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プレスリリース概要

2022.06.16

ゲノム編集による高効率遺伝子導入ツメガエル作出法の開発 ~両生類の再生能力の謎に迫るための新技術~

自然科学研究機構 基礎生物学研究所
兵庫県立大学

【本研究成果のポイント】
1.     ゲノム編集技術#1を用いてアフリカツメガエル#2における簡便で高効率な遺伝子導入動物作出法#3の開発に成功した。
2.     本方法は両生類の器官再生能力や疾患に関与する遺伝子の機能を解明するための有用なツールとなり、再生医療研究をはじめとする様々な分野の研究への貢献が期待される。

fig.jpg【研究の背景】
両生類の一種であるアフリカツメガエル(Xenopus laevis)#2は、100年以上も前から細胞生物学や発生生物学などの分野において研究に重用されている動物です。これまで、細胞分裂や臓器形成の仕組み、さらにはノーベル賞を受賞したガードン博士によるクローンガエル研究など、生物学上の重要な発見にモデル動物として多大な貢献をしてきました。加えて、幼生(オタマジャクシ)時には高い器官再生能力を持ちますが、変態して成体(カエル)になるとその能力が低下することから、再生医療研究においても大変注目されています。2016年には日本と米国のグループが中心となって全ゲノムが解読され#4、今後もこのカエルは生命科学分野において活躍することが期待されています。ポストゲノム#4後において、生命現象に関与する膨大な数の遺伝子の個々の役割を解明するための、より効率的な解析技術が必要とされていたことから、より簡便かつ高効率な外来遺伝子導入ガエルの作出法を開発しました。
 
【研究の成果】
今回、兵庫県立大学の餅井真准教授ら、基礎生物学研究所の柴田侑毅特任研究員と鈴木賢一特任准教授らの研究チームは、アフリカツメガエルにおいてより簡便で高効率な遺伝子導入(トランスジェニック)動物作出法#3の開発に成功しました。まず研究者チームは外来遺伝子の導入に適したゲノム上の位置(セーフハーバー部位#5)の候補であるtgfbr2l#6遺伝子座を発見しました。次にセーフハーバー部位に外来遺伝子を導入するため、その場所をゲノム編集するCRISPR/Cas9のgRNAとドナーベクターを最適化した結果、高い効率で外来遺伝子である様々なプロモーターと蛍光レポーター遺伝子#7tgfbr2l遺伝子座に“狙って”導入することに成功しました。さらには、次世代子孫でも外来遺伝子のtgfbr2l遺伝子座への導入、そして安定した蛍光レポーター遺伝子の蛍光が確認されました(生殖系列伝播#8)。これらの結果は、アフリカツメガエルにおけるtgfbr2l遺伝子座が実験動物の筆頭であるマウスのRosa26遺伝子座と同等のセーフハーバー部位であることを示唆しています。研究チームは、この遺伝子導入動物作出技術がアフリカツメガエルのポストゲノム研究における起爆剤となるようにNew and Easy (Efficient) Xenopus Transgenesisを略してNEXTransと名付けました。
  
fig1.jpg図1. NEXTrans法の概略図。ドナーDNA(外来遺伝子)はゲノム編集技術を用いることで、ゲノム上の特定領域(セーフハーバー部位)に挿入される。

 fig2.jpg図2. NEXTrans法で作出されたトランスジェニックツメガエル。左: 緑色蛍光タンパク質をエラで発現する個体。右: 赤色蛍光タンパク質を水晶体で発現する個体(赤色矢印)。注)蛍光写真と可視光写真の合成画像。
 
【今後の展開】
ポストゲノム時代においては様々な生物の全遺伝子の情報が直ちに入手可能です。アフリカツメガエルのゲノム情報とNEXTrans法を組み合わせることで、脊椎動物の生命現象に関与している遺伝子の機能に関する研究を一層促進させることが期待できます。本方法によって、両生類の器官再生能力に関与する遺伝子や、疾患に関与する遺伝子を迅速かつ簡便に解析することが可能となりました。今後、両生類が持つ器官再生の仕組みに迫る研究が展開され、再生医療研究を含む多様な分野への貢献が見込まれます。
 
