基礎生物学研究所
2015.12.24
自然科学研究機構 基礎生物学研究所
自然科学研究機構 生理学研究所
温度でオスとメスが決まるミシシッピーワニの性決定の仕組みには
TRPV4チャネルが関与する
ワニなど一部の爬虫類は、卵発生中の環境温度によって性が決まることが知られています。しかしながら、発生中の胚が、環境温度をどのように受容し、オス化あるいはメス化していくのか、そのメカニズムは明らかとなっていませんでした。岡崎統合バイオサイエンスセンター・基礎生物学研究所・分子環境生物学研究部門/総合研究大学院大学の谷津遼平大学院生、宮川信一助教、荻野由紀子助教、井口泰泉教授、岡崎統合バイオサイエンスセンター・生理学研究所・細胞生理研究部門の齋藤茂助教、富永真琴教授及び米国サウスカロライナ医科大学の河野郷通助教とLouis J. Guillette Jr教授らを中心とする国際研究グループは、北海道大学、鳥取大学、Innovative Health Applicationsとともに、ミシシッピーワニでは、温度センサータンパク質であるTRPV4チャネルが、環境温度によって性が決まる仕組みに関与することを見出しました。この研究成果は2015年12月18日に科学雑誌サイエンティフィック・リポーツ(Scientific Reports)誌に掲載されました。
ミシシッピーワニの卵と孵化の様子
【背景】
動物のオスとメスがどのように決まるのか、その性決定メカニズムはこれまで多くの動物を対象として研究が行われ、多様な性決定様式が明らかとなってきました。例えば、我々ヒトを含む多くの動物は、性染色体(ヒトではX染色体とY染色体)の組み合わせなど、遺伝的な要因によって性が決まります。一方で、ワニやカメなど一部の爬虫類では、卵発生中の環境温度によって性が決まることが1966年から知られていました。これは「温度依存型性決定」と呼ばれています。(私たちの身近な動物では、クサガメやニホンヤモリが温度依存型性決定を行うことが知られています)。このような温度依存型性決定はユニークな現象として報告されてきましたが、そのメカニズムなどの詳しい研究はほとんど行われていませんでした。
基礎生物学研究所、生理学研究所及び米国サウスカロライナ医科大学を中心とする国際研究グループは、米国南西部に広く生息するミシシッピーワニ(別名アメリカアリゲーター)をモデルとして性決定と環境温度について共同研究してきました。ミシシッピーワニは、33.5˚Cで孵卵すると卵は全てオスに、30˚Cでは全てメスになります(図1)。この現象をもとに、本研究では、卵発生中の胚がどのように外部温度を感じるのか、温度受容因子の実体の探索と、その仕組みの解明を目指しました。
図1 爬虫類における温度依存型性決定の例; ミシシッピーワニは比較的高温でオスが産まれるのに対し、カメ類では低温でオスとなる。さらに、ワニは33-34˚C前後で100%オスになる。このように、特定の温度域を受容して性決定が行われる。
【研究成果】
動物は様々な温度を感じて生きています。ある特定の温度を感じるセンサータンパク質として、TRPイオンチャネルが知られています。このタンパク質は、温度や種々の生理活性物質により活性化され、その結果、カルシウムイオンが細胞内に流入し、温度など環境情報に依存した反応を細胞内に引き起こします。本研究では、TRPチャネルを、温度依存型性決定において環境温度を感じる分子の候補として、解析を進めました。
TRPチャネルは複数あり、それぞれ受容温度域が異なることが知られています。ワニの性決定時期の生殖腺では、5種類のTRPチャネル遺伝子が働いていることが分かりましたが、なかでもTRPV4というTRPチャネルが一番顕著に存在していました。TRPV4チャネルは哺乳類では30˚Cから34˚C付近の温度を受容することが報告されており、これは、前述のワニの温度依存型性決定と関連する温度域に相当します。実際にTRPV4チャネル遺伝子をワニからクローニングし、どのような温度域で活性化されるかを調べたところ、ワニのオスが産まれる温度付近で活性化されることが分かりました。
