基礎生物学研究所
2012.11.22
昆虫のアブラムシ(アリマキ)の細胞内にはブフネラと呼ばれる共生細菌が棲んでおり、お互い相手無しでは生きていけないほど緊密な共生関係を築いています。多くの研究者がアブラムシとブフネラの共生を支える仕組みを研究してきましたが、どのような遺伝子が関わっているかについては、これまであまり分かっていませんでした。今回、基礎生物学研究所生物機能解析センターの重信秀治特任准教授と米国プリンストン大学(注1のDavid Stern教授は、アブラムシにおいてブフネラが共生する細胞ではたらく新しい遺伝子群を発見し、BCRおよびSPファミリーと命名しました。この研究成果は、Proceedings of the Royal Society B (英国王立協会紀要)の電子版にて、英国時間2012年11月21日に発表されます。
図1 アブラムシはブフネラと呼ばれる共生微生物を持っておりお互い相手無しでは生存不可能である。(左)エンドウヒゲナガアブラムシ。(右)アブラムシ卵巣内で発生中の卵にブフネラ(内部の小さい顆粒)が垂直感染する様子。
「研究の背景」
異なる生物種どうしが共生することによって、単独では生存が困難な環境に適応し、ニッチを拡大したり新規獲得することができます。昆虫のアブラムシ(アリマキ)は今から約2億年前にブフネラとよばれる細菌と共生をはじめました。アブラムシはブフネラと栄養共生することによって、栄養に乏しい植物師管液を餌としながら爆発的な繁殖力を示します。アブラムシ/ブフネラの関係は共生研究のモデル系として認識され多くの研究者が両者の共生を支える仕組みを研究してきました。しかしながら、2000年にはブフネラ、2010年にはアブラムシのゲノムも解読されたものの、どのような遺伝子が共生に重要な役割を果たしているかについては、ほとんど分かっていませんでした。
「本研究の成果」
アブラムシはブフネラを棲まわせるために特化した共生器官を持っています。研究グループは、この器官を解剖によって摘出して、どのような遺伝子がはたらいているかをRNA-seq(注2と呼ばれる次世代シークエンサーを利用した新技術を用いて網羅的に調べました。共生器官で発現量の高いアブラムシ遺伝子に注目し、さらにイメージングやバイオインフォマティクス技術を駆使することによって、ゲノムが読まれていたにも関わらずこれまで見過ごされていた新規遺伝子を13個同定することができました。重信らはこれら新規遺伝子を2つのグループに分類しBCRおよびSPファミリーと命名しました。これらの新規遺伝子のコードするタンパク質はすべて細胞外分泌シグナル配列を持ち、なかでもBCRはシステイン残基を多く含む短いペプチドであるなど特徴的な構造を持っていることが分かりました。BCRとSP遺伝子群の発現はいずれも、アブラムシの胚にブフネラの感染した直後に開始し、以降アブラムシの一生を通して共生器官特異的な発現を維持します(図2)。この観察結果は、今回発見したアブラムシの新規遺伝子群がブフネラとの共生に重要な役割を果たしていることを示唆しています。 近年、マメ科植物と根粒菌の共生においてもシステイン残基を含む短いペプチドが共生システムの維持と制御に重要な役割を果たしていることが報告されており、動植物を越えた共生システム進化の共通原理の存在を示唆するものとして、今後の研究展開が期待されます。
図2 共生器官細胞特異的分泌タンパク質BCR4の遺伝子発現パターン。BCR4のmRNAの発現が紺色の染色で表されている。
(a)胚発生初期。共生細菌感染前の胚発生初期(左側)にはBCR4の発現は観察されない。共生細菌が感染する胞胚期(右側)にちょうどBCR4の発現が始まる。(b)胚発生後期。BCR4は共生器官のみで特異的に発現している。(c) 成虫の共生器官細胞。
注1)
プリンストン大学:2010年3月に自然科学研究機構は米国プリンストン大学と学術交流協定を締結。基礎生物学研究所とプリンストン大学とは合同シンポジウム開催などを通して研究者の交流を行っている。
注2)
RNA-seq: 次世代DNAシークエンサーを用いて、発現している遺伝子の転写産物を網羅的に解析する手法。次世代DNAシークエンサーは、高速並列シーケンスにより塩基配列情報をハイスループットに解読することができる装置。基礎生物学研究所は共同利用研究の一環として「次世代DNAシーケンサー共同利用実験」を実施しており、重信特任准教授はその責任者を務めている。
「論文情報」
Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences.
“Aphids evolved novel secreted proteins for symbiosis with bacterial endosymbiont.”
著者: Shuji Shigenobu and David L. Stern
「研究サポート」
本研究は、文部科学省科学研究費補助金と、科学技術振興機構さきがけ「代謝と機能制御」研究領域、および基礎生物学研究所モデル生物・技術開発共同利用研究のサポートを受けて行われました。
「本件に関するお問い合わせ」
基礎生物学研究所 生物機能解析センター
特任准教授: 重信 秀治 (シゲノブ シュウジ)
〒444-8585 愛知県岡崎市明大寺町字西郷中38
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「報道担当」
基礎生物学研究所 広報室
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