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大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

基礎生物学研究所

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2019.09.24

哺乳類と鳥類におけるSOX9機能の保存性の比較解析 〜軟骨形成と精巣形成でそれぞれの保存性を持つ〜

東京医科歯科大学
自然科学研究機構 基礎生物学研究所
 

SOX9 (SRY-box9)は、哺乳類の性分化や軟骨形成に必須の役割を持つ転写因子です。ヒトでは、SOX9遺伝子の突然変異は重篤な骨格形成異常や性転換を引き起こすことが知られており、SOX9遺伝子の機能や疾病との関連についてはヒトやマウスを使った研究が精力的に行われてきました。今回、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科システム発生再生医学分野の淺原弘嗣教授と基礎生物学研究所生物機能解析センターの重信秀治教授による研究グループは、国立成育医療研究センター研究所、東京大学定量生命科学研究所、山形大学医学部メディカルサイエンス推進研究所、広島大学両生類研究センターらのグループとの共同研究で、ChIP-seq※1という手法を用いて、哺乳類のマウスと鳥類のニワトリの間で軟骨形成および精巣形成におけるSOX9の働きを比較しました。その結果、軟骨においては2分子のSOX9が複合体を形成してSOX配列※2が2つ並んだパリンドローム配列に結合する一方で、精巣ではSOX9は単独のSOX配列に結合するという、細胞種特異的な結合形式が、マウスとニワトリに共通に見出されました。さらに、この2種の生物間でのSOX9の標的遺伝子群の保存性は、軟骨形成では高いが精巣形成では低いということが分かりました。これらの知見は、脊椎動物におけるSOX9転写因子の機能と遺伝子発現制御の進化について新たな洞察を与えるものです。この研究は文部科学省科学研究費補助金、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)および米国国立衛生研究所の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Scientific Reportsに、2019年8月29日付けで掲載されました。
 
【研究の背景】
SOX9という転写因子※3は、哺乳類では胎児期の軟骨形成と精巣形成に深く関わることが知られおり、ヒトにおけるこの遺伝子の変異は重篤な骨格形成異常や性転換(雄性→雌性)を引き起こします。軟骨形成におけるSOX9の働きは、哺乳類と離れた種でも良く似ていることが報告されており、例えば哺乳類においてSOX9はCOL2A1という遺伝子の制御を介して正常な軟骨形成に関わりますが、この働きはゼブラフィッシュでも報告されています。しかし、ツメガエルの精巣形成の過程ではSOX9が機能していなかったり、メダカでSOX9の働きを消失させるとヒトとは逆の性転換(雌性→雄性)が起こったりするなど、軟骨形成に比べて性腺形成におけるSOX9の働きは脊椎動物の間でも保存性が低い事が示唆されていました。また、近年、ChIP-seq※1という手法を用いてSOX9の働きを調べる研究が成果を上げており、SOX9の働きやその保存性が、マウスをはじめとする複数の哺乳類の間で詳細に分かってきていました。しかし、これらを哺乳類以外の脊椎動物と比較した網羅的な解析はありませんでした。
 
【研究成果の概要】
研究グループは、発生学的に同時期のマウス胎児とニワトリ胎児の肢芽と精巣をサンプルとしてSOX9抗体でChIP-seq※1を行い、軟骨形成および精巣形成においてSOX9がそれぞれの種、それぞれの組織の細胞で結合しているDNAの情報を解析しました。軟骨形成においては、2分子のSOX9が複合体を形成した状態で、標的遺伝子の転写開始点※4から遠い位置に存在するパリンドロームSOX配列に結合する事が、その機能を発揮する上で重要であると哺乳類を用いた研究で分かっていますが、今回の研究により、この結合様式がマウスだけでなく鳥類であるニワトリでも保存されていることが分かりました。

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図)ニワトリ胎児の肢芽においてSOX9が結合している塩基配列の解析結果
SOX配列が逆向きに2つ並んだ特徴的なパリンドロームSOX配列と一致する
 
