English

大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

基礎生物学研究所

ニュース

プレスリリース詳細

2012.10.06

霊長類の神経回路を可視化する新しいツールを開発

自然科学研究機構・基礎生物学研究所の山森哲雄教授・渡我部昭哉准教授らと福島県立医大の小林和人教授・加藤成樹講師、及び京都大学、東京大学、国際医療福祉大学の共同研究チームは、新しい高発現ウイルスベクター(逆行性TET-Offベクター)を用いることで、特定の部位に投射する神経細胞の全体像を可視化する新たな方法を開発しました。この手法では、抗体染色をすることなく、蛍光タンパク質を直接「見る」ことにより、樹状突起や軸索まで詳細に観察することができます。このウイルスベクターを、霊長類である新世界ザル(*1)のマーモセットの大脳皮質に注入したところ、1 cm(細胞体の大きさの約1000倍)の距離を超えて、反対側の大脳皮質に投射する皮質神経細胞を可視化することに成功しました。本研究成果は、米国科学誌プロスワン(10月5日号電子版)(http://www.plosone.org)で公開されます。なお、本研究は、文部科学省脳科学研究戦略推進プログラムの一環として、また科学研究費補助金などの助成を受けて行われました。

 

*1 新世界ザル:新世界ザルは、中米から南米大陸に生息するタマリン、マーモセットを含むサルの仲間。これに対し、ニホンザル、チンパンジーなど、アジア、アフリカ大陸に生息するサルは旧世界ザルと呼ばれる

 

<本成果のポイント>

  • 脳のさまざまな神経細胞を自在に“可視化”する遺伝子導入法を開発しました。
  • 効率の良い発現増幅法の採用により、樹状突起から軸索まで詳細な形態が可視化できました。
  • この方法を使って、霊長類のモデル生物であるマーモセットの大脳皮質対側投射神経細胞の形態を調べることに成功しました。

 

[研究の背景]

脳はさまざまな種類の神経細胞が複雑に配線した神経回路から成り立っています。ヒトに代表される霊長類の脳では、「大脳皮質」と呼ばれる神経回路が特によく発達しています。神経細胞の樹状突起や軸索が驚くほど複雑な形態をしていることは、19世紀後半に開発されたゴルジ染色法により初めて明らかになりました。その後、形態を調べる手段として、遠く離れた脳部位間の神経連絡を調べることのできる「神経トレーサー技術」や、一つ一つの神経細胞を詳細に調べることのできる「色素注入法」、また最近では、蛍光タンパク質の遺伝子を導入する手法など、さまざまな手法が開発されています。これらの技術を使って、脳の各部位に存在する神経細胞と、それらが構成する神経回路に関する知見はこの100年で飛躍的に深まりましたが、未だに多くの謎が残されています。特に高度な精神活動の基盤だと考えられている霊長類の大脳皮質は、構造的にも機能的にも場所によって分化の程度が著しく、それぞれの場所において、どんな種類の神経細胞が存在し、それぞれどのような形態をして、どのように互いに連結しているのか、まだまだ十分な情報は得られていません。

 

[研究の内容]

文部科学省脳科学研究戦略推進プログラム(脳プロ)では、霊長類でも使える遺伝子操作技術の開発に取り組んできました。その成果の一つが、高頻度逆行性遺伝子導入 (highly efficient retrograde gene transfer , HiRet)ウイルスベクターです。共同研究チームは、この逆行性ウイルスベクターを使って霊長類脳に蛍光タンパク質遺伝子を導入し、特定の脳部位に投射する神経細胞の全体像を可視化することに挑戦しました。しかし、従来のHiRetウイルスベクターでは蛍光タンパク質の発現量が低いために、複雑な神経繊維の全体像を見ることは不可能でした。そこで発現を増幅するために、TET-Offシステムを組み込んだ新しい逆行性ベクターシステム(以降逆行性TET-Offベクターと呼びます)を構築しました。(図1参照)。このシステムを用いる事で蛍光タンパク質が大量に作られ、神経細胞の微細構造の観察が可能となりました。

