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プレスリリース詳細

2017.12.07

からだの前後のパターンは"点描"で描かれていた 〜シグナル分子(モルフォゲン)の足場となる点状構造の発見とその役割の解明〜

1.発表者

三井 優輔(基礎生物学研究所分子発生学研究部門 助教)

山元 孝佳(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 特任研究員)

高田 慎治(基礎生物学研究所分子発生学研究部門 教授)

平良 眞規(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 准教授)

 

2.発表のポイント: 

 ◆ からだづくりに関わるシグナル分子の一つであるWnt(ウィント)タンパク質の分布と作用が、性質が異なる2種類のヘパラン硫酸のクラスター構造を介して制御されることを初めて明らかにした。

 ◆ 糖鎖の1種であるヘパラン硫酸が、細胞膜上にクラスター構造を形成して点状に存在することを発見し、シグナル分子がこのクラスター構造を足場として協調的に制御されることを解明した。

 ◆ Wntは発生や幹細胞の制御に重要な役割をもち、その異常はがん化を引き起こす。一方、ヘパラン硫酸は様々な生命現象に関わり、その異常は種々の疾患をもたらす。本研究はこれらの現象を関連付けて理解し、応用する上で重要な知見となることが期待される。

 

3.発表概要

動物のからだは、様々な細胞や組織が適切な位置に配置されることで、秩序だってつくられています。では細胞はどのようにして自らの位置を知り、役割を分担しているのでしょうか。このような位置の認識には、個々の細胞が細胞の外からのシグナル分子(注1)を受け取ることが重要であることが知られています。分泌性タンパク質であるWnt(ウィント)は、その代表的なシグナル分子の1つであり、動物のからだづくりの過程である胚発生の過程や、幹細胞の維持やがん化にも関わります。例えば、発生の初期に頭部、胴部、尾部などのパターンが決まりますが、その過程でWntは、胚の後方の細胞から分泌されて濃度勾配を形成し、その濃度の高低によって胚の中の位置を知らせる、つまり前後軸に沿った「位置情報」のパターンを形成すると考えられてきました(図1a)。しかし実際に、脊椎動物の胚の中でWntがどのように分布しているのか、またその分布がどのように形成されるのかはよく分かっていませんでした。

 

東京大学の平良眞規准教授のグループの大学院生であった基礎生物学研究所の三井優輔助教と東京大学の山元孝佳研究員は、基礎生物学研究所の高田律子研究員、高田慎治教授、ならびに名城大学の水本秀二助教、山田修平教授、重井医学研究所の松山誠室長との共同研究により、アフリカツメガエル(注2)の胚を使って、脊椎動物の胚で初めてWntタンパク質の分布を明らかにし、その分布にヘパラン硫酸という糖鎖(注3)が関わることを明らかにしました。

 

Wntタンパク質の1つであるWnt8は胚の後方から前方にかけて濃度勾配を作って分布し、モルフォゲン(注4)として作用すると予想されていましたが、今回初めてその勾配をもった分布を実証しました(図1b)。Wnt8が分布する細胞と細胞の隙間を高倍率でよく観察してみると、Wnt8は細胞膜の上に点状に集積していました(図1c)。さらに、細胞膜上には糖鎖の1種であるヘパラン硫酸が局所的に集合したクラスター構造として存在することを発見し、この構造がWnt8を点状に集め、細胞に情報を伝える上で重要な役割を果たしていることを見出しました(図1d)。つまりWnt8による前後軸に沿った位置情報のパターンは、「点描(注5)」で描かれていたのです。

 

本成果はオープンアクセスの国際学術誌「Nature Communications」に、2017年12月7日にオンライン上で公開されます。

 