一方で精巣形成では、SOX9同士の複合体形成の重要性は低く、SOX9は他のパートナー因子と複合体を形成するなどして標的遺伝子の転写開始点※4から比較的近い位置に存在する単独のSOX配列に結合することが、やはり哺乳類の研究で分かっていますが、こちらもニワトリでも同様であることが分かりました。つまり、その機能が発揮される細胞の種類によってSOX9の結合形式が変化するという性質が、マウスとニワトリという二種の脊椎動物間で保存されていると考えられます。
 
続いて研究グループは、SOX9の結合領域が発現制御に関与していると考えられる遺伝子を抽出し、また、RNA-seq※5という手法を用いてRNAが多く発現している遺伝子を調べる事で、それぞれの種、それぞれの組織においてSOX9が実際に制御している標的遺伝子を推定しました。この解析によると、軟骨細胞ではSOX9が多くの軟骨形成関連遺伝子をマウスとニワトリで共通に制御しており、軟骨形成におけるSOX9の標的遺伝子群が良く保存されていることが分かりました。一方で、精巣においてSOX9が両種に共通で制御している性腺形成関連遺伝子はAMH※6だけでした。

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表)マウスとニワトリの軟骨細胞におけるSOX9の共通標的遺伝子には多くの軟骨形成関連遺伝子を含む

【研究成果の意義】
本研究は、マウスとニワトリ、すなわち哺乳類と鳥類という系統的に離れた脊椎動物の間で、SOX9が重要な働きをする軟骨形成および性腺形成におけるその機能を直接比較した初めての研究です。背景となる細胞によるSOX9の結合形式の変化やその標的遺伝子群の保存性を二種の間で詳細に解析した今回のデータは、発生に関わる転写因子の働きやその遺伝子ネットワークの進化について新たな知見をもたらすものです。
 
【用語解説】
※1 ChIP-seq
クロマチン免疫沈降法 (chromatin immunoprecipitation: ChIP) と次世代シークエンサーを組み合わせた手法で、転写因子のゲノム上での結合部位を,ゲノムワイドかつ網羅的に解析することができる。
※2 SOX配列
SOX遺伝子群が結合する特徴的な塩基配列で、(A/T)(A/T)CAA(T/A)Gであることが分かっている。逆配列はC(A/T)TTG(T/A)(T/A)となる。(T/Aは、TもしくはAを表している)
※3 転写因子
標的遺伝子のDNAに特異的に結合するタンパク群で、DNA上のプロモーターやエンハンサーといった転写を制御する領域に結合し、標的遺伝子のDNAをRNAに転写する過程を制御する。
※4 転写開始点
 DNAがRNAに転写される最初の部位。
※5 RNA-seq
 次世代シークエンサーを用いたRNA発現量の網羅的解析手法。
※6 AMH
抗ミュラー管ホルモン(Anti-Mullerian Hormone)を司る遺伝子で、精巣の正常な発達に不可欠である。
 
【論文情報】
掲載誌:Scientific Reports
論文タイトル:Comparative analysis demonstrates cell type-specific conservation of SOX9 targets between mouse and chicken
 
 【研究者プロフィール】
淺原 弘嗣 (アサハラ ヒロシ) Asahara Hiroshi
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
システム発生・再生医学分野 教授
・研究領域
分子生物学(遺伝子発現)、発生・再生医学、整形外科学、リウマチ学
 
重信 秀治 (シゲノブ シュウジ) Shuji Shigenobu
基礎生物学研究所
生物機能解析センター 教授
・研究領域
ゲノム科学、進化生物学、共生生物学
 
【問い合わせ先】
<研究に関すること>
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
システム発生再生医学分野
淺原弘嗣 (アサハラ ヒロシ)
TEL:03-5803-5015 FAX:03-5803-5810
E-mail:asahara.syst@tmd.ac.jp
 
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重信秀治 (シゲノブ シュウジ)
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E-mail:shige@nibb.ac.jp
  
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