 

fig1.jpg

図1

 

こうしてできた逆行性TET-Offベクターを、マウスのいくつかの脳部位に注入し、大脳皮質の神経細胞に蛍光タンパク質を作らせました。その結果を示したのが、図2です。大脳皮質は、層状の構造を取るのですが、今回テストした三つの脳部位(図2, 左下)につながる大脳皮質神経細胞は、それぞれ特徴的な神経繊維パターンを示します。このパターンはこれまでの研究からの知見と一致しており、期待通り逆行性に効率よく神経細胞の全体を標識するウイルスベクターが作られたことが分かりました。

 

fig2.jpg

図2

 

 次に、この逆行性TET-Offベクターが霊長類脳でも使えるのかどうかを確かめるために、新世界ザルのマーモセットで実験を行いました。マーモセットの大脳皮質は、マウスより大きく、大脳皮質内部でのつながり方も複雑さを増しています。図3のようにマーモセット大脳皮質に逆行性TET-Offベクターを注入したところ、1 cm(細胞体の約1000倍)離れた反対側の大脳皮質で、蛍光タンパク質によって可視化された神経細胞を確認できました(図3)。

 

fig3.jpg

図3

 

[今後の展開]

 これまでにも神経細胞の形態を調べる方法は、いくつかありましたが、今回の方法の特徴は、蛍光トレーサーと同じように、特定の脳部位に注入するだけで、その部位に投射する神経細胞群の全体像を可視化できることです。この方法を使って、霊長類脳の神経細胞を可視化することができました。今後は、注入の仕方を工夫することで、霊長類脳の神経回路を構成するさまざまな神経細胞の形態が明らかになるものと期待できます。また高レベルの蛍光タンパク質発現が可能となったので、神経細胞を生きたまま観察するライブイメージングができる可能性があります。霊長類だけではなく、遺伝子改変マウスや病態モデルの神経細胞の形態変化をスクリーニングする手法としても有効だと考えられます。

 

 

- 論文名(雑誌名、発行年月日等)

Visualization of cortical projection neurons with retrograde TET-Off lentiviral vector

「逆行性TET-OFFレンチウイルスベクターによる大脳皮質ニューロンの可視化」

 プロスワン 10月5日号

 

- 著者名

 渡我部昭哉1、加藤成樹2、小林和人2、高司雅史1、仲神友貴1、定金理1、大塚正成1、日置寛之3、金子武嗣3、奥野浩行4、川島尚之4、尾藤晴彦4、北村義浩5、山森哲雄1

 

1: 自然科学研究機構 基礎生物学研究所、2: 福島県立医科大学、3: 京都大学大学院 医学研究科 高次脳形態学教室、4:東京大学 医学系研究科 脳神経医学専攻 神経生化学教室、5: 国際医療福祉大学 基礎医学研究センター

 

Akiya Watakabe1, Shigeki Kato2, Kazuto Kobayashi2, Masafumi Takaji1, Yuki Nakagami1, Osamu Sadakane1, Masanari Ohtsuka1, Hiroyuki Hioki3, Takeshi Kaneko3, Hiroyuki Okuno4, Takashi Kawashima4, Haruhiko Bito4, Yoshihiro Kitamura5 and Tetsuo Yamamori1

 

- 研究詳細の問い合わせ連絡先等

渡我部 昭哉 watakabe@nibb.ac.jp

山森 哲雄 yamamori@nibb.ac.jp

 

- 逆行性ウイルスベクターについての問い合わせ連絡先等

加藤成樹 skato@fmu.ac.jp

小林和人 kazuto@fmu.ac.jp

 

- 基礎生物学研究所についての問い合わせ連絡先

広報室

Tel: 0564-55-7628

Fax: 0564-55-7597

E-mail: press@nibb.ac.jp

 

-文部科学省 脳科学研究戦略推進プログラムに関するお問い合わせ

脳科学研究戦略推進プログラム 事務局

担当:大塩

TEL:03-5282-5145/FAX:03-5282-5146

E-mail: srpbs@nips.ac.jp