4.発表内容

動物の複雑なかたちが正しく作られるには、個々の細胞がからだや組織の中で自らの位置を知ることが重要です。そのための位置情報は、まずシグナル分子が特定の細胞から分泌され、細胞の外で拡散し、濃度勾配を形成し、その濃淡を個々の細胞が読み取ることで伝えられると考えられています(図1a)。このように濃度勾配をつくり、細胞に位置情報を伝えるシグナル分子は特に「モルフォゲン」と呼ばれています。モルフォゲンの中でも、分泌性タンパク質のWntは、発生のみならず、幹細胞の制御やがん化に深く関わることから、様々な研究が行われてきました。しかしWntタンパク質を直接観察することは難しく、実際に脊椎動物の胚の中でWntがどのように分布するのかはよく分かっていませんでした。

 

本研究グループはWntタンパク質の1つであるWnt8に注目し、それに対する抗体を独自に作成することで、アフリカツメガエル胚において、Wnt8タンパク質がどのように分布するかを、抗体を用いた染色法で解析しました。その結果、Wnt8は胚の中で濃度の勾配を作って分布することが分かりました(図1b)。さらに高倍率の顕微鏡で観察してみると、意外なことにWnt8は連続的な分布を示さず、細胞表面に点状に分布していることを見出しました(図1d)。

 

細胞膜上でWnt8が点状に分布する要因として、Wnt8が何らかの「足場」に結合しているのではないかと推測し、足場分子を探索しました。その結果、糖鎖の1種であるヘパラン硫酸(HS)が足場分子として働く可能性が示唆されました。これまでヘパラン硫酸については、様々な修飾を受けることや、多様な分泌性タンパク質と結合することが知られていました。しかし、細胞表面にどのように分布するかはよく分かっていませんでした。

 

そこで、ヘパラン硫酸(以下HS)を認識する抗体の中から、N-アセチル化修飾状態(A修飾)あるいはN-スルホン化状態(S修飾)を識別する抗体を使って、アフリカツメガエル胚を免疫染色して詳細に観察したところ、それらの修飾状態をもつHSは細胞膜上で別々のクラスターを形成し、点状に存在することが分かりました(図1c)。このように修飾状態の異なるHSが、細胞膜上で異なるクラスターを作ることはこれまで知られておらず、今回の驚くべき発見の1つです(図2)。そこでそれぞれのHSクラスターの特徴を調べたところ、A修飾が多いHSクラスター(Aクラスター)は細胞の表面に留まるのに対し、S修飾が多いHSクラスター(Sクラスター)は細胞内に頻繁に取り込まれることを見出しました(図2)。これら2種類のHSクラスターはヒトの細胞でも観察されたことから、多くの動物に共通する普遍的な細胞表面の構造と考えられます。

 

次にこれらHSクラスターとWnt8の点状分布との関連を調べたところ、Wnt8はSクラスターに集積していることが分かりました(図1d、図3)。これまでWnt8の分布範囲は比較的狭いと考えられてきましたが、これはSクラスターとともにWnt8も細胞内に取り込まれるためだと考えられます。つまりSクラスターがWnt8の足場として働き、Wntの分布を制御していたというわけです(図3)。またこのSクラスターにはWntの受容体(注6)も集まるため、SクラスターによってWntのシグナルが細胞内に効率的に伝えられることが分かりました。

 

これまで三井と平良によって、Wnt8の分布と作用範囲は、Wnt8を阻害する分泌性タンパク質のFrzb(フリツビー)によって広がることが分かっていました(Mii & Taira, 2009)。しかしどのようにしてFrzbがWnt8の分布と作用範囲を広げるのかは分かっていませんでした。そこでFrzbによるWnt8の制御についても調べてみました。まずFrzbの細胞間隙の分布をしらべたところ、これも点状に分布していました(図1c)。しかしFrzbはWnt8と異なり、Aクラスターに集まることが分かりました。さらに興味深いことに、Frzbが存在すると、Wnt8はSクラスターではなくAクラスターに集まることが明らかになりました(図3)。Wnt8は通常Sクラスターに集まり、細胞にシグナルを伝えますが、Frzbが存在するとWnt8はAクラスターに集まることで細胞内への取り込みから免れ、結果としてより遠くに分布できるようになり、作用範囲も広がると考えられます(図3)。

