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2017年10月24日
ラン藻由来の光合成色素を動物細胞で効率よく合成させることにより赤色光/近赤外光による細胞機能の光操作の簡便化に成功

 光でタンパク質を操作する手法は「光遺伝学」と呼ばれており、神経科学の分野で特に発展してきています。光遺伝学の対象は神経科学だけでなく、細胞内で起こる化学反応とそれによる情報伝達、つまり細胞内シグナル伝達系にも対象が広がってきています。これまでの細胞内シグナル伝達系の光遺伝学的手法では、紫外光、または青色光などの短波長の光を用いるものが主流でした。例外的に、赤色光/近赤外光を利用するフィトクロムB(Phytochrome B, PhyB)システムが報告されていましたが、このシステムを使うには、動物細胞には存在しない光合成色素フィコシアノビリン(PCB)と呼ばれる発色団を外部から添加する必要があり、このステップがPhyBシステムの利用を大きく妨げていました。

 今回、基礎生物学研究所/岡崎統合バイオサイエンスセンター 定量生物学研究部門の宇田耀一特別共同利用研究員、後藤祐平NIBBリサーチフェロー、小田茂和研究員、青木一洋教授は、京都大学の松田道行教授、河内孝之教授との共同研究により、PCBの合成にかかわる遺伝子をほ乳類培養細胞に導入することで、PhyBシステムに必要なPCBをほ乳類培養細胞内で合成させることに成功しました。さらに、外部からの発色団の添加を必要としない赤色光/近赤外光による細胞内シグナル伝達系の光操作に成功しました。本成果は、米国の科学雑誌「米国科学アカデミー紀要 (Proc Natl Acad Sci USA)」の電子先行版(2017年10月23日の週)に掲載されます。

 

【研究の背景】

 私たちの体を構成する細胞は、まわり環境から増殖因子や炎症性サイトカインといった「入力」となる刺激を感知し、細胞内シグナル伝達系と呼ばれる化学反応のネットワークを介して情報を処理し、最終的に細胞の増殖や分化といった表現型を「出力」して機能を発揮しています。この細胞内シグナル伝達系を調べるためには、これまでは遺伝子破壊や薬剤処理といった攪乱(摂動)を与えて、その応答を観察するというアプローチが主にとられていましたが、これらの手法では、摂動の時間や空間を制御すること困難でした。近年、光でタンパク質を操作する「光遺伝学」と呼ばれる手法が神経科学の分野で発展してきており、それは細胞内シグナル伝達系にも対象が広がってきています。光を用いることで、時間的・空間的な摂動が容易になります。

 

 細胞内シグナル伝達系に対する既報の光遺伝学的手法では、紫外光、または青色光などの短波長の光を用いるものが主流でした。しかし、短波長の光を用いることは、細胞に対する光毒性や組織・個体の深部への到達性、また緑色蛍光タンパク質(GFP)などの蛍光イメージングとの併用などの点において不利です。一方、赤色光/近赤外光を利用する光遺伝学的手法として、高等植物由来のフィトクロムB(Phytochrome B, PhyB)とその結合因子PIFを用いたPhyB-PIFシステムが報告されていました。この系は光毒性が低く深部への透過性も高い赤色光/近赤外光によって制御が可能で、さらにOnだけでなくOffも光制御できる点で非常に有用だと考えられました。しかし、PhyB-PIFシステムを使うには、ラン藻など光合成生物の細胞内に存在するフィコシアノビリン(Phycocyanobilin、PCB)、もしくはファイトクロモビリンなどの発色団が必要です。したがって、ほ乳類培養細胞などでPhyB-PIFシステムを使うには精製した発色団を外部から添加する必要があり、このステップがPhyB-PIFシステムの利用を大きく妨げていました(図1)。

 

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図1:赤色光/近赤外光を利用する光遺伝学的手法PhyB-PIFシステムの概要。動物細胞において利用するには、光合成色素のフィコシアノビリン(Phycocyanobilin、PCB)を外部から添加する必要がある。

 

