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大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

基礎生物学研究所

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2013.01.24

道具を使った随意運動中の大脳神経細胞の活動パターンが明らかに 〜神経活動パターンからの行動予測にも成功〜

基礎生物学研究所の松崎政紀教授と平理一郎大学院生の研究グループは、東京大学大学院医学系研究科(河西春郎教授、狩野方伸教授、喜多村和郎准教授)、玉川大学脳科学研究所(礒村宜和教授)との共同研究により、マウスが道具を使う運動を行う際の、大脳皮質運動野の数十個の神経細胞の活動を同時に計測することに成功しました。その結果、行動に関わる平均8個の神経細胞から成る微小な神経ネットワークを見いだし、この神経細胞集団の活動のパターンから、マウスが行動を起こすタイミングの予測にも成功しました。本研究は、練習を繰り返すとどうして私たちは運動がうまくなるのかという運動学習のメカニズムや、パーキンソン病などの神経・精神疾患での大脳神経細胞活動の異常機構を明らかにするための重要な一歩です。この成果は、北米神経科学会誌「The Journal of Neuroscience」2013年1月23日号に掲載されます。

 

<研究の背景>

私たちは、朝起きると歯ブラシを上手に使いながら歯を磨くことができます。少し練習すればiPadで次から次へと指タッチで画面を変えることができます。このような自己の意思、意図に基づく運動のことを随意運動と呼びますが、この行動中に、私たちの脳の中の神経細胞はどのような活動をしているのでしょうか。随意運動を制御する大脳の領域は前頭葉にある運動野として知られています。行動を制御する脳の働きを理解するためには、運動野の神経細胞の活動の把握が不可欠ですが、これまでの知見の殆どは電極を用いた計測によるもので、電気記録した細胞がどの細胞なのか“見る”ことが難しく、記録した細胞の脳内での微細分布の解析が困難でした。ここ数年、2光子顕微鏡という脳の比較的深い層まで生きたまま“見る”ことができる顕微鏡を用いて、神経細胞内のカルシウムイオンの濃度を光として測定することにより、複数の神経の活動を一度に把握することが可能になってきました。この“2光子カルシウムイメージング法”によって、マウスの毛づくろい、走行、舌なめ、ヒゲ運動などに関連する運動野神経細胞の微細分布は明らかになってきましたが、レバーを引いたりカーソルを動かしたりなどの、手(前足)を使って道具を操作する難度の高い随意運動に関連する細胞の微細分布は調べられていませんでした。

 

<本研究における成果>

研究グループは、マウスに、前足を使ってレバーを引くと水がもらえる、という課題を学習させ、2光子顕微鏡を用いて、その運動を行っている時の大脳皮質運動野の神経細胞の活動を、数十個同時に計測することに成功しました。そして、レバー引きに関連して活動を示す多数の神経細胞の分布の詳細を明らかにしました。(図1)。その結果、レバーを引いている時に最も強く反応する神経細胞群は、直径70μm程度、平均8.3個からなる微小な神経ネットワークを形成していることを見出しました。また、この領域の神経細胞集団の活動パターンから、マウスがレバーを引くタイミングの行動を予測することに成功しました(図2)。

 

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図1 マウスが前足を使ってレバー引きを行なっている(左上)期間に、運動野の2光子カルシウムイメージングを行うと、多数の神経細胞(左下、楕円形が1個1個の神経細胞)の活動を計測できる。右にあるようにレバー引き(紫色)に同期して蛍光上昇を示す細胞が多数発見できた。

 

 

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図2 自発的な運動のためレバー引きの間隔はまちまちであるにも関わらず(灰色)、神経細胞の時々刻々変化する活動パターンからレバーの動きを予測すると、かなりの正確さで実際のレバー引きを予測できた(黒)。

 

<今後の展望>

本研究により、動物が道具を使った運動を行う際の大脳皮質の神経細胞集団の活動パターンが明らかとなりました。また、動作を反映する、神経細胞同士の微小なネットワークが存在することがわかりました。本研究は、大脳皮質の微小な神経ネットワークの存在が、随意運動の行動の発現に重要であることを示すもので、私たちが日々道具を使った運動を学習して、安定して行動できるようになることの脳における局所的な回路動作の一端を明らかにするものです。パーキンソン病を含む神経疾患では、神経ネットワーク形成に異常がある可能性があり、神経細胞活動と運動疾患の関連性を明らかにするための重要な一歩です。さらに、脳が持つ高い学習・適応能力の生物学的メカニズムの解明にも役立つことが期待されます。

 

 [論文情報]

北米神経科学会誌「The Journal of Neuroscience」2013年1月23日号

論文タイトル:Spatiotemporal Dynamics of Functional Clusters of Neurons in the Mouse Motor Cortex during a Voluntary Movement

著者:Riichiro Hira, Fuki Ohkubo, Katsuya Ozawa, Yoshikazu Isomura, Kazuo Kitamura, Masanobu Kano, Haruo Kasai, and Masanori Matsuzaki

 

 [研究グループ]

本研究は、基礎生物学研究所 光脳回路研究部門の松崎政紀教授と平理一郎大学院生らが中心となって、東京大学大学院医学系研究科(河西春郎教授、狩野方伸教授、喜多村和郎准教授)、玉川大学脳科学研究所(礒村宜和教授)との共同研究として実施されました。

 

[研究サポート]

本研究は、JST戦略的創造研究推進事業CREST「脳神経回路の形成・動作原理の解明と制御技術の創出」、文部科学省科学研究費補助金、豊秋奨学会、三菱財団、武田科学振興財団、文部科学省脳科学研究戦略推進プログラムのサポートを受けて実施されました。

 

[本件に関するお問い合わせ先]

基礎生物学研究所 光脳回路研究部門

教授: 松崎 政紀 (マツザキ マサノリ)

〒444-8585 愛知県岡崎市明大寺町字西郷中38

Tel: 0564-55-7680

E-mail: mzakim@nibb.ac.jp 

ホームページ http://www.nibb.ac.jp/circuits/

 

[報道担当]

基礎生物学研究所 広報室

倉田 智子

TEL: 0564-55-7628

FAX: 0564-55-7597

E-mail: press@nibb.ac.jp