という意味が込められています。その名が示す通り、パントテン酸は広く生物界一般に見られ、通常、多くの動物試料中にも含まれています。このパントテン酸の高蓄積がオス誘導に関与しているのかを調べるために、パントテン酸の投与試験を実施しました。すると、メス誘導条件でパントテン酸を飼育水に加えると約70%の母親ミジンコがオスを産むことが分かりました(図2)。この結果は、パントテン酸がミジンコのオス性決定に関与していることを強く示唆しています。パントテン酸は補酵素A (CoA)の構成因子の一つで、興味深いことに、幼若ホルモンはこのCoAを出発物質として生体内で合成されています。本研究結果から、我々は、短日条件におけるWTN6系統ではパントテン酸が大量に合成・蓄積され、これらが幼若ホルモンへと変換されることで母親体内の幼若ホルモン濃度が上昇し、幼若ホルモンが排卵前の卵に作用することでオスの子供が産まれているのではないかと予想しています(図3)。

 

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図2:メス誘導(長日)条件の母親に対するパントテン酸の投与がオス誘導に与える影響。*はコントロールに比べてオス誘導率が統計的有意に高いことを意味している。

 

 

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図3:パントテン酸によるオス誘導メカニズムの仮説

 

【本研究の意義と今後の展望】

 本研究により、水溶性ビタミンであるパントテン酸がミジンコの環境依存的な性決定システムに関与していることを示しました。これは、パントテン酸を含むビタミン物質が生物の性決定に関与していることを示した初めての例です。しかし依然として、オス誘導時におけるパントテン酸と幼若ホルモンの関係は上述したように推測の域を出ません。今後は、パントテン酸のオス性決定における作用機序を明らかにするとともに、WTN6系統以外の系統や他のミジンコ種でも同様のメカニズムが存在するのかという比較解析を進めていく必要があります。パントテン酸は過去の網羅的な遺伝子発現解析からは見出すことができなかった因子であり、メタボローム解析という新しい技術によって性決定因子という新たな機能を見出すことができました。『どこにでもある』ビタミンが、どのような経緯でミジンコの性決定システムに組み込まれることになったのか、今後、詳細な解析を進めていきたいと考えています。

 

【論文情報】

Scientific Reports 2016年4月26日掲載

Metabolomics reveals an involvement of pantothenate for male production responding to the short-day stimuli in the water flea, Daphnia pulex

著者:Kenji Toyota, Alex Gavin, Shinichi Miyagawa, Mark R. Viant, Taisen Iguchi

 

【研究サポート】

本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(科研費)、環境省およびAdvantage West Midlands(英国)の支援のもとで行われました。

 

【本研究に関するお問い合わせ先】

岡崎統合バイオサイエンスセンター/基礎生物学研究所 生命環境研究部門

教授 井口 泰泉(イグチ タイセン)

現在の所属:横浜市立大学大学院 生命ナノシステム科学研究科 客員教授

E-mail: taisen@nibb.ac.jp

 

岡崎統合バイオサイエンスセンター/基礎生物学研究所 生命環境研究部門 研究員

豊田 賢治(トヨタ ケンジ)

現在の所属:Environmental Genomics Group, School of Biosciences, University of Birmingham (バーミンガム大学, 英国)日本学術振興会 海外特別研究員

E-mail: kenji514@nibb.ac.jp

 

【報道担当】

基礎生物学研究所 広報室

TEL: 0564-55-7628

FAX: 0564-55-7597

E-mail: press@nibb.ac.jp