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大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

基礎生物学研究所

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2019.04.09

メダカのストレスに対する応答性の季節変化に長鎖ノンコーディングRNAが関与していることを発見

基礎生物学研究所 季節生物学研究部門の中山友哉特別共同利用研究員(名古屋大学 大学院生)、新村毅特任助教(現東京農工大学 准教授)、四宮愛特任助教、吉村崇客員教授(名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所 教授)らのグループは、基礎生物学研究所の成瀬清特任教授、竹花佑介助教(現長浜バイオ大学 准教授)、亀井保博特任准教授、名古屋大学の田中実教授、西村俊哉助教、東京大学の大久保範聡准教授らとともに、メダカのストレスに対する応答性(ストレス応答*1)の季節変化に長鎖ノンコーディングRNAが関与していることを明らかにしました。

四季が明瞭な地域では季節ごとに環境が大きく変化します。動物たちはこの環境変化に適応するために、外部環境からのストレスに対する応答性を季節によって変化させることが知られていましたが、その分子機構は明らかになっていませんでした。本研究では日の長さを変化させた際に、メダカの視床下部と下垂体において網羅的な遺伝子発現解析を行ったところ、日の長さの変化によって発現が顕著に変動する機能未知の長鎖ノンコーディングRNA(lncRNA)を見出しました。このlncRNAの機能を調べたところ、繁殖期に自己防衛行動や不安様行動などのストレスに対処する行動を制御していることが明らかになりました。本成果は科学雑誌Nature Ecology & Evolutionに2019年4月8日付けでオンライン掲載されます。

fig.jpg 【本研究の背景】
四季が明瞭な地域では季節によって環境が大きく変化します。動物たちは、この環境の季節変化に適応するため、日の長さ(日長)を読み取り、様々な生理機能や行動を調節しています。例えばメダカは、環境が厳しい冬はほとんど何も食べず、じっとしてエネルギーを節約していますが、食料が豊富で繁殖に適した春から夏は活発に活動し、繁殖活動を行います(Shimmura et al., 2017)。しかし繁殖期に活動を活発化させると、天敵に出会う確率が上昇したり、種内あるいは種間で食料や生息場所の競争が生じるため、個体の生存にとってリスクが上昇します。動物はこのリスクを回避するために、繁殖期に自己防衛行動、逃避行動、不安様行動などのストレス応答を向上させることが知られていましたが(Romero, 2002; Wingfield et al., 1998)、それらのストレス応答の季節変化を制御する分子機構は明らかになっていませんでした。
 
【成果の内容】
研究グループは、まず短日条件(10時間明期、14時間暗期:非繁殖条件)で飼育したメダカを長日条件(16時間明期、8時間暗期:繁殖条件)に移した際の視床下部と下垂体*2の時系列試料を用いてマイクロアレイ*3による網羅的発現解析を実施しました。その結果、長日刺激によって発現変動する遺伝子を1,249個同定しました(図1)。その中でも長日刺激によって、いち早く発現が誘導され、機能未知で長鎖ノンコーディングRNA(long non-coding RNA: lncRNA)*4と推定されていたRNA(クローン名olvl28m13)に着目しました(図1中央パネルの赤太線)。

fig1.jpg 図1:長日刺激に応答する遺伝子群の発現様式
網羅的遺伝子発現解析により、長日刺激によって発現が抑制される遺伝子群(Down-regulated genes)、リズムを刻む遺伝子群(Cycling genes)、発現が誘導される遺伝子群(Up-regulated genes)を見出した。Cycling genesの赤太線で示したolvl28m13が長日刺激でいち早く誘導を受けた。各グラフの下の白と黒のバーはそれぞれ明るい時間、暗い時間を示す。

