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プレスリリース詳細

2012.01.11

メダカは生物学的1/fゆらぎを利用してミジンコを捕らえる! ~捕食者と被食者の関係性を数理モデルとして定式化することに成功~

 捕食性動物は、素早く動き回る獲物を正確に捕らえることができます。狩りを行うとき、捕食者は生きている被食者とその周囲のオブジェクトとの区別を、リアルタイムで行う必要がありますが、このとき捕食者は持てる感覚器を総動員して生きている獲物を認識しています。特に視覚系は多くの場合決定的な役割を果たしています。視覚を通じて、大きさ、形状、色、そして動きを識別して周囲の無関係なオブジェクトと、狩るべき獲物とをリアルタイムで区別します。例えば水棲環境において動物プランクトンを捕食している小型魚類は、水中を漂う多くの粒子や破片と区別する必要があります。しかしながら、どのようなパラメータによって区別しているのかは、これまで謎に包まれていました。今回、基礎生物学研究所の渡辺英治准教授と松永渉研究員は、捕食者である小型魚類(メダカ)が被食者である動物プランクトン(ミジンコ)を捕らえる際のメダカの視覚系の働きに着目して研究を行い、メダカはミジンコの運動パターンから生き物特有の動きを瞬時に抽出し、これをハンティングに利用していることを明らかにしました。ミジンコの運動パターンの数理モデル化と最新のバーチャルリアリティ技術により、この生き物特有の動きは生物学的1/fゆらぎで特徴づけられることが分かりました。この成果は1月11日に英科学総合論文誌 Scientific Reports  (サイエンティフィック レポーツ)にて発表されました。より効果的な釣りの方法や漁法開発などに活用出来る可能性があります。

 

[研究の成果]

 これまで当該分野の研究が進展しえなかった最大の理由は、実験者が生きている被食者のパラメータを自在に制御することができなかったことにあります。例えば、生きているミジンコの大きさ、形状、色、そして動きを研究者が自在に変化させ制御することは不可能です。渡辺准教授の研究グループは、これを数理モデルの導入によって解決しました。被食者であるミジンコの動画データを数理モデル化し、これをコンピュータプログラミングによってパソコンのディスプレイ上に再現し、メダカの捕食行動の解析を行うことに成功したのです(図1)。

 

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【図1】バーチャルプランクトンシステム。被食者であるプランクトンを計算機上で合成し、捕食者に提示する。各種プランクトンのパラメータを自在に変更できるため、捕食者と被食者の関係を容易に捉えることが可能となる。

 

 松永らは、ミジンコが動き回る行動の様子をビデオ撮影し、そのミジンコの軌跡をフーリエ変換によって周波数解析をした結果、ミジンコが特別な波形パターンを示すことを発見しました。それはピンクノイズ(別名1/fノイズ、あるいは1/fゆらぎ:注1))と呼ばれるパワースペクトル注2)を持ち、これは心臓の鼓動リズムや神経細胞の活動リズムにも見いだされていた波形パターンでした(図2)。

 

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【図2】ミジンコの数理解析。(A)約57秒間の1匹のミジンコの軌跡。ミジンコは一見ランダムに運動しているように見える。(B)ミジンコの運動軌跡のフーリエ解析。パワースペクトルは周波数と逆比例関係になっているのが分かる。

 

 まずミジンコの生データから得た座標データをそのまま使用して、ディスプレイ上にバーチャルプランクトンを再現したところ、メダカは強い捕食行動を示しました(図3)。次に純粋に数学的な手法によってピンクノイズを計算機に発生させ、バーチャルプランクトンとしてメダカに提示したところ、生データモデルと同等の強い捕食行動を示しました。興味深いことに、似たようなノイズ成分を持つホワイトノイズ注1)やブルーノイズ注1)には、強い反応はしませんでした。さらには静止しているあるいは等速運動をしているバーチャルプランクトンにも反応しませんでした。

 

