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2015年11月18日
魚類における男性ホルモン受容体遺伝子の新機能の獲得

自然科学研究機構 基礎生物学研究所

国立大学法人 総合研究大学院大学

 

 

魚類における男性ホルモン受容体遺伝子の新機能の獲得

 

岡崎統合バイオサイエンスセンター・基礎生物学研究所・分子環境生物学研究部門/総合研究大学院大学の荻野由紀子助教と井口泰泉教授の研究グループは、理化学研究所、愛媛大学、宇都宮大学、東京農業大学、和歌山県立医科大学、カルフォルニア大学との共同研究により、真骨魚類 (注1)に特有の男性ホルモン受容体の機能がどのような分子進化を経て生じたのかについて明らかにしました。真骨魚類では、ゲノム倍加(注2)と呼ばれる現象により重複した受容体遺伝子の片方において、男性ホルモンと相互作用する部位に変化が生じ、転写因子としての活性が大きく変化したことを解明しました。真骨魚類の多彩な繁殖様式、二次性徴としての形質の多様化との関連性が注目されます。この研究成果は、分子進化学専門誌Molecular Biology and Evolutionに掲載されました。

 

【背景】

 男性ホルモンとして知られるアンドロゲンは、雄特有の二次性徴としての形作りに不可欠です。メダカのオスはメスに比べて尻びれが大きくて乳頭状突起がたくさんあり、背びれにはオスに特徴的な切れ込みがあります。また、ヒトでも男性は思春期ごろから髭が生えたり、筋肉質になります。このようなオス(男性)に特有な形態もアンドロゲンの影響による二次性徴です。アンドロゲンは細胞内で受容体タンパク質(アンドロゲン受容体(AR))に結合し、遺伝子の発現を調節して機能を発揮します。ARは、ヒトやマウスなどの脊椎動物では1種類、真骨魚類では、ARα, ARβの2種類を持つことが知られています。魚類では進化の過程で、全ての遺伝子セットが重複するゲノム倍加と呼ばれる現象が起こったと考えられており、これにより、多くの魚は2種類のARを持つことになったということは分かっていましたが、それぞれの機能の特性や、詳しい進化の過程は分かっていませんでした。研究グループは、様々な魚類のARのアミノ酸配列を比較すると共に、メダカやニホンウナギのARを用いて機能解析を行うことで、真骨魚類におけるARの分子進化のシナリオの解明に挑戦しました。

 

【研究成果】

 研究グループはまずメダカのARαとARβの細胞内局在や転写活性などを比較しました。その結果、ARβがヒトやマウスなどの他の脊椎動物のARと類似した性質を維持しており、ARαが真骨魚類の系統で特徴的な高い転写活性を示すARとして分子進化を遂げていることを明らかにしました。転写活性の相違は下流の標的遺伝子の発現量を変動させ、アンドロゲンの作用に重要な影響を及ぼす可能性が考えられます。研究グループは、メダカのAR, ARβ相互の領域を交換したキメラARや、アミノ酸置換を導入したARを作成して転写活性を比較し、ARαに特異的な高い転写活性は、男性ホルモンと相互作用する領域のアミノ酸置換(ARβのフェニルアラニンから、ARαではチロシンに置換)に起因することを明らかにしました。ARへのアンドロゲンの結合を、コンピュータシミュレーションにより解析すると、AR側のアンドロゲンとの結合に重要なアミノ酸側鎖と、アンドロゲンとの水素結合の数が、このアミノ酸置換により変化することが予測されました。このフェニルアラニンからチロシンへのアミノ酸置換は、ARαが同定された真骨魚類の中で、ウナギ目を除く、すべての系統で保存されていました。ウナギ目は、ゲノム倍数化後早い段階で分岐したとされています。実際に、ニホンウナギではARα,とARβの転写活性に大きな差はみられませんでした。そこで、今回同定したアミノ酸置換を人為的に導入すると、ニホンウナギのARα、ARβともに転写活性が増大しました。従って、ARαにユニークな高い転写活性は、ゲノム倍数化後ウナギ目が分岐した後に、アンドロゲンと相互作用する領域に生じたアミノ酸置換によって獲得されたと考えられました。真骨魚類の中には、ARαを失った系統があります。ARαに起きたアミノ酸置換との関連性について、次の2つの仮説が想定されます。①ウナギ目が分岐した後、ニシン・骨鰾類(注3)が分岐する前にアミノ酸置換が起きたが、コイ目、ナマズ目、サケ目では選択されることなく喪失した。あるいは、②サケ目が分岐した後の正真骨魚類(注4)の系統と、ニシン・骨鰾類の中でカラシン目の系統で独立に起き、このアミノ酸置換の起きなかったコイ目、ナマズ目、サケ目のARαは二次的に失われたと考えられました。

