English

大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

基礎生物学研究所

ニュース

プレスリリース詳細

2017.09.20

植物細胞の大きさを決めるサイコロゲームを発見

 植物の葉は色々な大きさの細胞でできています。一番外側にある表皮の層は、特に細胞の大きさがバラバラです。岡崎統合バイオサイエンスセンター/基礎生物学研究所の川出健介特任准教授は、東京大学大学院理学系研究科の塚谷裕一教授(岡崎統合バイオサイエンスセンター 客員教授)との共同研究により、葉の表皮細胞における核内倍加*1という現象が、サイコロゲームのようにランダムに起こっていることを発見しました。さらに、核内倍加が起こるたびに細胞は一定の割合で大きくなるという、表皮細胞が独自に設けている成長促進ルールも見つけました。そして、このふたつにより、表皮のバラバラな細胞の大きさをコンピューター上で再現することに成功しました。これらの成果は、2017年9月19日に科学雑誌PLOS ONE誌に掲載されました。

 

*1核内倍加

 細胞は2つに分裂する前に核の中にあるDNAを2倍にしておき、分裂するときにそれを均等に二分する。これにより、DNA量は元に戻る。しかし、DNAが2倍になったにも関わらず分裂しないことがあり、それを核内倍加と呼ぶ。組織によって異なるが、DNAの倍加に応じて核、さらには細胞が大きくなる傾向にある。

 核内倍加の作用で果実が大きくなる例も知られているので、農業的にも重要な現象だが、起こる仕組みは不明な部分が多い。

 

fig1.jpg

図1. シロイヌナズナの葉の表皮細胞(左)と柵状組織の細胞(右)の図

 

細胞の大きさに合わせて黄色(小さい)から赤色(大きい)に色づけしている。ジグソーパズルのような形をした表皮細胞の大きさはバラバラだが、丸い柵状組織の細胞は大きさが揃っている。スケールバーは100 µm。

 

【研究の背景】

 細胞は生物の体をつくる基本単位であり、どのような大きさになるかは厳密にコントロールされています。したがって、体の組織ごとに、一定の大きさに揃うのが一般的です。ところが、一見すると決まった大きさは無く、様々な大きさの細胞で構成される組織も存在します。例えば、研究によく使われるシロイヌナズナという植物の葉では、表皮細胞の大きさがバラバラです(図1)。なぜ、このように色々な大きさの細胞ができあがるのでしょう。これまでの研究から、核内倍加の起こった回数と細胞の大きさに密接な関係があることは知られていました。しかし、核内倍加の起こる仕組みや、それに応じてどれくらい細胞が大きくなるのか、という点についてはよく分かっていませんでした。そのような状況だったので、表皮細胞の大きさがなぜバラバラになるのか、という疑問は残されたままでした。

 

【研究の成果】

 研究グループは核内倍加が起こる仕組みを理解するため、シロイヌナズナの葉で細胞ごとに核内倍加が何回起こったか調べた実験データ(Katagiri et al., 2016)を統計的に解析しました。その結果、核内倍加は、各細胞で平均して1.12回ランダムに起こるポアソン過程*2と呼ばれる現象であることを見つけました(図2)。この発見により、核内倍加が起こる様子をシンプルな数式で表すことにも成功しました。さらに、核内倍加が一回起こるたびに、細胞は上から見た面積で1.5倍大きくなるという、表皮細胞独自の成長促進ルールも明らかにしました。

 

*2ポアソン過程

 事象がランダムに起こるときに見られる確率論的なプロセスで、サイコロゲームのようなもの(図3)。

 

 次に、ランダムな核内倍加と成長促進ルールを組み合わせて、表皮細胞1,000個の大きさを数理モデルによる計算で推定しました。その結果、実際に観察される細胞の大きさのバラつきをうまく再現できました。また、核内倍加を起こす回数が増えるシロイヌナズナ変異株の場合でも、サイコロゲームのあたり目が出る確率、もしくは、サイコロを振る回数を調節することで、実際の細胞の大きさのバラつきを再現できました。以上の成果を踏まえて、表皮細胞の大きさがバラバラになるのは、サイコロゲームのように無作為に核内倍加が起こり、それに応じて一定割合で成長促進が起こるからだと結論付けました。「神はサイコロを振らない」というアルベルト・アインシュタイン博士の言葉は有名ですが、葉ではサイコロゲームがあるようです。

 

fig2.jpg

図2. 葉の表皮細胞で核内倍加が起こる確率(実測値)とランダムに起こる場合の推定確率(ポアソン分布)のグラフ

核内倍加の起こる確率(実測値)がポアソン分布による推定値とよく似ているのが分かる。

 

fig3.jpg

図3. 表皮細胞に見られるサイコロゲーム

最初のDNA量(2Cと表す)から、核内倍加が起きると倍のDNA量(4C)になる。この際、核内倍加が起きるかどうかは、サイコロを振ってあたり目が出るかどうか、というように確率論的に決まる。そして、このサイコロゲームを繰り返すことで核内倍加が進行し、最大で16倍のDNA量になる(32C)。表皮細胞ではこのDNA量に応じて細胞の大きさが決まるので、結果として様々な大きさの細胞が現れる。

 

【今後の展望】

 本研究では、表皮細胞が大きさを決めるときに用いるサイコロゲームを明らかにしました。しかし、具体的にどのような分子がサイコロゲームを構成しているのかは、未だに分かっていません。このような確率論的な振舞いをする分子機構を明らかにすることで、細胞が成長する仕組みをより深く理解できるはずです。

 また、このようなサイコロゲームを進める際には、ある程度の確率のゆらぎが生じます。サイコロゲームで言うところの「ツイてる/ツイていない」という状況です。細胞の成長という根本的な生命システムにおいて、このようなゆらぎは時として好ましくありません。そこで、このゆらぎを抑える工夫や、逆にうまく利用する工夫があると考えられます。これは、今回の研究で構築した数理モデルを発展させるとともに、様々な条件のもと核内倍加と細胞サイズの関係を調べることで、明らかにできると考えています。

 さらに今回の成果は、核内倍加の特性を活用して農作物の有用形質を育種する場合に、どのような戦略を取るべきかという重要な指針を与えるものでもあります。

 

【発表雑誌】

科学雑誌 PLOS ONE(プロス ワン) 2017年9月19日 掲載

論文タイトル:Probing the stochastic property of endoreduplication in cell size determination of Arabidopsis thaliana leaf epidermal tissue.

著者:Kensuke Kawade and Hirokazu Tsukaya

https://doi.org/10.1371/journal.pone.0185050

 

【研究グループ】

本研究は、岡崎統合バイオサイエンスセンター/基礎生物学研究所の川出 健介 特任准教授、東京大学大学院理学系研究科/岡崎統合バイオサイエンスセンターの塚谷 裕一 教授による共同研究グループの成果です。

 

【研究サポート】

本研究は、岡崎統合バイオサイエンスセンター・BIO-NEXTプロジェクト、文部科学省科学研究費助成事業・新学術領域「植物発生ロジック」や若手(B)、公益財団法人 住友財団 基礎科学研究助成の支援のもと行われました。

 

【本研究に関するお問い合わせ先】

基礎生物学研究所 植物発生生理研究室

特任准教授 川出 健介

TEL: 0564-59-5883

E-mail: kawa-ken@nibb.ac.jp

 

【報道担当】

基礎生物学研究所 広報室

TEL: 0564-55-7628

FAX: 0564-55-7597

E-mail: press@nibb.ac.jp

 

東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室

TEL:03-5841-0654 

E-mail:kouhou.s@gs.mail.u-tokyo.ac.jp