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大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

基礎生物学研究所

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プレスリリース詳細

2022.08.02

細胞内の温度を1ミリ秒以下の分解能で計測可能な高速応答蛍光タンパク質温度センサーB-gTEMP

国立大学法人 大阪大学
自然科学研究機構 基礎生物学研究所

【研究成果のポイント】
◆ 従来の蛍光タンパク質温度センサーに比べて、温度変化に対して40倍以上の応答速度を有する、高速応答性蛍光タンパク質温度センサー“B-gTEMP”を開発した。
◆ 1細胞内の温度分布を1ミクロン以下の空間分解能と1ミリ秒以下の時間分解能で測定することが可能になった。
◆ B-gTEMPを用いたヒト由来細胞内の熱拡散の高速測定により、細胞内の熱拡散率が水の値の1/5と非常に低いことを見いだした。
◆ 生体内や細胞内における未知の熱産生現象を発見する基盤技術となり、医学・創薬研究への貢献が期待される。

【概要】
大阪大学産業科学研究所の永井健治教授、Kai Lu特任研究員(常勤)、和沢鉄一特任准教授、基礎生物学研究所の亀井保博特任准教授、坂本丞特任助教らの研究グループは、 15~50℃の範囲中の温度変化に対して、蛍光※1が高速で応答する蛍光タンパク質※2温度センサー“B-gTEMP”の開発に成功しました。B-gTEMPを導入した細胞を蛍光顕微鏡※3で観察することで、1細胞内の温度分布を1ミクロン以下の空間分解能と1ミリ秒以下の時間分解能で測定することが可能です。さらに、B-gTEMPを用いてヒト由来細胞中の熱拡散率※4測定を行いました。

高速応答性蛍光タンパク質温度センサーの開発にあたり、フェルスター共鳴エネルギー移動(FRET)※5のペアとなる蛍光タンパク質mNeonGreenおよびtdTomatoを連結させた分子デザインを着想しました(図1)。

fig1.jpg
図 1.B-gTEMPの分子デザインと、その蛍光応答。FmNGFtdTはそれぞれmNGとtdTの蛍光強度。

fig2.jpg 図 2.B-gTEMPの蛍光の温度特性。(A)B-gTEMPの蛍光スペクトルの温度変化。mNG:mNeonGreen;tdT:tdTomato。(B)B-gTEMPから測定されたtdTに対するmNGの蛍光強度比の温度特性。

B-gTEMPに青色の励起光を照射することで、mNeonGreenおよびtdTomato両方の蛍光を同時に測定することができます(図2A)。多くの蛍光タンパク質は、温度上昇に伴って蛍光量子収率※6が低下する熱消光※7を示しますが、mNeonGreenに比べてtdTomatoは大幅な熱消光を示します(図2A)。この蛍光測定から得られるmNeonGreen/tdTomatoの蛍光比は低温側で小さい値を、高温度側で大きい値を示すため、これを指標として温度測定が可能です。(図1,2B)。このような蛍光比を通した温度計測では、細胞中における温度センサーの濃度分布の偏りや細胞の厚み不均一さなどの影響を受けずに、高精度な温度測定が可能です。

蛍光タンパク質温度センサーは、その遺伝子を細胞内に導入して細胞に作らせて特定のタンパク質複合体や細胞小器官に局在させることで、細胞内の特定部位の温度変化や温度分布の計測が可能です。蛍光色素、希土類錯体、量子ドット、そして蛍光色素・ポリマー複合体などからも蛍光性温度センサーは開発されていますが、蛍光タンパク質温度センサーは非侵襲で細胞内の温度を測定できる点で最も有用です。従来の蛍光タンパク質温度センサーは、温度変化に伴って起こるタンパク質分子内の構造変化のような大きな変化で誘起される蛍光シグナル変化を利用して温度測定を行うものでした。しかし、そのような蛍光タンパク質温度センサーでは、温度変化が起こってから蛍光シグナルが変化するまで0.1秒以上の時間を要するため、細胞内の速い熱輸送や急激な熱発生などの速い現象を捉えることは困難でした。一方、B-gTEMPでは、tdTomatoの蛍光発色団※8とその周囲のアミノ酸や水分子との衝突頻度が温度の影響を受けることで蛍光強度が変化する、熱消光を利用しています。熱消光は、タンパク質の大きな構造変化が伴わないため、温度変化に対して非常に速く応答します。
 