DNAから転写されるRNAにはタンパク質を作るメッセンジャーRNA (mRNA)とタンパク質を作らないノンコーディングRNA(ncRNA)があります。ncRNAには転移RNA(tRNA)、リボソームRNA(rRNA)のほか、数十塩基のマイクロRNA(miRNA)や200塩基以上の長鎖ノンコーディングRNA(long non-coding RNA: lncRNA)などがありますが、大部分のlncRNAの働きはよくわかっていません。そこで次にolvl28m13が本当にタンパク質を作らず、lncRNAとして働いているのかを、ストランド特異的RNA-seq解析*5とリボソームプロファイリング解析(Ribo-seq)*6で検討しました。ストランド特異的RNA-seq解析では、RNAがDNAのセンス鎖、アンチセンス鎖のどちらのDNA鎖から作られているかがわかります。また、Ribo-seqではタンパク質を作る「場」であるリボソームと結合しているRNAのみを回収して塩基配列を決定するため、タンパク質を作るRNAと作らないRNAを区別することができます(図2)。

fig2.jpg 図2:リボソームプロファイリング解析の概要(Hsu et al., 2016より改変)
タンパク質を作る転写産物1ではRNA-seq、Ribo-seqの両方でリード(読み取り断片)が確認できるが、タンパク質を作らない転写産物2ではリードがRNA-seqでは確認できるものの、Ribo-seqでは確認できない。

ストランド特異的RNA-seq解析の結果、olvl28m13は長日条件でLPIN2遺伝子のアンチセンス鎖のイントロン部位から作られていることがわかりました(図3)。一方、Ribo-seq解析ではolvl28m13はほとんど検出されなかったため、olvl28m13はタンパク質をつくらないlncRNAであることが示されました。olvl28m13は正式な名称ではなかったため、上記の結果から、長日条件でアンチセンス鎖のイントロン部位から誘導を受けるRNAという意味のlong day induced antisense intronic RNALDAIR)と名付けました。

fig3.jpg 図3olvl28m13が位置するゲノム領域の
(a)ストランド特異的RNA-seq解析と(b)Ribo-seq解析の結果

最近の研究ではlncRNAは近傍の遺伝子の発現を調節することが報告されています(Engreitz et al., 2016; Joung et al., 2017; Werner et al., 2017)。そこでLDAIRの働きを明らかにするために、ゲノム編集技術(CRISPR/Cas9システム)を用いてLDAIRのノックアウト(KO)メダカを作製して調べたところ、LDAIRの有無によってLDAIRの近傍に位置する遺伝子の発現が変化することが明らかになりました。この近傍遺伝子の中にはストレス応答に関与するコルチコトロピン放出ホルモン受容体2(corticotropin-releasing hormone receptor 2: CRHR2)が含まれていました。また「ストレスホルモン」と呼ばれるコルチゾールの量を調べてみたところ、短日のメダカよりも長日のメダカで上昇していました。これらの結果からLDAIRCRHR2の発現を調節することで、ストレス応答の季節変化を制御している可能性が考えられました。

そこで実際にLDAIRがメダカのストレス応答の季節変化に関与しているかを検討するために新奇水槽試験と明暗水槽試験を行いました(図4)。新奇水槽試験では新奇環境における自発的行動と不安様行動を評価できます。また明暗水槽試験では、新奇環境での探索行動のほか、明るい場所を避ける性質を利用して不安様行動を評価できます。その結果、新奇水槽試験ではLDAIR KOメダカの垂直運動が多く、無動時間も短くなっており、LDAIRがないと不安様行動が低下することがわかりました(図4a)。また、明暗水槽試験においてもLDAIR KOメダカは明るい場所に滞在する時間が長く、不安様行動が低下していることがわかりました(図4b)。つまり、日が長くなるとLDAIRが働くことで不安様行動が上昇して、危険な状況を避けることが明らかとなったのです。

fig4.jpg 図4LDAIR KOメダカを用いた不安様行動の評価
(a)新奇水槽試験の模式図。(b)長日条件で新奇水槽試験を行った結果、LDAIR KOメダカでは垂直運動量が上昇し、無動時間が短縮していたことから、不安様行動が減少していることが明らかになった。(c)明暗水槽試験の模式図。(d)長日条件で明暗水槽試験を行った結果、LDAIR KOメダカは明るいエリアに滞在した時間と明るいエリアに移動した回数が上昇し、不安様行動が低下していることが明らかになった。

