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大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

基礎生物学研究所

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2022.06.09

真皮中でコラーゲンを編み込んでいる「織姫」細胞の可視化に成功

皮膚の研究は幅広く行われていますが、実のところコラーゲンを実際に皮膚の中で編込んでいる細胞はどの動物種でも明かされてきませんでした。コラーゲンの編み手となる細胞を明らかにしない限り、皮膚コラーゲンに関する様々な研究は基本情報を欠いたままになってしまいます。 
 
ウーパールーパーの皮膚はヒトやマウスなどと比較しても非常に透明度が高く、小さいウーパールーパーでは中の骨まで見ることができるほどの高い透明度を持っています。この透明度は皮膚のコラーゲンの編み手細胞を可視化するのに非常に大きなアドバンテージとなります。
 
岡山大学異分野融合先端研究コアの佐藤伸准教授、大学院自然科学研究科の樫本玲菜大学院生は、基礎生物学研究所の亀井保博特任准教授、野中茂紀准教授、坂本丞特任助教の協力のもと1細胞イメージング手法を改良し、真皮中において1細胞が編み出すコラーゲンとコラーゲンの編み手細胞の形態を捉える事に成功しました。コラーゲンの編み手細胞は、コラーゲン繊維と同化した格子状の形態をもっていることが分かりました。このような独特の形状を持つ細胞がコラーゲンの編み手として機能していることの発見は、コラーゲンを皮膚の中で編み込んでいる実働細胞をとらえたという観点で非常に重要であると考えられます。今後、同様の細胞がヒトやマウスなどにも存在しているかを探索する予定です。
 
また、ウーパールーパーのもつ皮膚再生能力にも着目して研究を行いました。ウーパールーパーは高い再生能力を持っていることから、これまでは皮膚なども簡単に再生できるものとされてきました。しかし、広島大学渡邊朋信教授の協力のもと、コラーゲンの編み手細胞の形態や繊維性の評価などを行い、皮膚が損傷を受けた場合には完全に元通りには再生できないことが分かりました。また、神経を人為的に配置させればコラーゲン繊維はきれいに再生することも分かりました。今後神経の役割については検討する必要がありますが、神経から出される物質の特定を進めることで、ヒトなどにおいて皮膚コラーゲンの繊維性を回復させることや、皮膚のアンチエイジングなどに役立つ知見が得られると期待できます。
 
本研究成果は、6月6日に、「iScience」のオンライン版に掲載されました。

<現状>
皮膚の研究は非常に幅広く行われており、大きなニーズを持っています。皮膚は表皮と真皮からなる器官ですが、このうちコラーゲンを主に産生するのは真皮に存在する線維芽細胞と呼ばれる細胞です。この皮膚線維芽細胞は、近年、多様であることが分ってきていますが、コラーゲンを皮膚の中で編込んでいる細胞については実のところわかっていませんでした。ヒトを含めて膨大な研究労力を費やしているにもかかわらず、実のところ真皮内でコラーゲンを編み込んでいる細胞がどのような形態で、どのようにコラーゲンを管理しているのかわかっていないことは意外でした。コラーゲンの編み手細胞を捕捉しない限り、コラーゲンの保持や管理、再生などの観点で皮膚研究をこれ以上進めることは難しいと考えらます。

皮膚の中におけるコラーゲンの編み手細胞の捕捉がこれまでどの動物でも達成できなかった一つの大きな要因は、皮膚の不透明度にあります。細胞の可視化には、組織の透明度は非常に重要なファクターです。メキシコサラマンダー(通称:ウーパールーパー)は、非常に高い皮膚透明度を持ち、小さな個体では中の骨まで透視できるほどの透明度を誇ります。また、一つの細胞もヒトやマウスに比べて非常に大きく、大きなものでは長さで哺乳類細胞の10~20倍程度に達するものまであります。本研究では、メキシコサラマンダーの高い透明度と大きな細胞という利点を利用して、コラーゲンの編み手細胞の可視化に挑戦しました。
 
<研究成果の内容>
メキシコサラマンダーの皮膚コラーゲンについてどのような形状でどのような構成をしているか、全く分かっていなかったため、皮膚コラーゲンを通常の顕微鏡で観察しました。真皮から脱細胞処理を行い、真皮の細胞外マトリックス(コラーゲン)のみにしました。観察される構造は極めて繊細かつ優雅に編込まれていました(図1)。 また、より自然な状態でもコラーゲン線維の観察も第二高周波発生(SHG光)という方法を用いて行いました。同様に非常に精巧な格子状の線維が積層した状態を観察することができました。このような幾何学的な紋様を持つ構造が、「ふにゃふにゃ」なイメージのある皮膚線維芽細胞をどのように編み出しているのでしょうか?