【研究の成果】

 研究グループは、外部からの添加が不要なPhyB-PIFシステムを開発することを目的として研究を行いました。PhyB-PIFシステムの発色団であるPCBは、シアノバクテリアなどのラン藻では、ヘム(Heme)を基質として合成されることが知られていました。ヘムは私たちの体でも赤血球のヘモグロビンと結合し、酸素の運搬に関与しています。また赤血球以外の細胞でも、ミトコンドリアの電子伝達系にヘム結合分子が関連することが知られています。そこで、シアノバクテリアのPCB合成に必要な4つの酵素(PcyA、HO1、Fd、Fnr)をほ乳類培養細胞のミトコンドリアに異所的に発現させたところ、PCBが合成されることを確認しました。これらの4つの酵素のうち、1つでも欠けるとPCBが合成されなくなったことから、4つの酵素すべてがPCBの合成に必要であることが分かりました。さらに、4つの酵素の遺伝子を1つの遺伝子ベクターに組み込むことで、容易に4つの酵素の遺伝子群を導入できるようにしました(図2)。

 

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図2:ヘムからのPCB合成に必要な4つの酵素(HO1, PcyA, Fd, Fnr)。この4つの酵素遺伝子を導入することで、動物細胞においてPCBを合成することに成功。

 

 このPCB合成に関わる4つの酵素をミトコンドリアに発現させるだけでも、ある程度のPCBを合成することができましたが、PhyB-PIFシステムをより効率よく動作させるために、さらなるPCB合成能の増加を試みました。そこでPCBの代謝に関わるビリベルジン還元酵素A(Biliverdin Reductase A)遺伝子に着目しました(図3)。この遺伝子を欠失させたところ、PCB合成量が顕著に増加し、それに伴いPhyB-PIFシステムが非常に効率よく動作することが明らかになりました。

 

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図3:PCBの蓄積を阻害するビリベルジン還元酵素A(BVRA)。BVRAはPCBの合成の基質であるビリベルジンBVやPCBを還元し、それぞれビリルビンBRやフィコシアノルビンPCRへと代謝し、PCBの蓄積を阻害する。BVRA遺伝子を破壊するとPCBの蓄積が顕著に上昇した。

 

 最後に、今回開発したほ乳類培養細胞のPCB合成系とPhyB-PIFシステムを使って、細胞内シグナル伝達系の光操作を試みました(図4)。その結果、アクチン細胞骨格を制御するRac1という分子を光操作し、ラメリポディアと呼ばれる構造を誘導できることが分かりました。また、細胞増殖に関与するERKという分子の活性を蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)の原理に基づくバイオセンサーを用いて可視化しながら、同時に赤色光/近赤外光によってERK活性をonとoffに切り替えることにも成功しました。

 

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図4:ほ乳類培養細胞におけるPhyB-PIFシステムを用いた光操作の成功例。A: 光刺激によりRac1分子を活性化することで、ラメリポディア(細胞周辺縁に見られる薄い膜状の構造)が形成された。B: 光刺激によりERK分子を活性のタイミングを制御することに成功した。

 

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【今後の展望】

 今回、研究グループはほ乳類培養細胞において、外部から化合物を添加する必要のない赤色光/近赤外光による光操作システムの開発に成功しました。今後の展望としては、青色による光制御システムとの併用による多種類の細胞内シグナル伝達系の同時操作といった技術開発や、動物個体の生体深部における細胞内シグナル伝達系の光操作とその応用について検討していきたいと考えています。

 

【発表雑誌】

雑誌名 米国科学アカデミー紀要 (Proc Natl Acad Sci USA)

掲載日 2017年10月23日の週にオンライン掲載

論文タイトル:An efficient synthesis of phycocyanobilin in mammalian cells for optogenetic control of cell signaling

著者:Youichi Uda, Yohei Goto, Shigekazu Oda, Takayuki Kohchi, Michiyuki Matsuda, Kazuhiro Aoki

 

【研究グループ】

本研究は、岡崎統合バイオサイエンスセンター/基礎生物学研究所の青木一洋教授、京都大学大学院生命科学研究科の松田道行教授、河内孝之教授による共同研究グループの成果です。

 

【研究サポート】

本研究は、科学技術振興機構CREST(JPMJCR1654)、文部科学省科学研究費助成事業・新学術領域「共鳴誘導で革新するバイオイメージング」、「生物の3D形態を構築するロジック」、基盤研究(B)特設分野(16KT0069)、AMED創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業 生命動態システム科学推進事業「多次元定量イメージングに基づく数理モデルを用いた動的生命システムの革新的研究体系の開発・教育拠点」の支援のもと行われました。

 

【本研究に関するお問い合わせ先】

基礎生物学研究所/岡崎統合バイオサイエンスセンター 定量生物学研究部門

教授 青木 一洋

TEL: 0564-59-5235

E-mail: k-aoki@nibb.ac.jp

  

【報道担当】

基礎生物学研究所 広報室

TEL: 0564-55-7628

FAX: 0564-55-7597

E-mail: press@nibb.ac.jp