基礎生物学研究所
2013.05.09
私達ヒトは右眼と左眼の二つの眼を使って、立体視などの高度な視覚を実現しています。右眼と左眼から入力された情報は、大脳の1次視覚野に送られますが、右眼からの情報と左眼からの情報はそれぞれ隣接する領域に入力されることが知られており、この一次視覚野における構造は「眼優位性カラム」と呼ばれています。この眼優位性カラムは、ヒトの他、類人猿やマカクザル、ネコなどの脳に存在することがわかっています。今回、基礎生物学研究所 脳生物学研究部門の仲神友貴と山森哲雄教授らの研究グループは、新たなモデル生物として注目されている新世界ザルに属する小型のサル、マーモセットの大脳皮質にも、眼優位性カラムが存在することの確証を得ました。これは、視覚情報処理研究における新世界ザル・マーモセットの霊長類としての特質と有用性を示す成果です。この成果は2013年4月9日に脳科学専門誌Frontiers in Neural Circuitsに掲載されました。
<はじめに>
ヒトなど、高度な立体視をする生物では、右眼から入力された情報と左眼から入力された情報は、大脳皮質の1次視覚野と呼ばれる部分の隣り合った領域に配信され、高度な情報処理が行われます。つまり、一次視覚野では、右眼からの入力を処理する部分と左眼からの入力を処理する部分とが交互に存在し、縞模様を形成しているように見えます。この縞の構造は「眼優位性カラム」と呼ばれています(図1)。
霊長類は、原猿と真猿に大きく分けられ、真猿はさらに新世界ザルと、ヒトやチンパンジーなどが属する旧世界ザルとに分類されます。原猿や旧世界ザルは、眼優位性カラムの構造をもつことが知られていますが、新世界ザルでは眼優位性カラムの有無はサルの種によるといわれています。最近、新たなモデル生物として注目される小型のサル、マーモセットは、新世界ザルに属します。これまでマーモセットの眼優位性カラムは、幼若な頃には存在する事がわかっていましたが、成体では消失するとする説や、成体でも個体によっては確認できるという説など、確定していませんでした。
<研究の成果>
今回、仲神友貴研究員らは、片方の眼にナトリウムチャンネル阻害剤であるテトロドトキシンを注入して、網膜の活動を数日間停止させた状態で、2日間暗闇で飼育した後、光を照射して、一次視覚野の網膜活動依存的な遺伝子活動の様子を観察するという方法を用いて、マーモセットの成体の1次視覚野に「眼優位性カラム」が存在することを、全例で確証しました(図2)。これは、視覚情報処理研究における新世界ザル・マーモセットの霊長類としての特質と有用性を示す成果です。
図1:視覚情報処理の流れ
眼から得られた情報は、右脳・左脳のそれぞれで外側膝状体を経て、一次視覚野へと投射されます。右眼・左眼の情報は一次視覚野の別々の場所で処理されますが、その投射先は交互に並んでいます。この構造は「眼優位性カラム」と呼ばれています。
図2:片眼の活動を遮断されたマーモセット一次視覚野での、光刺激による最初期遺伝子c-FOSの発現パターン
テトロドトキシンで片眼の活動を遮断すると、一次視覚野には正常な眼からのみ情報が投射されます。この状態では、活動依存的遺伝子であるc-FOSのmRNAは正常な眼の投射先でのみ強く発現し、その発現パターンをin situハイブリダイゼーション法(特定の遺伝子のmRNAと相補性を持ち特異的に結合する探索プローブを用いてその発現量を調べる方法)によって調べると、眼優位性カラムの縞模様を見ることができます。これは、マーモセットで左右の眼からの入力が別のカラムに分かれて投射されていることを示しています。(上)視覚野を含む脳部位の全体像。矢じりの内側が一次視覚野。(下) 上図に円で示した部分を拡大したもの。赤矢印が活動を遮断された眼の投射先カラム。
論文情報:
Frontiers in Neural Circuits 4月9日掲載
論文タイトル
Monocular inhibition reveals temporal and spatial changes in gene expression in the primary visual cortex of marmoset
著者:
Yuki Nakagami, Akiya Watakabe and Tetsuo Yamamori
研究サポート:
この研究は、文部科学省「脳科学研究戦略推進プログラム」の一環として、また、科学研究費補助金 新学術領域「神経細胞の多様性と大脳新皮質の構築」のサポートにより実施されました。
[本件に関するお問い合わせ先]
基礎生物学研究所 脳生物学研究部門
教授 山森 哲雄 (やまもり てつお)
Tel: 0564-55-7615 (研究室)
E-mail: yamamori@nibb.ac.jp
URL: http://www.nibb.ac.jp/divspe1/
[報道担当]
基礎生物学研究所 広報室
Tel: 0564-55-7628
Fax: 0564-55-7597
E-mail: press@nibb.ac.jp