基礎生物学研究所
2014.05.20
自然科学研究機構 基礎生物学研究所
国立大学法人 名古屋大学
生物の体は色素細胞によって彩られています。私達ヒトを含めた哺乳類では黒色素細胞と呼ばれる色素細胞を一種類持ちますが、魚類では特に色素細胞の種類が多いことが知られており、黒色素細胞の他、黄色い色素を持つ黄色素細胞、白い白色素細胞、メタリックな光沢を持つ虹色素細胞などが存在し、鮮やかな体色や模様を作り出しています。基礎生物学研究所の木村哲晃特任助教と成瀬清准教授らの研究グループ、および名古屋大学の長尾勇佑研究員と橋本寿史助教らの研究グループは、メダカを使って、黄色素細胞と白色素細胞がつくられる仕組みを明らかにしました。この成果は、米国科学アカデミー紀要およびPLoS Genetics誌に掲載されました。
図1 メダカの体を彩る4種の色素細胞(黒色素細胞、黄色素細胞、白色素細胞、虹色素細胞)
<研究の背景>
私達ヒトを含む多くの生物の体色は、色素を産生する特別な細胞「色素細胞」によって決まります。メダカは黒色素細胞、黄色素細胞、白色素細胞、虹色素細胞という4種類の色素細胞を持っていて、それらが体色を作り出しています。野生のメダカは黒色素細胞が目立ち、黒っぽい色をしていることからクロメダカと呼ばれていますし、ヒメダカでは黒色素細胞のメラニン色素が失われており、黄色素細胞が目立つため黄色の体色に見えます。全ての色素細胞が失われると「透明メダカ」と呼ばれるメダカになります。今回、研究グループは、黄色素細胞と白色素細胞に注目して研究を行いました。
図2:様々な体色のメダカ
一番下が野生のクロメダカ、真ん中がヒメダカ(黒色素細胞の中のメラニン色素が失われている)、さらにヒメダカの黄色素細胞と白色素細胞が失われると体色はより白くなる(一番上:本研究で用いられたlf-2変異体)
<本研究の成果>
色素細胞の研究に、メダカは大変適したモデル生物です。体色や模様の異なる様々な変異体が見つかっており、それらは名古屋大学や基礎生物学研究所で大切に維持されてきました。木村らは、黄色素細胞と白色素細胞の両方が失われる変異体(leucophore free-2, lf-2)を解析し、その変異体ではpax7aという遺伝子が壊れていることを見つけました。このことから、黄色素細胞と白色素細胞をつくり出すためには、発生の初期の段階でpax7a遺伝子が必要ということがわかりました。また、長尾らは黄色素細胞が無くなり白色素細胞が増える変異体(many leucophores-3, ml-3)を解析し、その変異体ではsox5という遺伝子が壊れていることを見つけました。そしてこのsox5遺伝子が黄色素細胞と白色素細胞を作り出す途中の過程で、どちらの色素細胞になるかを運命づける切り換えスイッチとして働いていることを明らかにしました。sox5遺伝子が働くと黄色素細胞がつくられ、sox5遺伝子が働かないと白色素細胞がつくられました。これらの成果により、すべての種類の色素細胞の元となる細胞(幹細胞)に、まずpax7a遺伝子が働くことで、細胞は黄色素細胞または白色素細胞のいずれかになることを運命づけられ、さらにこの細胞にsox5遺伝子が働くことで黄色素細胞がつくられ、sox5遺伝子が働かなかった細胞では白色素細胞がつくられる、という遺伝子作用の詳細な仕組みが明らかになりました(図3)。
図3 黄色素細胞と白色素細胞の発生経路のモデル
色素細胞の元になる細胞は分化の過程で、pax7a遺伝子の働きにより黄色素細胞あるいは白色素細胞のいずれかになることに運命づけられる。さらに、sox5遺伝子が黄色素細胞になるか白色素細胞になるかを運命づける切り換えスイッチとして働き、sox5遺伝子が働いた細胞は黄色素細胞となり、sox5遺伝子が働かなかった細胞は白色素細胞へと分化する。
<本研究の意義と今後の発展など>
色素細胞は神経冠細胞と呼ばれる多能性幹細胞から分化誘導されることが判っています。哺乳類を含む脊椎動物に共通に存在する黒色素細胞への分化誘導に必要な因子はかなり明らかとなっていますが、黄色素細胞、白色素細胞、虹色素細胞など哺乳類が持たない色素細胞への分化メカニズムは十分理解されていませんでした。今回の研究では共通の幹細胞から複数の異なる色素細胞が分化するメカニズムが初めて明らかとなりました。多くの脊椎動物は多様な色素細胞を用いることで様々な体色や模様を生み出します。このような体色や模様は性的パートナーの選択や捕食者からの隠蔽など動物の生存戦略に重要な役割を担っています。この研究は、色素細胞分化の機構から体色を介した個体間コミュニケーションとその生物学的意義など幅広い研究を展開する基盤となると考えられます。
【論文情報】
米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)5月6日号
著者:Tetsuaki Kimura, Yusuke Nagao, Hisashi Hashimoto, Yo-ichi Yamamoto-Shiraishi, Shiori Yamamoto, Taijiro Yabe, Shinji Takada, Masato Kinoshita, Atsushi Kuroiwa, and Kiyoshi Naruse
PLoS Genetics 4月3日に公開
“Sox5 Functions as a Fate Switch in Medaka Pigment Cell Development”
著者:Yusuke Nagao, Takao Suzuki, Atsushi Shimizu, Tetsuaki Kimura, Ryoko Seki, Tomoko Adachi, Chikako Inoue, Yoshihiro Omae, Yasuhiro Kamei, Ikuyo Hara, Yoshihito Taniguchi, Kiyoshi Naruse, Yuko Wakamatsu, Robert N. Kelsh, Masahiko Hibi, Hisashi Hashimoto
【研究サポート】
本研究は、文部科学省科学研究費助成事業、基礎生物学研究所重点共同利用および個別共同利用研究のサポートにより実施されました。研究に用いた突然変異体等はナショナルバイオリソースプロジェクトメダカより分与を受けました。
【本研究に関するお問い合わせ先】
基礎生物学研究所 バイオリソース研究室
准教授 成瀬 清(なるせ きよし)
E-mail: naruse@nibb.ac.jp
TEL: 0564-55-7554
基礎生物学研究所 IBBPセンター
特任助教 木村 哲晃(きむら てつあき)
E-mail: tekimura@nibb.ac.jp
TEL: 0564-59-5931
名古屋大学 生物機能開発利用研究センター
助教 橋本 寿史(はしもと ひさし)
E-mail: hsshsmt@bio.nagoya-u.ac.jp
TEL: 052-789-4294
【報道担当】
基礎生物学研究所 広報室
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