【成果の意義】
動物のストレス応答は季節によって変化しますが、その分子機構は明らかになっていませんでした。今回の研究でlncRNAであるLDAIRがストレス応答の季節変化に関与していることが明らかになりました。哺乳類においてはタンパク質を作る遺伝子と同じくらいの数のlncRNAが存在することがわかってきていますが(Hon et al., 2017)、まだそれらのほとんどの働きはわかっていません。植物の季節適応にもlncRNAが関与することから(Swiezewski et al., 2009; Heo and Sung, 2011)、生物の様々な環境適応にlncRNAが関与していることが考えられます。
 
【用語解説】
*1 ストレス応答…生物をとりまく外部環境は変化する。外部環境からの物理的、化学的、生物学的負荷などのストレスに適応するため、生物が個体、器官、細胞の各レベルで応答すること。
 
*2 視床下部、下垂体…視床下部は自律機能や内分泌の調節を担っており、体温調節、摂食行動、睡眠覚醒、ストレス応答など様々な働きを調整している。下垂体は視床下部の下(腹側)に位置しており、様々なホルモンを分泌する。
 
*3 マイクロアレイ…数万の遺伝子に対するDNA断片がスライドグラス上に固定化されたもの。これにより一度に数万の遺伝子の発現量を定量することが可能である。
 
*4 長鎖ノンコーディング RNA(lncRNA)…タンパク質へと翻訳されない200 塩基以上のRNA分子。近年の研究から様々なメカニズムを通じて遺伝子の発現制御を行なっていることが明らかとなってきている。
 
*5 ストランド特異的RNA-seq解析…DNAは2本のDNA鎖から成り立っており、それぞれのDNA鎖からRNAが転写される。ストランド特異的RNA-seq解析では通常のRNA-seqと異なり、転写されているRNAがどちらのDNA鎖由来なのかを区別することが可能である。
 
*6 リボソームプロファイリング解析(Ribo-seq)…リボソームはmRNAの情報をもとにタンパク質の合成を行う場である。つまり、リボソームと結合しているRNAはタンパク質へと翻訳されるRNAであると判断できる。リボソームプロファイリング解析では、リボソームと結合したmRNAの配列を網羅的に解析することでタンパク質へと翻訳されるRNAと、RNAとして機能している長鎖ノンコーディングRNAを区別することが可能である。
 
【掲載誌情報】
Nature Ecology & Evolution 2019年4月8日付け掲載
論文タイトル: “Seasonal regulation of the lncRNA LDAIR modulates self-protective behaviors during the breeding season”
著者: Tomoya Nakayama, Tsuyoshi Shimmura, Ai Shinomiya, Kousuke Okimura, Yusuke Takehana, Yuko Furukawa, Takayuki Shimo, Takumi Senga, Mana Nakatsukasa, Toshiya Nishimura, Minoru Tanaka, Kataaki Okubo, Yasuhiro Kamei, Kiyoshi Naruse, Takashi Yoshimura
(中山友哉、新村毅、四宮愛、沖村光祐、竹花佑介、古川祐子、下貴行、千賀琢未、中務真愛、西村俊哉、田中実、大久保範聡、亀井保博、成瀬清、吉村崇)
DOI: http://dx.doi.org/10.1038/s41559-019-0866-6
 
【研究サポート】
本研究は、文部科学省科学研究費助成事業・特別推進研究(26000013)、ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム(HFSP)(RGP0030/2015)、文部科学省科学研究費助成事業・特別研究員奨励費(18J10936)などのサポートを受けて行われました。
 
【本件に関するお問い合わせ先】
基礎生物学研究所 季節生物学研究部門
客員教授 吉村 崇 (ヨシムラ タカシ)
Tel: 052-789-4056
E-mail: takashiy@agr.nagoya-u.ac.jp
 
【報道担当】
基礎生物学研究所 広報室
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