細胞中の熱の伝わりの速さを調べるため、ヒト由来のHeLa細胞中の熱拡散率をB-gTEMPを用いて測定しました。細胞のようなミクロンサイズの空間における熱の伝わりはミリ秒の非常に速い時間スケールで起こるため、B-gTEMPのような高速応答性温度センサーが必要です。蛍光顕微鏡観察下で、B-gTEMPを発現したHeLa細胞に隣接したカーボンナノチューブに集光したレーザー光を照射して、人工的に急激な熱発生を行いました(図3)。細胞中のB-gTEMPの蛍光観察から、発生した熱が数ミリ秒で細胞の中へ伝わっていく様子を可視化することができました。この蛍光観察データの解析から得られた細胞中の熱拡散率は2.7×10-8 m2/sと水の値の1/5であり、細胞内の熱の伝わりはかなり遅いことが明らかになりました。この低い熱拡散率は、細胞内におけるミクロン~ナノメータースケールでの温度調節や温度勾配の維持に重要であることが示唆されます。

B-gTEMPは、生体内や細胞内における未知の熱産生現象を発見するための基盤技術として、医学・創薬研究にも大きく貢献すると期待されます。

本研究成果は2022年7月7日(木)(日本時間)に米国科学誌「Nano Letters」(オンライン)に掲載されました。

fig3.jpg 図 3.細胞中における熱輸送過程の高速観察。B-gTEMPを発現したHeLa細胞に近接したカーボンナノチューブに集光した赤色レーザー光を照射し、発生した熱の伝達を観察した。

【研究の背景】
生体内で起こる代謝、酵素反応、運動、情報伝達等の多くのプロセスは、温度の影響を受けます。恒温動物である哺乳類では、体内における熱産生によって体温の恒常性が維持されており、脳や内臓、褐色脂肪組織、そして筋肉が主な熱源と考えられています。体内における熱産生のうち、筋肉で起こる「ふるえ熱産生」の仕組みは比較的良く分かっていますが、筋肉以外で起こる「非ふるえ熱産生」の仕組みは解明が進んでいません。特に、「非ふるえ熱産生」は、生活習慣病との関連性も注目されており、近年研究が盛んに行われています。しかし、1個1個の細胞の中で一過的に発生する熱を検出し、熱が細胞中をどのように伝わっていくかリアルタイムで可視化することは、これまで困難でした。

蛍光顕微鏡は光学顕微鏡の一種で、蛍光タンパク質や蛍光色素で標識した細胞や組織を生きたまま観察する研究手段です。蛍光標識した生体試料に対して励起光と呼ばれるある特定の色の光を照射すると、試料から励起光とは異なる色の蛍光が発生し、これを顕微鏡で観察します。温度測定に用いられる蛍光タンパク質温度センサーの大きさはナノメーター程度と小さく、熱容量※9も極めて小さいため、細胞のような非常に小さい測定対象でも、センサーが対象物の温度に影響を与えることなく、対象物の温度測定が可能です。特に、蛍光タンパク質温度センサーは、遺伝子として細胞内に導入して細胞に作らせることで、特定のタンパク質複合体や細胞小器官の標識が可能なので、細胞内温度の非侵襲計測に非常に有用です。しかし、従来の蛍光タンパク質温度センサーは温度変化に対する応答速度が遅かったため、急激な温度変化にも追随できる高速応答性の蛍光タンパク質温度センサーの開発が強く期待されていました。
 
【本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)】
本研究成果を応用することで、細胞小器官での熱産生や細胞内の温度分布を高感度でライブ観察できるようになります。こうした新規ツール開発を通じて、細胞内で起こる未知の熱産生プロセスの解明や、細胞内熱産生が関わる疾病メカニズムの詳細解明が期待されます。
 
