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大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

基礎生物学研究所

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2020.08.17

植物の新しい環境適応戦略の発見 〜DNA損傷による幹細胞化〜

DNAは生物の遺伝情報を担う、生存に必須な物質です。しかし、自然界には紫外線や化学物質など、DNAを傷つける(損傷を与える)さまざまな要因があることが知られています。DNAが傷つくと、過剰に増殖する癌細胞に変化したり、逆に、必要な増殖ができなくなったりして、生命維持に支障が生じます。そのため、動物は、細胞のDNAが著しく傷つくと、その細胞が自ら消滅する仕組みを持っています。基礎生物学研究所の顾(顧)南(グ ナン)特別共同利用研究員(華中農業大学大学院生)、玉田洋介助教(現宇都宮大学准教授)、長谷部光泰教授らは、広島工業大学今井章裕准教授、華中農業大学の陈春丽(チェン チュンリィ)准教授、チェコ科学院のカレル アンジェリス主任研究員らとの国際共同研究により、コケ植物のヒメツリガネゴケでは、細胞内のDNAが重度の損傷を受けた時、損傷したDNAはほぼ1日で修復され、しかも、回復した細胞が幹細胞へと変化し、新しい芽を再生することを発見しました(図1)。動物では、著しく傷ついたDNAを持つ細胞は消滅し排除されますが、ヒメツリガネゴケでは、傷ついたDNAを修復した後、幹細胞へと変化させ、新しい個体を作りだすという全く異なった応答をしていることがわかりました。動物のように、DNA損傷を受けるような悪い環境から逃げ出すことのできない植物は、損傷を受けた細胞を急速に修復し、幹細胞に変え、新芽を作り新しい植物体が伸びだすことで、悪い環境から逃げ出すことができることがわかりました。植物の新しい環境適応戦略の発見です。この成果は2020年8月17日付けで学術誌Nature Plantsに掲載されます。

fig1.jpg 図1 ヒメツリガネゴケを、DNA損傷を引き起こすゼオシン溶液に6時間浸けた後、ゼオシンを洗い流して培養すると、葉の細胞が幹細胞(中央の写真で出っ張っている細胞、右の写真で光っている細胞)になって伸びだしてくる。中央と右の写真は左の写真の赤枠部分を拡大。
 
【研究の背景】
我々人間は、紫外線による日焼けを防ぐため、日陰に移動します。このように、動物は有害な環境からすぐに逃げることができます。一方、地に根を生やす植物は、悪い環境からすぐに逃げ出すことができません。とりわけ、紫外線や化学物質によるDNA損傷は動けない植物に致命的な影響を与えます。そのため、植物は、動物には無い、過酷な環境を乗り越える独自の仕組みを持っているのではないかと考えられています。

動物も植物も、受精卵が分裂し、増えた細胞がいろいろな性質を持ち、特殊化(専門用語では分化)することで体ができあがります。一方、特殊化した細胞が、受精卵のようにいろいろな性質の細胞を生み出せる細胞(こうした細胞を幹細胞といいます)に逆戻り(リプログラミング)することもできます。コケ植物のヒメツリガネゴケでは、基礎生物学研究所の長谷部教授らを中心とする研究グループの研究から、物理的な傷害によって切り口の分化細胞を高効率に幹細胞に変えられることが知られており、2019年にはステミンSTEMINというたった一つの遺伝子を働かせるだけで分化細胞を幹細胞に変えられることが報告されました(2019年7月のプレスリリース:https://www.nibb.ac.jp/pressroom/news/2019/07/09.html)。
 
【研究の成果】
顾(顧)南(グ ナン)特別共同利用研究員は、細胞損傷の一種であるDNA損傷が幹細胞化にどう機能しているのかに興味を持ち、DNAを傷つける試薬(ゼオシンなど)を投与した条件でヒメツリガネゴケを培養してみました。すると、DNA損傷剤に短時間だけ浸しておくと、分化した葉の細胞が幹細胞に変わり、たくさんの新しい芽(クロロネマと呼ばれる組織)が生えてくることを見つけました(図1)。植物における従来の研究は、損傷を受けた細胞は死んでしまい幹細胞になりませんが、今回の発見は損傷を受けた細胞自身が幹細胞になることが従来の研究との大きな違いです。