 

本研究によって、細胞に位置情報を伝えるWnt8タンパク質の分布と作用が、細胞膜上に点状に存在する2種類の修飾が異なるへパラン硫酸のクラスターによって協調的に制御されることが初めて明らかになりました(図3)。

 

Wntは発生現象のみならず、幹細胞やがん化などの現象においても密接に関わると考えられています。またヘパラン硫酸は全身の多くの細胞で普遍的に存在する糖鎖で、Wnt以外にも種々の細胞増殖因子などの分泌性タンパク質と結合することが知られており、創薬分野でも注目されている分子です。本研究で見出された細胞表面上の2種類のHSクラスターは、創薬の標的分子になり得るものです。このように本研究はWntとヘパラン硫酸との密接な関係を理解する上での基盤となる重要な知見を提供することで、この分野の基礎的研究に資するばかりでなく、応用への活用も期待されます。

 

今後は、2種類の異なるヘパラン硫酸(HS)クラスターを生成するしくみや、これらの糖鎖がWnt以外のシグナル分子、特にその他のモルフォゲンと想定されているBMP(骨形成因子)やFGF(線維芽細胞増殖因子)などの制御にどのように関わるのかについても研究を進めていく予定です。

 

5.発表雑誌: 

雑誌名:Nature Communications

論文タイトル:Roles of two types of heparan sulfate clusters in Wnt distribution and signalling in Xenopus.

著者: Mii, Y., Yamamoto, T., Takada, R., Mizumoto, S., Matsuyama, M., Yamada, S., Takada, S.* and Taira, M.*  †co-first authors; *co-corresponding authors

DOI番号:10.1038/s41467-017-02076-0

アブストラクトURL:https://doi.org/10.1038/s41467-017-02076-0

 

6.注意事項

日本時間12月7日(木)午後7時(イギリス時間:7日(木)午前10時)以前の公表は禁じられています。

 

7.問い合わせ先: 

(研究に関すること)

東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻

准教授 平良 眞規(たいら まさのり) 

TEL:03-5841-4434   E-mail:m_taira@bs.s.u-tokyo.ac.jp

    

基礎生物学研究所 分子発生学研究部門

教授 高田 慎治(たかだ しんじ) 

TEL:0564-59-5241   E-mail:stakada@nibb.ac.jp

 

(報道に関すること)

東京大学 大学院理学系研究科・理学部

特任専門職員 武田加奈子、学術支援職員 谷合純子、教授・広報室長 大越慎一

TEL:03-5841-0654  E-mail:kouhou@adm.s.u-tokyo.ac.jp

 

8.用語解説: 

注1 シグナル分子。からだの中で様々な情報の伝達に使われる分子。ホルモンのように全身に広がって作用する分子がある一方、本研究で解析したWntのように、場所に応じて濃淡をつくり、局所的に作用する分子もある。多くの場合、細胞内で起こる一連の化学反応のきっかけを作ることで情報を伝えている。

 

注2 アフリカツメガエル。南アフリカ原産のカエルで学名はXenopus laevis。実験室内では季節に関わらず通年で産卵させることが可能で、古くから発生生物学や細胞周期の研究などに広く用いられている。2012年に山中伸弥博士とともにノーベル生理学・医学賞を受賞したジョン・ガードン博士がこのカエルの卵を使用し、核を除いた卵に分化した細胞の核を移植することで、卵をオタマジャクシやカエルにまで発生させた実験は有名で、この実験に基づき、細胞の「初期化」の概念が提唱された。

 

注3 糖鎖。代表的な糖鎖として、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸などが知られるが、ヘパラン硫酸もそうした糖鎖の一つである。ヒアルロン酸やコンドロイチン硫酸は細胞外に多量に存在し、皮膚や関節の成分の1つとなっているが、ヘパラン硫酸はアフリカツメガエル胚においては主として細胞間隙に存在し、シグナル分子をつなぎとめておく役割を担っていた。

