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大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

基礎生物学研究所

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2022.07.29

共生細菌のつくる化合物が大腸菌を活性化 ~有用物質の工業生産効率向上や害虫防除への貢献に期待~

国立大学法人 豊橋技術科学大学
自然科学研究機構 基礎生物学研究所

<概要>
豊橋技術科学大学 エレクトロニクス先端融合研究所 中鉢 淳准教授、応用化学・生命工学系 広瀬 侑准教授らの研究チームは、基礎生物学研究所 亀井 保博特任准教授、近藤 真紀技術職員と共同で、昆虫共生細菌の産生する化合物「ディアフォリン」が、枯草菌の増殖と細胞分裂を抑える一方、大腸菌の増殖と物質生産能力を向上させることを明らかにしました。きわめてユニークな活性で、微生物による有用物質の工業生産効率向上や、新規害虫防除法開発への貢献が期待されます。
 
<詳細>
ミカンキジラミ*1(図A)は、カンキツグリーニング病*2の媒介により世界の柑橘産業に深刻な被害を与える、重要な農業害虫です。腹部に共生専用の器官を持ち、ここに宿主と一体化した共生細菌「プロフテラ」を収納し、親から子へと受け継いでいます。これまでの研究により、プロフテラの産生する化合物「ディアフォリン」(図A)はキジラミ体内に高濃度で含まれ、さまざまな真核生物*3に毒性を示すことが明らかとなっていました。これは、ディアフォリンが真核生物の天敵からミカンキジラミを守る機能を持つことを示唆します。しかし、原核生物*3に対するディアフォリンの活性は不明でした。

そこで今回の研究では、大腸菌*4と枯草菌*5を用いて、原核生物に対するディアフォリンの生物活性を検証しました。その結果、キジラミ体内と同レベルの濃度のディアフォリンが、枯草菌の細胞表層を損傷し、その増殖と細胞分裂を抑制するのに対し、大腸菌の増殖と物質生産能力を向上させることが明らかとなりました(図B, C)。ミカンキジラミには、プロフテラを含め複数の細菌種が共生していますが、いずれも大腸菌に近縁です。ディアフォリンは、キジラミの共生細菌に何らかの利益をもたらす一方、他の系統の細菌の侵入を防ぐことで、細菌叢*6を安定に維持する役割を持つ可能性が示唆されます。ミカンキジラミの共生細菌叢は、宿主昆虫の生存に不可欠であるとともに、カンキツグリーニング病の媒介と密接に関連するため、ディアフォリンの機能解明を進めることで、柑橘病の予防や、新規害虫防除法の開発への貢献が期待されます。また、ディアフォリンは大腸菌の培地体積当たりの物質生産を大きく促進することが示されており(図C)、有用物質の工業生産効率を向上させる新技術の開発も期待されます。
 
<今後の展望>
より多様な細菌に対するディアフォリンの活性を検証するとともに、今回明らかとなった活性の分子機構を解明することで、その応用展開を目指します。
 
<論文情報>
本研究成果は2022年7月27日に米国学術誌「Microbiology Spectrum」にて­オンライン先行発表されました。
Nozomu Tanabe, Rena Takasu, Yuu Hirose, Yasuhiro Kamei, Maki Kondo and Atsushi Nakabachi (2022). Diaphorin, a polyketide produced by a bacterial symbiont of the Asian citrus psyllid, inhibits the growth and cell division of Bacillus subtilis but promotes the growth and metabolic activity of Escherichia coli. Microbiology Spectrum, 2022 Jul 27:e0175722. doi: 10.1128/spectrum.01757-22.
 
fig1.jpg 図A:ミカンキジラミ幼虫。共生細菌プロフテラは腹部の巨大な共生器官に住み、ディアフォリンを産生します。
図B:大腸菌増殖への各濃度ディアフォリンの影響評価。縦軸は培養液の濁度を示し、5 mMのディアフォリンが大腸菌の増殖を促進することが分かります。この他、細胞数の計測、光学顕微鏡像の画像解析、電子顕微鏡による微細構造解析を行い、ディアフォリンが大腸菌細胞の数とサイズの両者を増大させることを明らかにしています。
図C:指標酵素の活性定量に基づく大腸菌の物質生産力評価。5 mMディアフォリン処理により、培養液の単位体積当たり活性が約50%向上しています。

(補足説明)
*1 ミカンキジラミ
「キジラミ」は、アブラムシなどと近縁な昆虫で、世界で約4,000種が知られています。解析に用いた「ミカンキジラミ」は、柑橘類などの師管液を吸い、不治の植物病であるカンキツグリーニング病(補足説明*2参照)を媒介する、重要な農業害虫です。日本の南西諸島をはじめ、アジアの熱帯・亜熱帯地域に広く棲息しますが、近年、南北アメリカ大陸など世界的に分布を広げ、問題となっています。
 
*2 カンキツグリーニング病
病原細菌「リベリバクター」が、ミカンキジラミなどを介して柑橘類に感染することで生じる植物病。この病気にかかると果実が正常に成熟しなくなり、その商品価値は失われてしまいます。治療法はなく、感染した樹は必ず枯死するため、発生した地域の柑橘産業がしばしば大きな打撃を受けます。
 
*3 真核生物、原核生物
我々ヒトを含む動物や植物など、細胞内に核膜に包まれた「核」を持ち、ここにゲノムを収納する生物を「真核生物」と呼ぶのに対し、核を持たず、細胞内に剥き出しのゲノムを保持する生物(=細菌と古細菌)を「原核生物」と呼びます。真核生物と原核生物では、生きる仕組みの異なる点が多く、化合物に対する反応にも多くの違いが見られます。
 
*4 大腸菌
ヒトの腸内などに棲息する細菌。多様な系統があり、ごく一部が病原性を持ちますが、外部からの遺伝子導入や培養が容易で、増殖速度が速いことなどから、学術研究や有用物質の工業生産などに盛んに用いられています。生産の対象は、インシュリン(糖尿病治療薬)、インターフェロン(抗がん剤)、成長ホルモンなどの医薬の他、工業用酵素、アミノ酸、バイオ燃料を含むアルコールなどに及びます。
 
*5 枯草菌
大腸菌とは遠縁の細菌で、自然環境中に広く存在します。一部の系統が納豆の生産に用いられるとともに、やはり遺伝子導入や培養が容易で、増殖速度が速いことなどから、学術研究や、酵素などの有用物質の工業生産に用いられています。
 
*6 細菌叢(さいきんそう)
生態系における細菌類の集団。どのような種がどれくらいいるか、というその組成構造は、それぞれの細菌叢の置かれた微細環境により異なります。
 
 
<研究支援制度等>
本研究は、中鉢 淳 准教授に対する日本学術振興会科研費(課題番号26292174および20H02998)、立松財団平成30年度特別研究助成、長瀬科学技術振興財団2019年度助成、2021年度基礎生物学研究所統合イメージング共同利用研究(課題番号21-417)の支援を受けて実施されました。
  
<本件に関する連絡先>
豊橋技術科学大学
広報担当:総務課企画・広報係 髙柳・岡崎・高橋
TEL:0532-44-6506 FAX:0532-44-6509
Email: kouho@office.tut.ac.jp