自然科学研究機構 基礎生物学研究所
自然科学研究機構 生命創成探究センター
総合研究大学院大学
基礎生物学研究所/自然科学研究機構 生命創成探究センター/総合研究大学院大学の永岡良太 大学院生、東島 眞一 教授、谷本 昌志 助教らの研究グループは、成魚のゼブラフィッシュが一見じっとしているように見えるときでも、転倒せずに姿勢を保つしくみを明らかにしました。魚は体が少し傾いたときに体をわずかに曲げることで、体内の浮き袋(鰾:うきぶくろ)の相対的な位置を変え、元の姿勢に戻るための復元トルクを生み出して姿勢を維持していることがわかりました(図1)。この発見は、魚類の巧妙な姿勢制御システムの理解を深める重要な成果で、iScience誌に掲載されました。

図1.研究の概要
ゼブラフィッシュ成魚は、左右(ロール)方向に体が傾くと上側になる体側へ体を曲げる。この際、浮き袋(空気で満たされ密度が極めて低い)の体全体に対する相対位置が移動し、重力と浮力の作用軸がずれることで姿勢復元トルクが発生して姿勢回復する。
【研究の背景】
地上に生きる動物は体の筋肉の活動を調整して直立姿勢を保っています。水中で生活する魚も同様に、体が傾いたときに姿勢を立て直す能力を持っています。魚が泳いで姿勢を立て直すことは知られていましたが、静かにしているときにどうやって姿勢を保つのかは近年まで謎に包まれていました。研究グループは2023年に、体長4mm程度の小さなゼブラフィッシュ仔魚が体を曲げることで姿勢を制御することを発見しましたが(プレスリリース:
https://www.nibb.ac.jp/press/2023/03/10.html)、体のサイズや泳ぎ方が仔魚とは大きく異なる大人の魚でも同じ仕組みが働くのかは不明でした。
【研究の成果】
本研究では、ゼブラフィッシュ成魚を独自開発の特殊な傾斜刺激装置に入れて左右(ロール)方向への傾斜刺激を与え、姿勢回復行動を観察しました。その結果、以下のことが明らかになりました:
・ゼブラフィッシュ成魚も仔魚と同様に、左右に体が傾くと上側になる体側へ体を曲げて姿勢回復する(図2、動画1)
・シンプルな生物力学モデルにおいて、この胴体屈曲によって浮き袋(空気で満たされているため密度が極めて低い)の体全体に対する相対位置が移動し、姿勢を戻す力が生まれる
・浮き袋の空気を抜くと体の密度がほぼ一定になるため、胴体屈曲しても姿勢回復できなくなることがモデルから予測される
・モデルから予測されたとおり、浮き袋の空気を抜くと姿勢回復能力が損なわれる(動画2)
・胴体屈曲した姿勢で化学的に固定した魚標本でも、浮き袋が空気で満たされていれば姿勢を戻す力が働く(図3)
これらの結果から、魚は泳がなくても体を曲げるだけで姿勢を静的かつ微細に制御できる巧妙なシステムを持っていることがわかりました。

図2.魚にとって左側が下になるように傾斜刺激を与えると、傾斜時上側(魚にとって右側)に胴体を屈曲させ、姿勢を回復した。

図3.胴体屈曲した状態で化学固定した魚標本を、傾斜時上側に屈曲するよう一定の角度で傾け、水中で解放した際の動態を調べた。浮袋の空気を抜く前の魚は姿勢回復方向に回転した。浮袋の空気を抜いた後の魚は、回転しないか、あるいは緩やかで不規則な方向に回転した。θ1は約20度、θ2は約24度。
【今後の展望】
浮き袋を持つ他の魚種でも同様のメカニズムが働く可能性があり、多くの魚類に共通する基本的な生存戦略として注目されます。また、この発見はヒトを含む脊椎動物における平衡感覚や姿勢保持のメカニズムを比較する上でも、貴重な知見となります。さらに、将来的には水中ロボットなどの開発にも応用できる可能性があります。
【発表雑誌】
雑誌名 iScience
掲載日 2025年9月4日(オンライン版)、19日(Volume 28, Issue 9)
論文タイトル: Biomechanics of static roll posture control by body flexion in adult zebrafish
著者:Ryota Nagaoka, Taisei Katayama, Shin-ichi Higashijima, Masashi Tanimoto
DOI:
https://doi.org/10.1016/j.isci.2025.113416
【研究グループ】
本研究は、基礎生物学研究所 神経行動学研究部門/生命創成探究センター 神経ネットワーク創発研究グループ/総合研究大学院大学 の永岡良太 大学院生、東島 眞一 教授、谷本 昌志 助教、および基礎生物学研究所 神経行動学研究部門/生命創成探究センター 神経ネットワーク創発研究グループ/名古屋大学大学院理学研究科の片山大成 元大学院生により実施されました。
【研究サポート】
本研究は、科学研究費助成事業(JP20K06866、JP23K05983)のサポートにより実施されました。
【本研究に関するお問い合わせ先】
基礎生物学研究所 神経行動学研究部門
生命創成探究センター 神経ネットワーク創発研究グループ
総合研究大学院大学 先端学術院 基礎生物学コース
助教 谷本 昌志(タニモト マサシ)
TEL: 0564-59-5876
E-mail: tanimoto@nibb.ac.jp
【報道担当】
基礎生物学研究所 広報室
TEL: 0564-55-7628
FAX: 0564-55-7597
E-mail: press@nibb.ac.jp
生命創成探究センター(ExCELLS)研究力強化戦略室
TEL: 0564-59-5203
E-mail: press@excells.orion.ac.jp
総合研究大学院大学 総合企画課 広報社会連携係
TEL: 046-858-1629
E-mail: kouhou1@ml.soken.ac.jp