 

注4 モルフォゲン。濃度勾配を作って作用するシグナル分子を想定することで、さまざまな模様やかたちを形成しうることをイギリスの数学者アラン・チューリングが考え出し、そのような仮想の分子をモルフォゲンと命名した。直訳すると「かたちをつくる素」。

 

注5 点描。絵画において対象を様々な色彩の点の集合として描写する技法。点描は遠くから見ると滑らかなパターンや色彩として見えるが、近くで見ると点状の筆のタッチの集合である。ここではこれまで細胞間隙に一様に滑らかに分布すると思われていたWnt8やヘパラン硫酸が、その分布を拡大して注意深く観察すると実は点状に分布していたことを「点描」に例えた。

 

注6 受容体。Wntなどのシグナル分子を受容(結合)して、細胞にシグナルを伝える役割をもつ分子の総称。分泌性タンパク質の受容体は通常、細胞膜に存在するタンパク質である。

 

9.添付資料: 

参考文献

Mii, Y. & Taira, M. Secreted Frizzled-related proteins enhance the diffusion of Wnt ligands and expand their signalling range. Development 136, 4083-8 (2009).

 

図解

fig1.jpg

図1 モルフォゲンの分布と作用

a.モデル図。モルフォゲンは分泌細胞(左端の細胞)から分泌され、拡散や細胞への取り込み(あるいは分解)によって濃度勾配(曲線)を作ると考えられている。モルフォゲンを受け取った細胞はその濃度に応じて分化し、様々な役割を担うようになる(細胞の違いを塗り分けで表現している)。

b.実際のWnt8の勾配。Wnt8に対する抗体を用いて染色し、顕微鏡で観察した(上の写真)。よく見ると細かな点を散りばめたように分布していた(図3も参照)。Wnt8の染色の強度を定量してグラフにすると、後ろから前にかけての勾配が検出された。

c.ヘパラン硫酸(HS)クラスターの細胞間隙での分布。Aクラスター(左)は細胞の輪郭に沿って点状に分布し(白抜き鏃)、細胞内にはわずかしか見られない(白枠の鏃)。Sクラスター(右)も同様に細胞の輪郭に沿って点状に分布するが(白抜き鏃)、細胞内にも多数見られる(白枠の鏃)。鏃で示すのは一部のみ。ここではデータを示していないが、AクラスターとSクラスターの点状の分布は、両者でほとんど重ならない。

d.点状に分布するWnt8とSクラスターの重なり。高倍率でWnt8とSクラスターの分布を観察したところ、どちらも細胞間隙に点状に分布した。関係性を解析した結果、その重なりが認められた(鏃)。細胞の輪郭を模式的に点線で示す。高倍率で拡大して観察することで「点描」の「点」が見えた。

 

fig2.jpg

図2 ヘパラン硫酸の構造と細胞膜上の分布(モデル図)

コアとなるタンパク質に数本のヘパラン硫酸の糖鎖(HS鎖)が結合する。

a.従来のモデル。一本のHS鎖の中にA修飾部位(細線)とS修飾部位(太線)があると考えられている。

b.本研究で得られたモデル。詳細な解析の結果、ヘパラン硫酸の点状のクラスター構造が発見され、しかもA修飾とS修飾をもつHS鎖が別々のクラスターとして存在することを見出した。

 

fig3.jpg

図3 ヘパラン硫酸クラスターによるWntの分布及びシグナルの制御のモデル

Wnt8はSクラスターに分布する。Wnt8はSクラスターと共に細胞内に活発に取り込まれるために分布範囲が狭い。取り込まれたWnt8の一部はシグナルを伝えるのに使われる。一方、取り込みが少ないAクラスターに分布するFrzbは広い範囲に分布する。Frzb存在下ではWnt8はAクラスター上に分布するようになり、Wntのシグナルが細胞に伝わることを阻害するとともに分布範囲が拡大すると考えられる。