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大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

基礎生物学研究所

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2009.07.01

霊長類の大脳皮質で両眼視に関わる新しい構造を発見

私たちの脳は、右眼と左眼それぞれから入力される情報を1つの像に統合する情報処理の仕組みを持っています。基礎生物学研究所の高畑亨研究員(現バンダービルト大)と山森哲雄教授らの研究グループは霊長類(マカクザル)を用いて、左右の眼の視覚入力バランスが大きく崩れた時、大脳皮質の一次視覚野で神経活動が変化し、今まで知られていなかった神経ネットワーク構造が可視化されることを新たに発見しました。この構造は、両眼視の情報処理と密接な関連があることが示唆されます。今後、この成果をきっかけとして、一次視覚野での情報処理ネットワークの全容解明に近づくことが期待されます。また、今回の発見はケガや病気などにより網膜が損傷した際に、脳の情報処理機能にどのような補償が生じるのかを理解する上でも重要な知見となります。この成果は、米国科学アカデミー紀要電子版にて7月1日~7月4日までに発表されます。

[研究の背景]

 厚さ約1mmの哺乳動物の大脳皮質は、6層の顕著な構造を持ちます。さらに、層構造とは垂直方向に「カラム(円柱)」と呼ばれる機能単位を持っており、それらの構造は大脳皮質における情報処理の重要な基盤となっています。マカクザルやヒトの一次視覚野においては、「眼優位性カラム」と呼ばれる幅約400μmのカラムが存在し、左右それぞれの眼からの入力が分けて処理されていることが50年近く前から知られています。また、それぞれの眼優位性カラムの上層、皮質2・3層の中央付近に神経活動の盛んな「ブロッブ(blob)」と呼ばれる構造が存在することが30年近く前から知られています(図1左)。
 このような構造単位を中心に、動きに関する情報は皮質4B層で処理されている、色に関する情報は皮質2・3層のブロッブで、線の角度に関する情報はブロッブ外の領域で処理されている等、これまで数多くの研究者たちによって生理的機能との関連が明らかにされてきました。
 今回の研究では、片眼からの入力が遮断され左右の眼の視覚入力バランスが崩れた時、神経活動のパターンが変わり、一次視覚野の眼優位性カラムの中に今まで知られていなかったさらなる構造が可視化されることが明らかになりました(図1右)。

090701fig1.jpg図1: サル一次視覚野のモデル図
従来のモデル(左)に対して、ブロッブ構造が5、6層にも存在し、4C層の眼優位性カラム境界付近に際立った構造が存在することが明らかになりました(右)。

[研究の成果]

 研究グループは、神経毒テトロドトキシンにより人工的に片眼の網膜活動を遮断して左右の視覚入力バランスを崩し、その状況下における一次視覚野での神経活動の変化を調べました。zif268やc-fosという遺伝子は「最初期遺伝子」と呼ばれ、これらの遺伝子活動の変化は神経の活動状態を機敏に反映することが知られています。研究グループはこれらの遺伝子の活動を染色により可視化することで、視覚情報処理に関わる神経活動の状態を調べました(図2)。片眼遮断後1~3時間という急性期における最初期遺伝子の活動を詳細に調べた結果、①ブロッブの構造が2・3 層だけでなく5・6 層にも存在し、遮断後急性期にはそれらの領域で神経活動が活発になっていること、②皮質4C 層の眼優位性カラム境界付近(右眼からの情報が入力される領域と左眼からの情報が入力される領域の境界部分)に際立った新たな構造が存在し、遮断後の急性期には神経活動が活発になっていること、③急性期から慢性期に移行する3時間程度の短い間に神経ネットワークの大規模な変化が起こっていること、を新たに明らかにしました(図3)。これらの結果から、一次視覚野の眼優位性カラムの新しい構造がわかりました(図1右)。眼優位性カラムに新たな構造が発見されたのは実に28年ぶりです。

090701fig2.jpg図2: サル一次視覚野の水平断面における、遮断後急性期の最初期遺伝子の活動パターン
3層や6層ではブロッブ構造(矢頭) が 4C層では眼優位性カラム境界の構造が可視化されています。

090701fig3.jpg図3: 片眼( 左眼) 遮断前後の一次視覚野における神経活動の変化
色の濃さが神経活動の活発さを現します。急性期では両方のカラムのブロッブ及び右眼に対応するカラムの境界の構造で神経活動が高くなっていますが、慢性期では右眼に対応するカラム全体で神経活動が高くなり、左眼に対応するカラム全体で神経活動が低くなっています。

[今後の展開]

 今回の研究により、一次視覚野の眼優位性カラム内に発見された新たな構造は、片眼遮蔽後の急性期に現れることから、左右それぞれの眼からの情報が脳で一つの像として統合される両眼視の情報処理等に関わっていると予想されます。今後この構造をターゲットに生理学的・解剖学的研究が進められていくことで、一次視覚野での両眼視の視覚情報処理のしくみの全容解明に近付くことができると期待されます。また、今回の発見は、ケガや眼の病気などよって網膜に損傷が生じ、片眼からの視覚情報が制限された時、脳の視覚情報処理機能にどのような補償を生じるのかを理解する上でも重要な知見となります。

[発表雑誌]

Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
米国科学アカデミー紀要電子版

論文タイトル:
"Expression of immediate-early genes reveals functional compartments within ocular dominance columns after brief monocular inactivation"

著者:Toru Takahata, Noriyuki Higo, Jon H. Kaas and Tetsuo Yamamori

[研究グループ]

本研究は基礎生物学研究所(山森・高畑)、産業技術総合研究所(肥後)、バンダービルト大学(Kaas) の共同研究チームによる研究成果です。

[研究サポート]

本研究は文部科学省科学研究費補助金および、成茂神経科学研究助成基金研究助成金、上原記念生命科学財団ポストドクトラルフェローシップ及び内藤記念科学振興財団ポストドクトラルフェローシップのサポートのもとに行われました。

[本件に関するお問い合わせ先]

基礎生物学研究所 脳生物学研究部門
教授 山森 哲雄 (やまもり てつお)
Tel: 0564-55-7615 (研究室)
E-mail: yamamori@nibb.ac.jp
URL: http://www.nibb.ac.jp/divspe1/

Department of Psychology, Vanderbilt University
研究員 高畑 亨 (たかはた とおる)
E-mail: toru.takahata@vanderbilt.edu

[報道担当]

基礎生物学研究所 広報国際連携室
倉田 智子
Tel: 0564-55-7628
E-mail: press@nibb.ac.jp