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大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

基礎生物学研究所

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2006.07.03

動物の形づくりの基本ステップ「細胞どうしの滑り込み運動」の鍵となる因子XGAPを発見

動物は球形の受精卵から発生を開始し、頭からしっぽへの体軸を持った細長い形を作り上げます。 このような胚の前後(頭と尾)方向への伸長は、1)個々の細胞が紡錘形へと形を変える、 2)細胞の両端に、細胞が移動する際に必要な細胞突起ができる、3)細胞がその後、 お互いの間に入り込む「滑り込み運動」を起こす、というステップによって引き起こされます。 基礎生物学研究所の兵頭-三浦純子研究員、上野直人教授らは、上の2)の細胞突起を安定に 形成するために必要な因子XGAPをアフリカツメガエルで発見しました。 XGAPはPARと呼ばれる一群のタンパク質が細胞両端で安定に存在することに 必要であり、XGAPの機能がなくなるとPARタンパク質が細胞両端に安定化されず、滑り込み運動も阻害され、結果として原腸形成に異常が起こることが示されました。 PARタンパク質はヒトを含めたさまざまな動物において、細胞の相対的な向き(極性)の形成に 必須の因子であることがわかっています。またXGAPと良く似た遺伝子はヒトにも存在します。 したがって今回の発見は、アフリカツメガエルだけではなく、ヒトを含む脊椎動物全般の形づくりの 仕組みを解明する上で重要な発見です。ヒトの二分脊椎症は、このような発生初期の形づくりの過程と 深く関わっていることが分かっており、今回の発見がその病因解明につながる可能性があります。 本研究は独立行政法人産業技術総合研究所生物情報解析研究センター、および京都大学との共同研究として実施されました。 研究の詳細は、2006年7月10日、ディベロップメンタル・セル(Developmental Cell)誌に掲載されます。


[背景]

受精した動物の卵は、細胞分裂をくり返して増殖し、細胞のダイナミックな運動によって「原腸形成」が起こり、丸い形から細長い形へと変化する(図1)。 この原腸形成は我々ヒトを含めた動物の形づくりの最も根源的な過程であり、各臓器ができる位置を3次元的に決める再構築現象である。 原腸形成やそれに続いて起こる神経管閉鎖に異常が生じると、ヒトでは二分脊椎症等の重篤な先天性形態異常を引き起こすことが知られている。 原腸形成において特に顕著な形態変化と運動を生じるのは胚の背側に位置する中胚葉由来の細胞群である。 個々の細胞は原腸形成の過程で紡錘形に変形したのち、両端に細胞突起を形成し、細胞の極性が生じる。 極性を持った細胞同士が、互いの間に入り込む「滑り込み運動」を起こすことで、 胚は左右の幅が減少すると同時に前後軸方向(頭から尾の方向)に伸張する(図2)。 原腸形成における細胞の行動は顕微鏡観察により多くの知見が蓄積されてきたが、 その分子メカニズムについては未知の部分が多く、現在多くの研究者が解明に向けて尽力している。

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図1. 受精後に起こる形の変化

 

 

060703fig2.jpg図2. 極性化した細胞の滑り込み運動により生じる組織の伸張


[研究手法と成果]

今回、基礎生物学研究所の兵頭-三浦純子研究員、上野直人教授らの研究グループは、 原腸形成時の細胞極性形成と細胞運動に関わる新規因子を探し出すために、まず原腸形成時に発現している遺伝子群を明らかにした。 そのうち1535種類の遺伝子をカエル胚で過剰発現させ、細胞極性・細胞運動への影響を調べた。 その結果、XGAP遺伝子が単離された。そこでXGAPタンパク質の合成を特異的に阻害する薬剤であるモルフォリノアンチセンスオリゴ(注1)を 用いてカエル胚内在のXGAPタンパク質を減少させると、細胞の極性が乱れ、滑り込み運動が抑制されることで原腸形成に異常が生じ、 その胚は二分脊椎症に類似した形態を示した(図3)。この結果からXGAPが原腸形成に必須の因子であることがわかった。 次にXGAPと相互作用するタンパク質を検索したところ、XGAPは細胞極性形成因子として知られるPARタンパク質群と結合することが明らかとなった。 またXGAPとPARタンパク質群はともに紡錘型の細胞の両端に局在することも判明した。XGAPの機能を阻害するとPARタンパク質群の細胞内局在が異常となり、 細胞極性形成や原腸形成の異常が引き起こされた。これらの結果からXGAPはPARタンパク質群と結合し、 PARタンパク質群を細胞の両端に安定に存在させることで原腸形成を制御していることが明らかとなった。

060703fig3.jpg図3. XGAPの機能を阻害すると胚の伸張に異常が生じる

 

060703fig4.jpg図4. 極性化した細胞両端でのXGAPによるPARタンパク質群の安定化


[研究の展望]

PARタンパク質群はヒトをはじめ多くの動物において、様々なタイプの細胞の極性形成に必須の因子であることが知られている。 またXGAPと良く似た遺伝子はヒトを含めた脊椎動物に広く存在する。よってXGAPがPARの細胞内局在に必要であるという今回の研究結果は、 脊椎動物全般の形づくりの基本的仕組みを解明する上で重要な発見である。 またこのXGAPによる原腸形成制御の知見はヒトの二分脊椎症発症メカニズム解明にもつながる可能性がある。

(注1)
モルフォリノアンチセンスオリゴ
遺伝子の機能を阻害する目的で用いられるmRNAに配列特異的に結合する化学物質。 標的とする遺伝子の翻訳開始点に結合するように設計し、細胞内に顕微注入することで、 その遺伝子のmRNAからタンパク質への翻訳が阻害される。

[発表雑誌]

Developmental Cell (ディベロップメンタル・セル) 2006年7月10日号
論文タイトル: XGAP, an ArfGAP, is required for polarized localization of PAR proteins and cell polarity in Xenopus gastrulation
著者: Junko Hyodo-Miura, Takamasa S. Yamamoto, Akiko C. Hyodo, Shun-Ichiro Iemura, Morioh Kusakabe, Eisuke Nishida, Tohru Natsume, Naoto Ueno

[研究グループ]

本研究は基礎生物学研究所、独立行政法人産業技術総合研究所生物情報解析研究センター、および京都大学との共同研究として実施された。

解説イラスト:形態形成研究部門 森田仁氏提供 

[報道解禁日]

2006年7月11日(火)

[本件に関するお問い合わせ先]

基礎生物学研究所 形態形成研究部門 教授 上野直人
Tel: 0564-55-7570 
E-mail: nueno@nibb.ac.jp  

[報道担当]

基礎生物学研究所 連携・広報企画運営戦略室
Tel: 0564-55-7628 
E-mail: press@nibb.ac.jp