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大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

基礎生物学研究所

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2019.10.16

有害赤潮藻シャットネラの遺伝子配列を解読し、データベースを公開

国立研究開発法人水産研究・教育機構
自然科学研究機構 基礎生物学研究所

  • 有害赤潮藻シャットネラの遺伝子配列を解読しました。
  • 遺伝子発現量を指標に赤潮藻の生理状態を診断し、赤潮の発達・衰退を予測する技術開発につながります。

西日本の沿岸域を中心に赤潮が頻発しており、養殖業に甚大な被害が発生していますが、赤潮藻を直接駆除することは規模やコストなどの面から困難です。そこで、現場では被害を最小限にとどめるために、有害赤潮藻の分布が常時監視されており、細胞密度が基準値を超えたら直ちに養殖している魚への餌止めや生簀避難などの対策が講じられています。そのため、赤潮の発達や衰退を正確に予測する技術が強く求められています。

水産研究・教育機構瀬戸内海区水産研究所の紫加田 知幸主任研究員らは、自然科学研究機構基礎生物学研究所の内山郁夫助教らと共同で、有害赤潮ラフィド藻シャットネラ・アンティーカ(下図)からRNAを抽出し、次世代シーケンサーを用いて大量の遺伝子配列を解読することに成功しました。独自に開発した遺伝子解析プログラムなどを用いて、赤潮の発達・衰退に影響する光合成、光受容、栄養塩の取り込み、活性酸素産生などに関与する遺伝子の配列を明らかにしました。

今回得られた情報は、遺伝子の発現量を指標として赤潮藻の生理状態を診断し、赤潮の発達・衰退を予測する技術開発の基礎となります。この成果は、令和元年7月31日にFrontiers in Microbiology誌より公表されました。(https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fmicb.2019.01764/full
また、今回解読したシャットネラの遺伝子配列を検索するためのウェブサイト(http://hab.nibb.ac.jp)を公開しました。このサイトでは、各遺伝子配列について推定された機能、発現量に加えて、他生物の遺伝子との比較解析結果などが閲覧できるほか、BLASTを用いた類似配列の検索が可能です。

本研究は基礎生物学研究所 統合ゲノミクス共同利用研究の一環として行われました。
 
【研究の背景】
西日本の沿岸域を中心に赤潮が頻発しており、養殖業に甚大な被害が発生しています。長年、世界中で赤潮藻を直接駆除する方法が検討されてきましたが、未だ実用的な技術は開発されていません。一方で、養殖している魚への餌止め、生簀避難、早期出荷や足し網は赤潮被害を軽減する効果があり、現場で活用されています。ただし、これらの対策は赤潮が発生する直前に実施しなければならない、直前策です。直前策は養殖魚の成長や品質の低下などのリスクもあり、いわば苦肉の策です。そのため、現場の状況からより早く有害赤潮の発達や衰退を正確に予測する技術が強く求められています。

赤潮の発生予測に関する研究開発も長年進められてきましたが、実用レベルには到達していません。赤潮の発達を予測するには、赤潮藻の増殖や遊泳力を知る必要がありますが、これらを常時物理的かく乱のある現場において簡便に計測する技術はいまだ確立されていません。また、赤潮藻の増殖や遊泳力には長期的な環境履歴が大きく影響すると考えられるため、水温や栄養塩濃度などの外部環境だけからこれらを正確に推察することも困難です。このため、赤潮藻の増殖や遊泳力を推定する新しい技術を開発することが課題となっています。
 
【研究の成果】
瀬戸内海区水産研究所・有害有毒藻類グループは、赤潮藻の生理状態を遺伝子やタンパク質の発現量によって推定する技術を開発すること目指しています。そのためにまず同グループは基礎生物学研究所の共同利用研究のサポートを受けて、立命館大学、水産大学校、埼玉大学と共同で、赤潮藻シャットネラ・アンティーカ(図1)の遺伝子配列を次世代シーケンサー**によって網羅的に解読しました。大量のデータを用いることにより、他の赤潮藻を対象として行われた先行研究と比べて、完成度の高いデータを得ることができました。