 真骨魚類はゲノム倍数化後の多くの系統が現生しています。系統間の比較・機能解析から、いつどのような変異が起きて新たな機能をもったARが生じたのか、具体的な分子進化の道のりが明らかとなりました。

 

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図1:真骨魚類の2種ARの機能の相違をもたらしたアミノ酸置換

メダカARαは3本、ARβは1本の水素結合でアンドロゲンと結合しており、ARαのアンドロゲン結合ドメイン上のアミノ酸をチロシンTyr(Y)からARβとヒトやマウスなどのARで保存されているフェニルアラニン Phe (F)に置き換えると、水素結合の数が減ることがコンピュータシミュレーションによって予測された。レポーターアッセイから、ARαとARβの転写活性は、このアミノ酸置換によって切り替わることが明らかとなった。一方で、このアミノ酸置換がまだ起きていないニホンウナギARαとARβに人為的にアミノ酸置換を挿入すると、メダカARαと同様の高い転写活性が誘導された。

 

 

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図2:真骨魚類におけるAR遺伝子の進化過程

ARは真骨魚類の系統で起きたゲノム倍数化により2種に重複した。ウナギ目が分岐した後に生じたアミノ酸置換によって、 ARα特異的な転写活性が獲得された。ゼブラフィッシュやナマズ、ニジマスではARαが存在せず二次的に喪失したと考えられる。推定されるアミノ酸置換のタイミングには2つの仮説(本文中に示した)が想定される。


【本研究の意義と今後の展開】

 多くの真骨魚類は雌雄の形態の違いや多様な繁殖様式を示しています。男性ホルモンは雄に特徴的な二次性徴を誘導するホルモンです。1970年、大野乾(おおのすすむ)は『Evolution by Gene Duplication(遺伝子重複による進化)』を著し、遺伝子重複が生物進化の重要な原動力であることを提唱しました。今回明らかとなった男性ホルモン受容体の進化が、真骨魚類の多様な性徴の進化にどのように貢献したのか、分子進化と形態進化の関連性が注目されます。

 一方で、自然環境中には人間の生活とともに放出された人工的な化学物質が数多く存在します。これらの化学物質の中には、生物の体内に取り込まれて性ホルモン様作用あるいは抗性ホルモン様作用を示し、「環境ホルモン」などと呼ばれることものもあります。本研究の成果は、環境水中のアンドロゲン作用や抗アンドロゲン作用を示す物質のスクリーニング法の開発や魚類に与える影響を調べる上でも重要な知見となります。

 

注1:脊椎動物の系統の中で、ヒトやマウスに至る系統から、サメやエイなどの軟骨魚類が分岐した後に、条鰭類と呼ばれる硬骨魚類の系統が分岐した。真骨魚類はこの条鰭類の中で、多数を占めるグループである(図2参照)。

注2:染色体セットならびにすべての遺伝情報が倍化するイベント。脊索動物から脊椎動物が進化するにあたり2回、真骨魚類の系統では、さらに1回多くの全ゲノム重複が起きたとされる。それが複雑な体づくりを可能にしたと考えられている。

注3:真骨魚類の系の中で、アロワナなどのオステオグロッサム類、ウナギなどのカライワシ類が分岐した後に現れたグループ。メダカやフグなどの正真骨魚類のグループより前に分岐したニシン、ナマズ、コイ、ゼブラフィッシュなどを含む約8,000種からなるグループ(図2参照)。

注4:真骨魚類の中で、サケ、フグ、メダカなどを含む最も多様なグループ。約17,000種からなる。

 

【掲載誌情報】

Molecular Biology and Evolution(モレキュラーバイオロジー アンド エボルーション)掲載予定(電子速報版 10月27 日公開)

論文タイトル: “Neofunctionalization of Androgen Receptor by Gain-of-function Mutations in Teleost Fish Lineage

著者: 荻野 由紀子、工樂 樹洋、石橋弘志、宮川一志、角谷 絵里、宮川 信一、松原 創、山田 源、マイケル・ベーカー、井口 泰泉

 

【研究サポート】

本研究は、文部科学省科学研究費助成事業、環境省基盤研究、環境省日英共同研究、総合研究大学院大学学融合推進センター 学融合研究事業 女性研究者支援のサポートを受けて行われました。


【本研究に関するお問い合わせ先】

岡崎統合バイオサイエンスセンター・基礎生物学研究所

総合研究大学院大学 生命科学研究科 基礎生物学専攻

分子環境生物学研究部門

教授 井口 泰泉(イグチ タイセン)

TEL: 0564-59-5235(研究室)

E-mail: taisen@nibb.ac.jp

 

【報道担当】

基礎生物学研究所 広報室

TEL: 0564-55-7628

FAX: 0564-55-7597

E-mail: press@nibb.ac.jp

 

総合研究大学院大学 広報社会連携室

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FAX: 046-858-1632

E-mail: kouhou@ml.soken.ac.jp