基礎生物学研究所
2009.01.29
基礎生物学研究所の野田昌晴教授らの研究グループは、専修大学の石金浩史講師および理化学研究所脳科学総合研究センターの臼井支朗チームリーダーらのグループと共同で、上向きまたは下向きの光の動きに反応する2種類の網膜神経節細胞を同定し、それらの細胞の機能と構造および脳への結合様式などの詳細を世界で初めて明らかにしました。これらの成果は、光の動きの方向を感知する視覚系メカニズムおよび眼球運動制御メカニズムの解明につながると期待されます。研究の詳細は、2009年1月29日、米国の科学雑誌プロスワン(PLoS ONE)誌で発表されました。
人間では外界からの情報の70~80%を視覚から得ていると言われているほど、視覚は動物の生存にとって重要な感覚です。眼の網膜で受け取られた視覚刺激は、網膜の中で光の色や形、動きなどの特徴によって12種類以上の情報に分別された後、それぞれ特異な網膜神経節細胞によって、その長い軸索を通して脳に伝えられます。神経節細胞はどのような種類の情報を伝えるかによって12種類以上のサブタイプに分けることが出来ますが、特定の種類の神経節細胞の機能を解析する手法はこれまで限られていました。基礎生物学研究所の研究グループは、これまで中脳に存在する副視覚系・内側核に軸索を伸ばす神経節細胞のサブタイプのみで活性化する遺伝子SPIG1を発見し、遺伝子転換マウスの手法を用いて、この遺伝子を目印にして蛍光タンパク質GFPで細胞を標識することに成功していました (Yonehara et al., PLoS ONE, 2008)。
今回、本研究グループは副視覚系・内側核に神経結合する2種類の神経節細胞(図1参照)の光応答性を電気生理学的手法を用いて解析しました(図2参照)。これらの神経節細胞は光の動きに応答したこと、また光がついているときに(光がONの時に)応答したことから、ON中心型方向選択性神経節細胞であることが確かめられました。そして重要なことに、視野の中で光が上方向に動いた時にはGFPで標識された(SPIG1陽性の)細胞のみが応答し、光が下方向に動いた時にはGFPで標識されていない(SPIG1陰性の)細胞のみが応答することが明らかになりました(図2参照)。生まれたときから暗闇で育てられたマウスでも光の動きに対する応答性は正常に発達しました。すなわち、網膜神経節細胞の上方向または下方向の光の動きに対する応答性の発達には、網膜内でアマクリン細胞をはじめとする他の神経細胞との間で正しい神経結合が形成されることが必要と考えられますが、この過程が光に依存しないことが初めて明らかになりました。また、大変興味深いことに上方向への光の動きと下方向への光の動きは、脳の中の別のルートを経由して副視覚系・内側核に情報が伝えられることが明らかになりました(図2参照)。更に、マウスをパソコンモニターの前に置いて動く縞模様を見せ、視野のズレを補正するための反射である視運動性眼球運動を起こさせたところ、明暗の縞模様が上方向あるいは下方向に動いた時にのみ副視覚系・内側核が活性化することが、神経活動の指標であるc-fos遺伝子の発現解析で明らかになりました。
図1: 副視覚系・内側核へ投射する網膜神経節細胞の分布(生後6日)。GFP陽性(SPIG1陽性;黄色)と陰性(赤色)がほぼ同数均等に散らばって存在することがわかる。
図2: GFP陽性(SPIG1陽性)の神経節細胞は網膜において光が下方向に動いたときに発火頻度(反応)が増加し、GFP陰性の細胞は上方向に動いたときに発火することがわかる。光はレンズを通して網膜に入るため、視野中の動きとしては、逆にそれぞれ上方向、下方向の動きを認識していることになる。両者は別の経路で内側核に入力する。D、V、N、Tは、それぞれ背(上)側、腹(下)側、鼻側、耳側を示す。
本研究では、特定の神経細胞サブタイプのみをGFPで標識した遺伝子変換マウスを用いることにより、それらの神経細胞の構造と機能の関係、および発達様式について前例のないほど詳細な解析を行うことができました。このような研究手法は複雑な神経組織の機能を明らかにしていく上で非常に有効であり、今後ますます活発になると予想されます。また本研究の成果は、光の動きの情報が脳でどのような情報処理を受けて眼球運動の制御に用いられるのかを知るための重要な手がかりになると考えられます。
PLoS ONE (プロスワン)
(2008年1月29日発表)
論文タイトル:
"Identification of Retinal Ganglion Cells and their Projections Involved in Central Transmission of Information about Upward and Downward Image Motion"
著者:Keisuke Yonehara, Hiroshi Ishikane, Hiraki Sakuta, Takafumi Shintani, Kayo Nakamura-Yonehara, Nilton L. Kamiji, Shiro Usui and Masaharu Noda
本研究は、基礎生物学研究所 野田昌晴教授らの研究グループが中心となり、専修大学の石金浩史講師および理化学研究所脳科学総合研究センターの臼井支朗チームリーダーらのグループと共同で実施されました。
基礎生物学研究所 統合神経生物学研究部門
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