【特記事項】
本研究成果は2022年7月7日(木)(日本時間)に米国科学誌「Nano Letters」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Intracellular heat transfer and thermal property revealed by kilohertz temperature imaging with a genetically encoded nanothermometer”
著者名: Kai Lu, Tetsuichi Wazawa, Joe Sakamoto, Cong Quang Vu, Masahiro Nakano, Yasuhiro Kamei, Takeharu Nagai
DOI:10.1021/acs.nanolett.2c00608
 
本研究は、JST戦略的創造研究推進事業CREST「次世代フォトニクス」領域の研究課題「超解像「生理機能」イメージング法の開発と細胞状態解析への応用」(研究代表者:永井健治))、同「オプトバイオ」領域の研究課題「オプトバイオロジーの開発による体液恒常性と血圧調節を司る脳内機構の解明(分担課題;哺乳類用IR-LEGOの開発)」(研究分担者:亀井保博)の一環として行われました。
 
【用語説明】
※1 蛍光
光を吸収し、その光よりも低エネルギー(長波長)の光を放出する物質の性質のこと。mNeonGreenは青緑色光(506 nm)を吸収し、緑色光(517 nm)を放出する。tdTomatoは黄色光(554 nm)を吸収し、橙色光(581 nm)を放出する。
 
※2 蛍光タンパク質
蛍光を発するタンパク質の総称。2008年のノーベル化学賞で知られる下村脩博士らが、1962年にオワンクラゲから初めて単離し、緑色蛍光タンパク質(Green Fluorescent Protein, GFP)と命名した。
 
※3 蛍光顕微鏡
試料の蛍光を観察する光学顕微鏡。光学顕微鏡に、励起光の光源、そして結像光学系に励起光をブロックするための光学フィルタが用いられる。
 
※4 熱拡散率
温度の分布に勾配が存在する時に、高温側から低温側へ熱エネルギーが流れる速さの割合を表す量。
 
※5 フェルスター共鳴エネルギー移動(FRET)
2個の蛍光色素分子がナノメーターオーダーの距離まで近接した時、一方の励起状態の蛍光色素(供与体)の励起エネルギーが他方の蛍光色素(受容体)に移動することで、受容体からの蛍光発光が観測される現象。
 
※6 蛍光量子収率
物質における、吸収する入射光の光子の個数に対する、蛍光として放出された光子の個数の比。
 
※7 熱消光
蛍光を発する物質において、温度上昇に伴って蛍光量子収率が低下し蛍光が暗くなる現象。
 
※8 蛍光発色団
タンパク質等のホスト分子に含まれる原子団で、光を吸収して蛍光を放出する光プロセスが起こる部位。
 
※9 熱容量
ある物体に熱を供給してその温度を1℃上昇させるのに必要な熱量。
 
【参考URL】
大阪大学産業科学研究所永井研究室
https://www.sanken.osaka-u.ac.jp/labs/bse/
 
【発表者のコメント(永井先生コメント)】
B-gTEMPの開発にあたり、当研究室内で様々な種類の蛍光タンパク質を調製し、それらの温度特性を調べることで、熱消光の大きいものとしてtdTomato、熱消光の小さいものとしてmNeonGreenを探し出すことに成功し、B-gTEMP開発に至りました。さらに、カーボンナノチューブと赤色レーザー光による局所瞬間加熱を行う顕微鏡装置を自作し温度応答速度の評価を行うことで、実際にB-gTEMPが優れた高速応答性を示すことを確認できました。この技術開発によって細胞中の熱の伝わりが水のそれよりもかなり遅いという生物物理学的に重要な知見が得られました。

【プレスリリース内容に関する問い合わせ先】
〈研究に関すること〉
大阪大学 産業科学研究所
生体分子機能科学研究分野 教授 
永井 健治(ながい たけはる)
TEL:06-6879-8480
E-mail:ng1@sanken.osaka-u.ac.jp
 
<プレスリリースに関すること>
大阪大学 産業科学研究所 広報室
Tel:06-6879-8524
E-mail:kouhou-staff@sanken.osaka-u.ac.jp
 
基礎生物学研究所 広報室
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