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【図3】メダカの捕食行動の定量化。メダカの動画解析を行い、メダカの捕食行動の定量化した。図は本研究で定義している捕食行動を示している。

 

[これからの展開]

 メダカという捕食者とミジンコという被食者の間にある関係性が数理モデルとして定式化できたことは非常に大きな意味を持ちます。なぜならピンクノイズ的な運動パターンは広く動物界に見いだされているからです。それは淡水海水の水棲系はもちろんのこと、陸上の生態系の理解にも意味を持ちます。捕食者が効率的なハンティングを行うために生物が発生させるピンクノイズを利用しているという仮説は、生物の相互作用を考える上では大きな拡がりが期待できるとても興味深い仮説なのです。例えばアンコウ類などは疑似餌を使って被食者を捕らえますが、その疑似餌の動きはまさにピンクノイズ的であり、運動パターン発生の進化研究にも活用できる可能性を秘めています。また理論を釣りのルアーに応用すれば、新たなスポーツフィッシングの世界が拡がるかもしれません。

 

【用語説明】

注1)

 ピンクノイズは強度と周波数が逆比例の関係にある信号で、別名1/fノイズと呼ばれている。強力な低周波によって信号が揺らいでいるので1/fゆらぎとも呼ばれており、生物が発生させる特徴的な信号の一つとされる。

 ホワイトノイズは全ての周波数で同じ強度となるノイズであり、非常に不規則なノイズである。ちなみに強度と周波数が逆比例の二乗の関係になるノイズはレッドノイズと呼ばれる。

 レッドノイズは別名ブラウンノイズと呼ばれ、ブラウン運動のパターン信号のことである。ブラウン運動は溶媒中に浮遊する微粒子が不規則に運動する現象であるが、今回生物が発生させるピンクノイズは、無生物の運動であるブラウンノイズと完全にランダムなホワイトノイズのちょうど中間のノイズパターンとなっている。

 ブルーノイズは、強度と周波数が比例の関係にある信号で、高周波に強いエネルギーを持つ。ピンクノイズとは逆の傾きを持つノイズパターンである。

 

注2)

パワースペクトル

 物理学的には信号とは波動であり、その例とした電磁波や音波が挙げられる。波動は、無数の周波数(単位時間[通常は1秒]あたりの波数)を持つ波の集まりであるが、どの周波数成分がどの程度含まれているかはそれぞれの波動によって異なる。例えば、電磁波の一種である光(380nm~760nm)も、波長によって様々な特性の違いがある。白色光の場合、ほぼすべての周波数の波長成分を含んでいるが、太陽光と蛍光灯では含まれる各周波数の比率は全く異なる。このとき、波動に含まれる各周波数の強度のことをパワースペクトル、あるいはパワースペクトル密度(PSD)と呼ぶ。

 

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[発表雑誌]

英科学総合論文誌 Scientific Reports  (サイエンティフィック レポーツ)

日本時間2012年1月11日にオンライン掲載予定

論文タイトル:

"Visual motion with pink noise induces predation behaviour"

著者:Wataru Matsunaga、Eiji Watanabe

 

[研究グループ]

 本研究は基礎生物学研究所の渡辺英治准教授、松永渉研究員(現・奈良県立医大助教)により行われました。

 

[研究サポート]

 本研究に使用されたミジンコは、基礎生物学研究所の井口研究室から供与を受けました。また本研究は、自然科学研究機構「若手研究者による分野間連携研究プロジェクト」のサポートを受けて行われました。

 

[本件に関するお問い合わせ先]

基礎生物学研究所 神経生理学研究室

准教授 渡辺 英治(ワタナベ エイジ)

Tel: 0564-59-5595(研究室)

E-mail: eiji@nibb.ac.jp

 

[報道担当]

大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

基礎生物学研究所 広報室

倉田 智子

Tel: 0564-55-7628

E-mail: press@nibb.ac.jp

 

渡辺英治准教授による論文成果解説映像