国立大学法人 東北大学
国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)
大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 基礎生物学研究所
国立大学法人 東京大学
【発表のポイント】
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生命維持に不可欠な代謝産物である「S-アデノシルメチオニン(SAM)(注1)」の関連代謝産物のレベルは、飢餓状態でも安定していることを見出しました。
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細胞質に存在するSAM消費酵素グリシンN-メチルトランスフェラーゼ(Gnmt)(注2)がSAM産生阻害時に、核内のユビキチン・プロテアソームシステム(UPS)(注3)経路で分解されることを発見しました。
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本研究は、飢餓などの栄養不足に対する新たな介入戦略の足がかりになり得ます。
【概要】
変化を網羅的に捉えられるようになった近年の生命科学において、大事だからこそ安定的に保たれる、「見かけ上、変化がない因子」は見過ごされることがあります。
東北大学加齢医学研究所の樫尾宗志朗助教(研究当時:東京大学大学院薬学系研究科 助教)と、基礎生物学研究所の三浦正幸所長(研究当時:東京大学大学院薬学系研究科 教授)の研究グループは、栄養不足や代謝産物の産生阻害といった厳しい環境下でも、生命維持に不可欠な代謝物質「S-アデノシルメチオニン(SAM)」の量を安定的に保つ仕組みを明らかにしました。本研究は、生命を支える代謝の恒常性メカニズムを解明し、そのバランスが崩れる代謝破綻
(注4)に対する新たな介入戦略の開発につながる成果です。
本成果は6月24日、Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)に掲載されました。
【詳細な説明】
研究の背景
物質の変化を網羅的に捉えるオミクス解析の発展により、生命科学は飛躍的な進展を遂げてきました。しかし、「見かけ上、変化がない経路」は研究の盲点となることが多く、その背後に潜む制御メカニズムの解明は隠れた課題となっていました。
今回、ショウジョウバエ幼虫と質量分析装置を用い、遺伝学的手法と栄養学的手法とを組み合わせた解析を行いました。飢餓は、外部からの栄養素が著しく不足する状態であり、生存に必要な代謝産物を限られた資源でどのように維持するかが重要な課題となります。飢餓状態でも安定性を示す代謝産物に着目したところ、SAM関連代謝産物のレベルが安定していることが見出されました。SAMは、必須アミノ酸であるメチオニンから作られるメチオニンサイクルの最初の代謝産物であり、メチル化・ポリアミン合成・グルタチオン合成など、生命活動に不可欠な多様な機能を担う代謝物質です。これまで、SAM産生の調節に関わる研究は行われてきましたが、SAMの「消費側」の調節機構についてはほとんど明らかになっていませんでした。
今回の取り組み
研究グループは、SAM代謝の中心的組織であるショウジョウバエ幼虫の脂肪体
(注5)(哺乳類の肝臓・白色脂肪組織に相当)を用いて、SAMを消費する主要な酵素「グリシンN-メチルトランスフェラーゼ(Gnmt)」が、飢餓状況で減少することを見出しました。これまでの研究(
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20160202-2/index.html)でも、SAM合成が妨げられた際にGnmtが減少する現象が見られていましたが、そのメカニズムは長らく不明でした。
今回の研究では、プロテオミクス解析と遺伝学的スクリーニングにより、主に細胞質に存在するGnmtタンパク質の量が細胞核内のユビキチン・プロテアソームシステム(UPS)によって制御されることを発見しました(図1)。このような消費制御により、Gnmtによる過剰なSAM消費を防ぎ、SAM量が安定的に保たれることが示されました。SAMが過剰に消費されると、生体にとって重要なメチル化反応や抗酸化反応に必要なSAMが不足し、細胞機能の低下やストレス応答の破綻を引き起こす可能性があります。
一方、SAM量は体のエネルギー消費にも関わり、SAMの過剰蓄積はエネルギー消費が亢進するため飢餓時の生存が脅かされます。Gnmtの減少に関わる核のUPSが抑制されると、SAM量が減ることでエネルギーの過剰消費が抑制され、飢餓耐性が向上することも明らかとなり、代謝制御が栄養飢餓時の生存戦略に影響する仕組みが浮かび上がりました(図2)。

図1. 消費酵素Gnmtの減少が核内UPSによって制御される
