基礎生物学研究所
2012.03.05
脳や脊髄といった中枢神経系は、受精後、体の形が作られるごく初期の段階で「神経管」と呼ばれるチューブ状の構造から形成されます。この神経管の形成が上手くいかないと、脳や脊髄の形成異常の原因となります。基礎生物学研究所の上野直人教授、森田仁研究員らは、アフリカツメガエルを用いた研究により、神経管の形成には、神経にならない周囲の組織の細胞運動が必須であることを具体的に明らかにしました。この成果は、専門誌Developmentにて発表されました。神経管閉鎖不全の細胞、組織レベルでの原因解明に寄与する成果です。
[背景]
私たちヒトを含めた脊椎動物は、頭から体の背中側にかけて脳と脊髄から成る中枢神経系を持っています。中枢神経系は体を動かしたり体内の他の臓器の働きをコントロールする重要な器官で、受精卵から体が形作られる時に最も早く作られる器官の一つでもあります。中枢神経系の形成は、体の背中側にできる「神経板」と呼ばれる板状の組織が体の内側にくぼんで溝(神経溝)を作り、「神経管」と呼ばれる管状の構造に変形するところから始まります(図1)。
図1:アフリカツメガエルの神経管形成
この神経管の形成運動はヒトからトリ、カエルに至る脊椎動物でほぼ同じように起こります。このように神経管形成は、多くの脊椎動物に共通する、中枢神経系を作るための重要なステップです。
[研究成果]
研究グループは、神経管のもとになる神経板の細胞について、管を形成するために必要な細胞変形のしくみをこれまでに明らかにしてきました。今回の研究では、神経管にはならない周囲の組織(非神経外胚葉)の細胞運動も、神経管形成に必須であることを明らかにしました。基礎生物学研究所が欧州分子生物学研究所(EMBL)から導入した新型顕微鏡「デジタルスキャン光シート顕微鏡(DSLM)」を用いて同グループが神経管形成過程のアフリカツメガエル胚を観察したところ、神経管にならない領域(非神経外胚葉)の細胞が神経管の方向に向かって速いスピードで移動していることを見つけました(図2)。詳しく調べると、移動する非神経外胚葉の細胞層は2層あり、表層の細胞の下に存在する、深層の細胞層が、積極的に背側へと移動していることがわかりました(図3)。
図2:DSLMによる細胞移動の解析
この深層細胞の動きを(細胞接着や移動に関わる分子インテグリンを機能阻害することによって)止めたところ、神経管の閉鎖は不完全なものとなりました。また、同グループは胚の非神経外胚葉を完全に除去すると神経管閉鎖が阻害されることも示しました。
図3:深層が表層を運ぶ「動く歩道」として働いている
この研究から、神経管ができるためには神経管をつくる細胞が自律的に形を変えることに加えて、神経管にならない非神経外胚葉の細胞群の移動が管を閉じる過程を積極的に手助けしていることが明らかになりました。
本研究によって、脊椎動物の中枢神経系が作られる初期の過程において、神経にならない組織も神経系の形成に重要な役割をもっていることが具体的に明らかになりました。本研究の成果は、神経管閉鎖不全の細胞、組織レベルでの原因解明に寄与することが期待されます。
DSLMデータの解析の様子
[発表雑誌]
発生学専門雑誌 Development(デベロップメント)4月1日号掲載予定
電子版にて2012年2月29日に先行公開されました。
論文タイトル:Cell movements of the deep layer of non-neural ectoderm underlie complete neural tube closure in Xenopus
著者:Hitoshi Morita, Hiroko Kajiura-Kobayashi, Chiyo Takagi, Takamasa S. Yamamoto, Shigenori Nonaka, and Naoto Ueno
[研究グループ]
本研究は基礎生物学研究所 形態形成部門の上野直人教授、森田仁研究員(現オーストリア科学技術研究所)が中心となって、時空間制御研究室の野中茂紀准教授らの協力を得て実施されました。
[研究サポート]
本研究は、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「ミクロからマクロへ階層を超える秩序形成のロジック」のサポートを受けて行われました。
[本件に関するお問い合わせ先]
基礎生物学研究所 形態形成研究部門
教授 上野 直人 (ウエノ ナオト)
Tel: 0564-55-7570(研究室) Fax: 0564-55-7571
E-mail: nueno@nibb.ac.jp
[報道担当]
基礎生物学研究所 広報室
倉田 智子
Tel: 0564-55-7628 Fax: 0564-55-7597
E-mail: press@nibb.ac.jp