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大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

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プレスリリース概要

2023.06.09

細胞相互のコミュニケーションは細胞間の格差を是正し、細胞社会を頑強にする

自然科学研究機構 基礎生物学研究所
自然科学研究機構 生命創成探究センター
広島大学
 
生物の組織や器官は多くの細胞から成り立つ秩序と機能を持った社会性のある集団です。このような多細胞集団が秩序を持って維持されていくためには、その構成因子である細胞は個々にバラバラに振る舞うのではなく、お互い同士が何らかのコミュニケーションを取り合っていることが大事だと考えられます。細胞相互のコミュニケーションには、個々の細胞が周囲に向けて放出する液性のシグナル分子が関わることが予想されてきましたが、細胞同士が互いにそのような液性のシグナル分子を出し合うことが多細胞集団の機能維持に本当に必要なのか、必要であるとすればどのような役割を果たすのかという点は未だにほとんど明らかになっていませんでした。基礎生物学研究所/生命創成探究センターの畠山宙大大学院生、高田慎治教授らを中心とした研究グループは広島大学/生命創成探究センターの斉藤稔准教授らと共同で、マウスの胚の発生をモデルにして、この問題に取り組みました。

脊椎動物の胴体や尾は、頭側から尾の先端方向に向けて胚が徐々に伸長していくことによって作られていきます。その際、胴体や尾の様々な組織の細胞は胚の最も後端に存在する前駆細胞から作られます。この前駆細胞の集団は、液性のシグナル分子の一つであるWnt3aを互いに放出し合っており、Wnt3aを欠落した胚では、胚の伸長過程の途中で前駆細胞が完全に枯渇し、前肢より後ろの体の組織が全くできません。本研究では、個々の細胞が作り出すWnt3aが、その細胞自身には作用するものの、周囲の細胞には作用しないようにしたマウス胚を人為的に作出し、細胞相互のWnt3aのやりとりが前駆細胞集団の機能や維持にどのように働いているのかを検討しました。この胚では、前駆細胞の数が減少するものの、一部の前駆細胞は維持され、その結果尻尾が細くなっていました。前駆細胞を詳細に調べたところ、正常な胚においても、分化した細胞を生み出す能力には、各々の前駆細胞ごとにある程度のバラツキがありましたが、本研究で作出した胚においては、その格差が拡大していました。またこの胚は、前駆細胞の維持を抑制する周囲からの刺激に対して、極めて脆弱であることもわかりました。これらの結果から、胚の後端の前駆細胞集団においては、Wnt3aによる細胞相互のコミュニケーションは、細胞間の格差の拡大を是正し、細胞社会をより頑強にするものと考えられます。

本研究成果は、2023年4月6日に国際学術誌『Nature Communications』に掲載されました。

fig6.jpg 図 本研究の成果をもとに提唱したWntパラクライン機能を説明するモデル
本研究の成果をもとに、Wntパラクライン機能による尾芽の前駆細胞集団の制御機構を模式的に示しました。ここに示すように、近隣組織から分泌されるレチノイン酸によってWnt/Braの産生は抑制されますが、仮に一部の前駆細胞のWnt活性が低下し始めたとしても、パラクライン機能によって隣接する細胞から供給されるWntがあればこの低下を食い止めることができます。その結果、細胞集団全体の均一性が高まるともに、レチノイン酸のような外部ストレスに対する堅牢性が高まります。