TRPV4チャネルが本当にワニの性決定に関与しているかどうか、野生のワニの卵を採取して実験を行いました。卵に、TRPV4チャネルの阻害剤あるいは活性化剤を塗布し、オスになる温度とメスになる温度で卵を育て、数週間後に性分化への影響を調べました。その結果、TRPV4チャネルの活性を操作することで、特にオス化に重要な遺伝子(抗ミュラー管ホルモン遺伝子やSOX9遺伝子)の働き方(発現)が変化することが明らかになりました。さらに、オス産生温度で孵卵しても、TRPV4チャネルの阻害剤を塗布すると、メス化(生殖腺が卵巣化や卵管の発達など)した個体が認められました(図2)。以上の結果から、ワニの性決定(特にオス化)では、TRPV4イオンチャネルが環境温度を感じる実体として関与すると結論づけました。
図2 TRPV4チャネル阻害剤を塗布した卵をオスになる温度で育てた場合、オス化に重要な遺伝子が変化することが明らかになり、メス化(卵巣化や卵管の発達など)した個体が認められました。
図3 ワニの温度依存型性決定のモデル図;ワニのTRPV4チャネルはオスが産まれる温度付近で活性化され、イオンシグナル伝達を介してオス化に重要な遺伝子の発現を調整することによってオス化(精巣形成)を促進するというモデルを提唱しました。
【本研究の意義と今後の展望】
次世代シークエンサーなどの技術革新によって、多くの動物で性決定に関連する遺伝子が明らかとなってきました。一方で、温度依存型性決定を行う動物は、性決定が遺伝型に規定されないため、そのような技術が使えません。また、ワニなどの大型爬虫類では、培養技術や遺伝子操作は未だ未発達であり、飼育設備やその生態などから、実験室での研究そのものが困難です。本研究では、国内の多くの研究者及び米国の研究機関と国際共同研究グループを形成することにより、研究を実施することが出来ました。
性決定の多様性は、多くの種の確立やその繁栄のために大切な分子基盤です。したがって、オスになるかメスになるかという、生物にとって最も大切な現象が、なぜ温度という不安定な環境要因によって決まるのか、生態学的、進化学的な興味は尽きません。実際、昨今の地球温暖化により、性比がどちらかに偏ってしまうのではないかとも懸念されています。本研究結果は、動物の性決定様式の多様性や、環境と生物の間の相互作用を考えるうえで、発生学・生態学・環境学に大きく貢献できると思われます。
【発表雑誌】
サイエンティフィック・リポーツ(Scientific Reports) 2015年12月18日号掲載
論文タイトル:TRPV4 associates environmental temperature and sex determination in the American alligator.
著者:Ryohei Yatsu, Shinichi Miyagawa, Satomi Kohno, Shigeru Saito, Russell H. Lowers, Yukiko Ogino, Naomi Fukuta, Yoshinao Katsu, Yasuhiko Ohta, Makoto Tominaga, Louis J. Guillette Jr, and Taisen Iguchi
【研究グループ】
本研究は,基礎生物学研究所・分子環境生物学研究部門/総合研究大学院大学の谷津遼平大学院生、宮川信一助教、荻野由紀子助教、井口泰泉教授、生理学研究所・細胞生理研究部門の齋藤茂助教、福田直美氏、富永真琴教授、米国サウスカロライナ医科大学の河野郷通助教、Louis J. Guillette Jr教授、Innovative Health ApplicationsのRussell H. Lowers博士、北海道大学の勝義直教授、鳥取大学の太田康彦教授らを中心とする研究グループによって実施されました。
【研究サポート】
本研究は,日本学術振興会科学研究費助成事業(科研費)、基礎生物学研究所ボトムアップ型国際共同研究事業等の支援を受けて行われました。谷津遼平大学院生は、日本学術振興会特別研究員として本研究に従事しました。
【本件に関するお問い合わせ先】
岡崎統合バイオサイエンスセンター・基礎生物学研究所
分子環境生物学研究部門
教授: 井口 泰泉 (イグチ タイセン)
TEL: 0564-59-5235 (研究室)
E-mail: taisen@nibb.ac.jp
助教: 宮川 信一 (ミヤガワ シンイチ)
TEL: 0564-59-5238 (研究室)
E-mail: miyagawa@nibb.ac.jp
【報道担当】
基礎生物学研究所 広報室
TEL: 0564-55-7628
FAX: 0564-55-7597
E-mail: press@nibb.ac.jp