fig1.jpgコラーゲンの編み込みを一細胞レベルで可視化するために、私たちはI型コラーゲンとGFPを融合させたタンパク質を発現するベクターのデザインを行いました。デザインしたベクターをメキシコサラマンダーの皮膚に導入して観察を行いました。導入に際しては、導入細胞そのものを可視化するために赤色蛍光タンパク質であるmCherryを導入しました。可視化した細胞と、その細胞が編み出すコラーゲン線維は図2の通りです。格子状のコラーゲン線維は、格子状の細胞仮足をもつ細胞によって編み出されていることが明らかになりました。詳細な観察から、コラーゲン線維と細胞の仮足はきれいに同調して伸展させており、その周囲にコラーゲンを分泌したのちに仮足を抜くことでコラーゲン線維を編み込んでいくことが示唆されました(図3)。このような真皮内における、コラーゲンの編み手細胞の可視化の達成は、知る限り前例のない成果です。数多いる皮膚線維芽細胞の中でも、格子状仮足を持つ細胞がコラーゲンの編み手、すなわち「織姫」細胞として機能していることを証明しました。

fig2.jpgfig3.jpg私たちは、皮膚のコラーゲンの可視化に留まらず、さらに研究を進展させてメキシコサラマンダーの持つ皮膚再生能力の評価を行いました。メキシコサラマンダーは高い再生能力を持つと有名な動物であり、皮膚なども完全に再生できるものとして扱われてきました。しかしこれまでコラーゲン線維に注目した評価はなされてきませんでした。今回明らかにした格子模様の線維性をメキシコサラマンダーが皮膚損傷後に再生できるのかを検討したところ、実際にはコラーゲンの線維性は再生しませんでした。これは、これまでのメキシコサラマンダーの再生に関する知見とは反する観察結果となりました。再生できないコラーゲン線維を回復させる方法を検討し、神経の存在に着目しました。メキシコサラマンダーの各種再生にとって神経は、決定的な役割を果たします。皮膚においても同様の効果が期待できるのではないかと考え、神経を皮膚損傷部に移植したところ、コラーゲンのきれいな格子模様の線維性の回復を観察しました。これによって、損傷部において、神経の存在があれば皮膚の完全再生が可能なことが示唆されました。

今後は神経因子の同定を達成し、さまざまな動物に応用していく方向で検討を加える予定です。
 
<社会的な意義>
本研究における研究上の意義は大きく二つにあると考えます。
①コラーゲンの編み手細胞の可視化 
②皮膚真皮コラーゲンの再生が神経によってコントロールされている事
この二つの発見は今後の皮膚科学に重要な意味を持つと期待できます。まず、コラーゲンの編み手細胞の可視化はこれまでにどの動物でも達成されてきませんでした。これは、皮膚の加齢にともなうコラーゲンの減少や、再生といった面で、どの細胞をターゲットに解析するかを判断する上での大いなる指標となります。

後者のコラーゲン線維の再生は、メキシコサラマンダーの皮膚がヒト同様に再生しない状態から、神経によって再生させられるという結果を鑑みれば、今後のヒトを含めた皮膚再生に意味あるヒントを与えていると考えられます。神経の分泌する因子としては、これまでの研究においてFGFとBMPというタンパク質であることが合理的に予想できることから、今後これらの因子を検討する予定です。よりヒトに近い動物において、同様に皮膚の再生や加齢に伴うコラーゲン線維の損傷を回復させる全く新しいアプローチになる可能性を秘めていると考えています。
 
■論文情報
論 文 名:Lattice-patterned collagen fibers and their dynamics in axolotl skin regeneration
掲 載 紙:iScience
 著   者:Kashimoto R., Furukawa S., Yamamoto S., Kamei Y., Samamoto J., Nonaka S., Watanabe TM., Samamoto T., Sakamoto H., Satoh A.
 D  O  I:10.1016/j.isci.2022.104524
 U  R  L:https://doi.org/10.1016/j.isci.2022.104524
 
■研究資金
本研究は、科研費基盤Bと公益財団法人小柳財団、および基礎生物学研究所 統合イメージング共同利用研究の支援を受けて実施しました

<お問い合わせ>
岡山大学 異分野融合先端研究コア
准教授  佐藤 伸
(電話番号)086-251-8421
(FAX)086-251-8705
(メール)satoha@cc.okayama-u.ac.jp