基礎生物学研究所
2007.04.05
血液や脳脊髄液に代表される体液(細胞外)中のNa(ナトリウム)濃度は生理的Na濃度(約145 mM)に厳密に保たれています。また細胞内のNa濃度(約15 mM)も、同様に厳密に制御されています。細胞内外のこのNa濃度の勾配は、物質輸送の駆動力になっているだけでなく、神経細胞においては活動電位の発生に主要な役割を担っています。このように生命にとって必須であるNa恒常性を保つため、私たちの体は、塩分・水分の経口摂取と腎臓における排泄・再吸収の制御を統合的に行っています。体液のNaと水のバランスが崩れた時、例えば、長時間の脱水は体液中のNa濃度を上昇させます。この時私たちは、のどの渇きを覚え、水分の補給を行うとともに、塩分摂取を抑制します。それでは、この体液中のNa濃度上昇を、私たちの体はどこでどのようにして感知しているのでしょうか。基礎生物学研究所の野田昌晴教授らの研究グループは、この体液中のNa濃度の上昇を検出するセンサーがNaxチャンネルであり、その部位が脳内の感覚性脳室周囲器官であることをこれまでに明らかにしてきました。Naxは細胞外のNa濃度が上昇した時(閾値は約150 mM)に開くという特異なチャンネル分子です。今回の研究により、Naxは感覚性脳室周囲器官のグリア細胞に発現しており、Na濃度上昇の情報はグリア細胞で検出された後、神経細胞に伝達されるという仕組みが明らかになりました。細胞外液のNa濃度の上昇をグリア細胞上のNaxチャンネルが感知すると、Na+/K+-ATPaseが活性化し、グリア細胞のグルコース(糖)代謝が活性化します。その結果、乳酸が産生され、この乳酸が隣接する神経細胞の発火頻度を調節します。これまでグリア細胞は、神経細胞のサポート役と考えられてきました。しかし脳内のNa濃度の検出では、脇役と思われてきたグリア細胞が主役を果たしており、むしろ神経細胞はグリア細胞によってコントロールされていることが明らかになりました。この成果はグリア細胞と神経細胞の役割の常識を覆す発見として注目されます。また食塩の過剰摂取は高血圧や胃ガン等の疾病リスクを高めることが知られており、食塩摂取行動の制御メカニズムの解明はこれらの疾患のリスク低減につながると期待されます。研究の詳細は2007年4月4日付のNeuron誌オンライン版で先行発表されました