通常状態では、Gnmtは主に細胞質に存在し、SAMを消費している。一方、SAMが産生されない状況ではGnmtは減少し、SAMの消費が抑制される。このGnmtの減少は、核内のユビキチン·プロテアソームシステム(UPS)によって制御されており、核内UPSを阻害するとGnmtの減少は抑制され、核内にGnmtが蓄積する。

図2. 消費酵素Gnmtの核内UPSによる制御がSAMレベルを安定化させる
SAMはメチオニンから産生され、通常状態ではGnmtによって消費されている。一方、飢餓やメチオニンからSAMが作られないような状況下では、細胞質に主に存在するGnmtが核内でUPSによって減少し、消費が抑制されることでSAM量が維持される。
今後の展開
本研究は、大事だからこそ「見かけ上、変化がない因子」の裏に隠された制御メカニズムに光を当てるものであり、生命力を支える基盤的な原理の解明につながります。
今後は、SAMやGnmtの細胞内動態、SAM量を感知するメカニズムの解明が期待されます。このような代謝の恒常性を支える「隠れた制御機構」に光を当てることで、代謝破綻が関わる飢餓、栄養摂取障害、老化、がん病態におけるカへキシア(悪液質)などの理解や、新たな治療介入法の開発にも寄与する可能性があります。
【謝辞】
本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 さきがけ「代謝レジリエンスと破綻から識る生命力」(JPMJPR24N4)、日本学術振興会 科学研究費助成事業(科研費) 若手研究「メタボライトと神経細胞を基軸とした遠隔的組織修復制御機構の解明」(21K15100)、基盤研究(C)「代謝バッファリングを司るタンパク質細胞内局在と分解制御機構の解明」(24K09774)、基盤研究(A)「個体ごとの表現型を決める非細胞死カスパーゼ活性化機構の解明」(21H04774)、学術変革領域研究(A)「無脊椎動物免疫センサーTollによる自己免疫応答の分子機構と生理機能」(23H04766)、基盤研究(A)「個体差を生み出す表現度制御の分子基盤解明」(24H00567)、学術変革領域研究(A)「Tollによる免疫応答の制御と個体差発現の分子機構」(25H01842)、日本医療研究開発機構(AMED) 老化メカニズムの解明・制御プロジェクト「老化臨界期を決める体内機構」(JP21gm5010001)、武田科学振興財団 薬学系研究助成の支援により実施されました。
【用語説明】
注1. SAM:
Sアデノシルメチオニン。必須アミノ酸であるメチオニンから合成されて、ポリアミンやシステイン、グルタチオンの原料となる。DNAやRNAなどの核酸や脂質、種々のタンパク質のメチル化修飾に必要。
注2. Gnmt:
グリシンN-メチルトランスフェラーゼ。哺乳類の肝臓や無脊椎動物の脂肪体に豊富に存在する酵素。アミノ酸であるグリシンにメチル基を付与してサルコシンを合成する反応を担う。この過程でSAMを消費するため、余分なSAMを消費してその量を制御する因子として機能する。ショウジョウバエ、マウス、ヒトで進化的に広く保存されて存在するが、線虫には存在しない。
注3. UPS:
ユビキチン・プロテアソームシステム。細胞内のタンパク質を分解するシステムの1つで、ユビキチンが付与されたタンパク質をプロテアソームが分解する。細胞内のタンパク質恒常性を維持し、細胞の様々な機能を制御するのに不可欠なシステム。様々な疾患や創薬のターゲットとして注目されている。
注4. 代謝破綻:
体内での代謝のバランスが崩れ、本来必要なエネルギーや物質が適切に供給・処理されなくなる状態。飢餓やがん、老化、炎症などに伴って起こり、疲労や病的な体重減少などを引き起こす要因となる。
注5. 脂肪体:
脊椎動物の肝臓と白色脂肪組織と同様の機能を持つ昆虫の器官。アミノ酸や脂質、糖質の代謝に関与する組織であり、細菌感染に対する防御機構にも関わっている。
【論文情報】
タイトル:S-adenosylmethionine metabolism buffering is regulated by a decrease in glycine N-methyltransferase via the nuclear ubiquitin–proteasome system
著者: Soshiro Kashio, Masayuki Miura
*責任著者:東北大学加齢医学研究所 助教 樫尾 宗志朗
基礎生物学研究所 所長 三浦 正幸
掲載誌:Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)
DOI:
10.1073/pnas.2417821122
URL:
http://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2417821122
【問い合わせ先】
(研究に関すること)
東北大学加齢医学研究所
助教 樫尾 宗志朗
(JST事業に関すること)
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