DNA損傷剤に6時間浸したヒメツリガネゴケのDNAを観察すると、ずたずたに切れていることがわかりました。ところが、観察を続けると、DNAが約1日でほぼ元の状態に修復されることがわかりました。DNAの修復には、ATMとATRと呼ばれるDNA損傷のセンサーが必要であることが知られていますが、ヒメツリガネゴケにおけるDNA損傷剤によるDNA損傷の修復にはATRが必須であることがわかりました(図2)。さらに、ステミン遺伝子を壊したヒメツリガネゴケでは、DNA損傷による幹細胞形成がおこらないことがわかりました。これらの結果から、DNA損傷を受けた細胞は、ATR経路を中心としてDNAが修復されると、ステミンの働きによって幹細胞に変化することがわかりました(図2)。

動物細胞では、著しいDNA損傷を受けた細胞は細胞死を起こし排除されます。一方、ヒメツリガネゴケでは、DNA損傷を受けた細胞は、DNAが修復された後、新しい個体を作り出す源である幹細胞へと変化します。そして、新しい個体が伸び出すことで、不適な環境から抜け出して、別な環境へと逃げ出すという、動けない植物の環境適応戦略の一つだと考えられます。

 
fig2.jpg
図2 DNA損傷によって新しい個体ができる道筋

【今後の展望】
本研究から、DNA損傷によってDNA修復系が機能し、ステミン遺伝子が働くようになって幹細胞へと変化することがわかりました。しかし、DNA修復がおこるとどうしてステミン遺伝子が働くようになるのかはわかっていません。この点が動物と植物の大きな違いを生み出している点であり、動物に無いような新しい適応進化の仕組みが見つかるのではないかと期待されます。

また、ヒメツリガネゴケを用いてDNA損傷による幹細胞形成の詳しい仕組みがわかることで、これらの仕組みを農作物などに導入すれば、今後の環境変動に伴い増大が懸念されているDNA損傷の増加を克服できるような植物の作出ができるようになるかもしれません。

en_fig1.jpg参考図:DNA損傷を受けた細胞が幹細胞化して伸び出した様子
 
【論文情報】
雑誌名:Nature Plants(ネイチャー・プランツ)
掲載日:ロンドン時間2020年8月17日午後4時掲載(日本時間8月18日午前0時)
論文タイトル:DNA damage triggers reprogramming of differentiated cells into stem cells in Physcomitrella
著者:Nan Gu, Yosuke Tamada, Akihiro Imai, Gergo Palfalvi, Yukiko Kabeya, Shuji Shigenobu, Masaki Ishikawa, Karel J. Angelis, Chunli Chen, and Mitsuyasu Hasebe
DOI: https://doi.org/10.1038/s41477-020-0745-9
 
【研究グループ】
本研究は、基礎生物学研究所の顾(顧)南(グ ナン)特別共同利用研究員(華中農業大学大学院生)、玉田洋介助教(現宇都宮大学准教授)、長谷部光泰教授らを中心として、広島工業大学今井章裕准教授、華中農業大学の陈春丽(チェン チュンリィ)准教授、チェコ科学院のカレル アンジェリス主任研究員らとの国際共同研究として実施されました。
 
【研究サポート】
この研究は、科学研究費補助金(JP16K14760、JP18H04790、JP19H05274、18H04846、16H06378)、頭脳循環を加速する戦略的国際研究ネットワーク推進プログラム、基礎生物学研究所個別共同研究(18-345、19-313)などの支援を受けて行われました。
 
【本研究に関するお問い合わせ先】
宇都宮大学 工学部 基盤工学科 生命分子光学研究室
准教授 玉田洋介(タマダ ヨウスケ)
(旧所属:基礎生物学研究所 生物進化研究部門助教)
TEL: 028-689-6133
E-mail: tamada@cc.utsunomiya-u.ac.jp
 
基礎生物学研究所 生物進化研究部門
教授 長谷部 光泰(ハセベ ミツヤス)
TEL: 0564-55-7546
E-mail: mhasebe@nibb.ac.jp
 
【報道担当】
基礎生物学研究所 広報室
TEL: 0564-55-7628
FAX: 0564-55-7597
E-mail: press@nibb.ac.jp
 
宇都宮大学広報・地域連携室
TEL: 028-649-5201
E-mail: kkouhou@miya.jm.utsunomiya-u.ac.jp
 
広島工業大学 広報連絡先
TEL: 082-921-3123
FAX: 082-921-8934
E-mail: kouhou@it-hiroshima.ac.jp