基礎生物学研究所
2017.01.10
国立大学法人 筑波大学
大学共同利用機関法人自然科学研究機構 基礎生物学研究所
国立大学法人 北海道大学
学校法人 関西医科大学
国立研究開発法人 理化学研究所
国立大学法人筑波大学 生命領域学際研究(TARA)センター 篠塚裕子研究員、林誠助教および小林悟教授は、基礎生物学研究所 重信秀治特任准教授、北海道大学 佐藤昌直助教、関西医科大学 伊藤誠二教授、理化学研究所バイオリソースセンター 杉本道彦 開発研究員(研究当時、現 熊本大学助教)、阿部訓也 チームリーダーと共同して、ショウジョウバエとマウスの生殖細胞の形成に、共通してovoと呼ばれる遺伝子が必要であることを明らかにしました。
ショウジョウバエの産卵直後の卵の後端には「生殖質」と呼ばれる特殊な細胞質が分布しており、これを取り込んだ細胞が生殖細胞になります。一方、この細胞質を取り込まなかった細胞は、個体の体を作る体細胞注1)になります。これまで、生殖質には生殖細胞の形成に必須な遺伝子をオンに(活性化)する転写制御タンパク質が含まれていると考えられてきましたが、その実体は不明でした。
今回、そのタンパク質がovo遺伝子から産生されるOvoタンパク質であること、そのタンパク質は生殖質を取り込んだ細胞の核の中に分布し、「生殖細胞でオンになる遺伝子」の活性化に関わるだけでなく、「体細胞でオンとなる遺伝子」を不活性化することも明らかになりました。すなわち、Ovoタンパク質は、遺伝子制御を通して、生殖質を取り込んだ細胞が生殖細胞になることを促すとともに、その細胞が体細胞になるのを妨げていると解釈できます。実際に、ショウジョウバエにおいて、Ovoタンパク質の働きを抑えると生殖細胞の形成が異常となります。さらに特筆すべきことは、系統的にショウジョウバエとは遠い関係にあるマウスにおいても、同様の構造を持つovo遺伝子(ovol2)の働きが生殖細胞の形成に必要であることを明らかにした点です。以上の成果は、多くの動物の生殖細胞形成に共通する遺伝子制御機構の存在を示唆しており、この研究が生殖細胞形成の共通原理を導く第一歩になると期待されます。
本研究の成果は、2017年1月6日付「Scientific Reports」で公開されました。
*本研究は、科学研究費補助金 新学術領域研究 「配偶子産生制御」(研究期間:平成25~29年度)によって実施されました。
【研究の背景】
動物における生殖細胞の形成様式は、大きく2つに分けられます。その一つは、「前成的」様式です。この様式をもつショウジョウバエでは、卵の後端に分布する「生殖質」を取り込んだ細胞のみが生殖細胞になります。さらに、その生殖質を体細胞に取り込ませると、その細胞は生殖細胞になることがわかっていました。このことは、生殖質中には、取り込まれた細胞の中で働いて、「体細胞になるな」、「生殖細胞になれ」と命令する分子が存在していることを物語っています。一方、「後成的」様式をもつマウスなどの哺乳動物では、細胞の外から「生殖細胞になれよ」と呼びかける分子(シグナル分子)が存在します。この分子の働きにより、体のすべての細胞になれる能力をもつ細胞群から、生殖細胞がつくられます。このようにショウジョウバエとマウスでは形成様式が大きく異なることから、生殖細胞の形成は異なるメカニズムによって制御されていると考えられていました。
しかし、形成様式の違いを問わずに、生殖細胞ではvasa, nanosやpiwi遺伝子のスイッチがオンになることが知られていました。これらは生殖細胞を特徴づける遺伝子という意味で、「生殖細胞のマーカー遺伝子」と呼ばれています。おそらく、これらマーカー遺伝子のスイッチをオンにするタンパク質(転写制御タンパク質)が生殖質に分布しており、この働きにより、生殖細胞の形成に関わる遺伝子群が活性化され、生殖細胞形成が進行すると推察されています。
本研究グループは、このような転写制御タンパク質がマウスの生殖細胞中においても産生され、この分子の働きにより、生殖細胞の形成が進行するのではないかと考えました。今回、この考えを強力に支持する成果が得られました。
【研究内容と成果】
まず、ショウジョウバエにおいて、生殖質に分布する転写制御タンパク質を探し出す研究を開始しました。その結果、生殖質中に分布しており、生殖細胞のマーカー遺伝子のスイッチを入れるのに必要な転写制御タンパク質の候補としてOvoタンパク質を同定しました(参考文献1)。この成果を踏まえ、本研究では、以下の2つのことを明らかにしました。
第1に、Ovoタンパク質は、生殖質を取り込んだ細胞の核の中に分布していることがわかりました。ほぼすべての遺伝子セットが格納されている核の中に分布することから、Ovoタンパク質は、この細胞の中で遺伝子制御をおこなっていると考えられます。
第2に、Ovoタンパク質は、生殖質を取り込んだ細胞の中で、「生殖細胞でオンになる遺伝子」のスイッチを入れる(活性化)とともに、「体細胞でオンになる遺伝子」のスイッチを切る(不活性化)のに必要であることがわかりました。このことは、Ovoタンパク質は、遺伝子制御をとおして、生殖質を取り込んだ細胞が生殖細胞になることを促すとともに、その細胞が体細胞になるのを妨げていることを物語っています。実際に、Ovoタンパク質の働きを抑制すると、生殖質を取り込んだ細胞が生殖細胞になる過程に異常が観察されました。
これらの成果は、ショウジョウバエで明らかになりましたが、系統的に遠い関係にあるマウスにおいても、同様の構造を持つOvoタンパク質(Ovol2)が、生殖細胞の形成に関わることがわかりました。すなわち、ショウジョウバエとマウスの生殖細胞形成に共通して、Ovoタンパク質の役割が保存されていることが初めて明らかになったのです。(図参照)
【今後の展開】
遺伝子制御に関わるOvoタンパク質が、系統的に離れた関係にあるショウジョウバエとマウスにおいて同様の機能を果たすという事実は、多くの動物の生殖細胞形成に共通する遺伝子制御機構の存在を示唆します。今後、マウスを含め、多くの動物の生殖細胞形成過程について、Ovoタンパク質により制御される遺伝子の保存性を明らかにすることにより、生殖細胞形成の共通原理が見出されるものと期待されます。
【参考図】
図 ショウジョウバエとマウスにおけるOvoタンパク質の機能
【用語解説】
注1) 体細胞 生殖細胞以外の個体の体を作る細胞の総称。
【参考文献】
1. J. Yatsu, M. Hayashi, M. Mukai, K. Arita, S. Shigenobu and S. Kobayashi (2008) Identification of maternal RNAs encoding transcription factors required for germline-specific gene expression in Drosophila embryos.
Int. J. Dev. Biol., 52, 913-923.
【掲載論文】
【題 名】 Conserved role of Ovo in germline development in mouse and Drosophila.
(マウスとショウジョウバエの生殖細胞発生過程におけるOvoタンパク質の保存された役割)
【著者名】 M. Hayashi, Y. Shinozuka, S. Shigenobu, M. Sato, M. Sugimoto, S. Ito, K. Abe and S. Kobayashi
【掲載誌】 Scientific Reports 6, 40056; doi:10.1038/srep40056 (2017).
【問合わせ先】
小林 悟(こばやし さとる)
筑波大学 生命領域学際研究センター 教授
〒305-8572 茨城県つくば市天王台1-1-1
E-mail: skob@tara.tsukuba.ac.jp
Tel: 029-853-5881