本研究の成果は、Developmental Biology誌に、出版に先立ちPre-proof版が2022年6月9日にオンライン掲載されました。
 
【語句説明】
#1 ゲノム編集技術
CRISPR/Cas9に代表される人工DNA切断酵素によってゲノムDNAにDNA二本鎖切断を誘導し、その修復過程において標的遺伝子への欠失や挿入変異を導入したり、ドナーDNAを用いた外来遺伝子を導入したりする技術。
 
#2 アフリカツメガエル
アフリカ原産のカエルの一種で、学名はXenopus laevis。一生を水の中で過ごし、他のカエルに比べて丈夫で飼育しやすい。そのうえホルモン投与により受精卵を安定して大量に得ることができるため古くから生物学研究に重用されている。
 
#3 遺伝子導入動物(トランスジェニック動物)
ゲノムDNA上に外来遺伝子を導入することをトランスジェネシスと呼び、そのゲノムを有する動物をトランスジェニック動物と呼ぶ(遺伝子組換え動物ともいう)。
 
#4 アフリカツメガエルのゲノム解読(ポストゲノム)
アフリカツメガエルの染色体は2n=36本で、異質四倍体である(異なる二つの近縁種が交雑した結果)。ゲノムDNAは31億塩基対からなり、2016年に日本と米国のグループがその複雑な異質四倍体ゲノム解読に成功した(Session et al. Nature, 2016)。そのため、現在ではゲノムDNA上の全遺伝子情報を誰でも簡単に調べることができる(ポストゲノムとはこの研究状況を指す)。
 
#5 セーフハーバー部位
外来遺伝子を導入(トランスジェネシス)しても、1)不活性化されにくい(安定して外来遺伝子を発現する)、2)導入効率が高い、3)その場所に導入されても生物の発生や成長や繁殖に影響を及ぼさない、4)子孫にその外来遺伝子が伝播(遺伝)する、などの条件を揃えたゲノム上の部位。マウスのRosa26部位が最も有名であり、その部位に遺伝子導入したマウスは生命科学研究において重用されている。セーフハーバーとは英語で「安全な港」の意味を持つ。
 
#6 tgfbr2l部位
アフリカツメガエルTGF beta receptor 2 likeという遺伝子の略。本研究が示すとおりセーフハーバー部位としての必要条件を満たしている。この遺伝子がCRISPR/Cas9により破壊(ノックアウト)されても個体の発生や成長や繁殖に影響を及ぼさない。
 
#7 蛍光タンパク質遺伝子(レポーター遺伝子)
オワンクラゲの蛍光タンパク質であるGreen Fluorescent Protein (GFP)に代表される、紫外線を当てると緑色や赤色の蛍光を発するタンパク質の遺伝子。この遺伝子を導入した生物では生きたままその遺伝子の発現を蛍光により確認でき、遺伝子発現をチェックしたり細胞を追跡したりするために利用されている。これらのレポーター遺伝子をプロモーターやエンハンサーと呼ばれる遺伝子をONにする機能を持つDNA配列と組み合わせて導入することにより、遺伝子導入ツメガエルの体で特定の細胞や組織特異的に蛍光を発するようになる。
 
#8 生殖系列伝播
外来遺伝子がゲノムDNAに導入(トランスジェネシス)された結果、精子や卵にその外来遺伝子が遺伝し、子孫に受け継がれることを指す。
 
【論文情報】
掲載誌:
Developmental Biology(米国発生生物学会誌)
タイトル:
“CRISPR/Cas9-based simple transgenesis in Xenopus laevis”
著者名:
Yuki Shibata1, Miyuki Suzuki1, Nao Hirose2, Ayuko Takayama1, Chiaki Sanbo1, Takeshi Inoue3, Yoshihiko Umesono2, Kiyokazu Agata1, Naoto Ueno1, Ken-ichi T Suzuki1*, Makoto Mochii2*
所属: 1.基礎生物学研究所、2.兵庫県立大学、3.鳥取大学 *は責任著者
DOI: 10.1016/j.ydbio.2022.06.001