また、これらの遺伝子の中から、シャットネラの赤潮発生に関連する遺伝子の候補を探索しました。これまでの研究によりシャットネラの赤潮発生に重要と考えられている生理特性として、窒素やリンが豊富な環境で活発に増殖すること、特定の波長の光を感知して日周鉛直移動を行うことで昼間は表層で光合成を行い、夜間は底層の栄養塩を吸収することができること、活性酸素を大量に産生して他の微生物の増殖を抑制することが知られています。本研究により、窒素やリンの取り込みや代謝、光シグナルの受容、光合成、活性酸素の産生などに関わる遺伝子配列を同定しました。

さらに、それらの遺伝子配列を他の藻類を含む様々な生物と比較することにより、シャットネラ遺伝子固有の特徴を持つかどうかを検討しました。その結果、いくつかの興味深い遺伝子を見いだすことができました。その代表的な成果として、シャットネラの魚毒性に関与すると考えられている活性酸素***を産生する酵素NADPHオキシダーゼ(NOX)****が挙げられます。シャットネラで同定されたNOX遺伝子群は、他の生物における相同遺伝子とは区別されるグループを形成し、酸素分子を還元する膜貫通領域を多数有していました(図2)。同様の特徴は、同じく赤潮を形成して魚をへい死させる別系統の藻類(渦鞭毛藻)であるカレニア・ミキモトイのNOXにおいても認められました(図2)。
 
【今後の展望】
今回得られた情報は、遺伝子の発現量を指標として赤潮藻の増殖,遊泳力および魚毒性を推察する技術開発の基礎となります。今後、生理状態の指標となる可能性のある遺伝子について、異なる環境条件下で分裂速度、遊泳の速度や方向および曝露した魚の致死量と同時に発現量を計測することなどにより、検証および絞り込みの作業を進めていきます。また、取得データは専用のwebサイトを開設して、バイオインフォマティクスの専門家ではない研究者でも簡単に閲覧・検索できる形式で公開しました。これによりたくさんの研究者がシャットネラについて様々な角度・視点で解析を行い、本生物の理解が深化することが期待されます。
 
【用語解説】
シャットネラ・アンティーカ
ラフィド藻に属し、高密度化すると養殖している魚介類をへい死させます。極めて魚毒性が高く、これまで西日本各地で赤潮を形成して甚大な漁業被害をもたらしてきました。

**次世代シーケンサー
ランダムに切断された大量のDNA断片の塩基配列を同時並行的に決定することができる機器。本研究ではシャットネラから抽出したRNAをcDNAに変換後、基礎生物学研究所の次世代シーケンサーIllumina Hi-seq 2000を用いて解読しました。

***活性酸素
酸素分子がより反応性の高い化合物に変化したものの総称。スーパーオキシド、ヒドロキシルラジカル、過酸化水素、一重項酸素などが含まれます。シャットネラは活性酸素を大量に産生する能力を持っており、魚毒性にも関与すると考えられています。

****NADPHオキシダーゼ
細胞膜や食胞膜上に存在し、酸素分子を還元して活性酸素の一種であるスーパーオキシドを産生する酵素。
 
 
fig1.jpg
図1.シャットネラ・アンティーカの顕微鏡写真


fig2.jpg図2.NADPHオキシダーゼ遺伝子の分子系統樹と膜貫通領域の数.ピンク色がシャットネラ・アンティーカ、緑色がカレニア・ミキモトイのNADPHオキシダーゼ遺伝子.それらの一部は膜貫通領域を多数有していた(矢印).スケールバーは進化的距離

【研究グループ】
本研究は水産研究・教育機構瀬戸内海区水産研究所・有害有毒藻類グループの紫加田知幸主任研究員、坂本節子主任研究員を中心として、基礎生物学研究所 生物機能解析センターの西出浩世技術職員、内山郁夫助教、亀井保博特任准教授、重信秀治教授、立命館大学の高橋文雄講師、水産大学校の山﨑康裕講師、埼玉大学の湯浅光貴氏(博士課程2年)、西山佳孝教授からなる共同研究グループにより実施されました。

【本件照会先】
国立研究開発法人 水産研究・教育機構
瀬戸内海区水産研究所 環境保全研究センター    
紫加田 知幸 TEL:0829-55-3695
持田 和彦 TEL:0829-55-3764

自然科学研究機構 基礎生物学研究所
ゲノム情報研究室
内山 郁夫
TEL:0564-55-7629
E-mail: uchiyama@nibb.ac.jp